第4話 嫌な相手

 本番前日。

 玲緒奈は会場となる学生ラウンジでバザーの品物を並べていた。

 学校が力を入れているおかげか、けっこうな数の寄付品が集まり、値段をつける作業はたいへんだった。

 品物は、食器や、タオル、ブランケットと言った布製品は、他の一般的なバザーでもお馴染みだろう。ちょっと変わった女子大らしい品物として、美顔ローラーやマッサージ器の美容グッズ、ツイストボードやシットアップベンチと言ったエクササイズグッズがある。いずれも買ってはみたものの、三日坊主で終わった物だろう。トレーニングチューブとバランスボールのカラーバリエーションが揃っているのが笑える。

 テディベアなどのぬいぐるみや、ウケ狙いか、海外旅行のお土産らしき謎の置物なんかもある。

 本や、CD、DVDなどもある。

 アイロンやドライヤーなどの家電製品。食器洗浄機なんかが出ているのは、もしかしたら、卒業を控えこの地での生活を終える四年生が出した物かも知れない。

 テニスラケットやゴルフクラブのスポーツ用品もある。この大学にガチの運動部はないから、いずれもお遊び程度のサークル活動で使った物だろう。

 腕時計や、バッグ。


 色々あるが、


 やはり一番多いのはファッション関連だ。

 アクセサリー。

 靴。

 帽子。手袋。マフラー。

 服。


 服は、シャツ、セーター、スカートなどは棚に置いて並べるが、

 ジャケット、パンツ、ワンピースなどはレンタルしたハンガーラックに掛ける。


 さすが現役女子大生らしく、不要品とは思えない、おしゃれで気合いの入った服が多いが、


 気合いが入っているのは、ある目的があって……



 朝から始めた売り場作り。

 お昼休みを挟んで、まだまだ、果たして夜までに帰れるのだろうかと言ったところへ、

 作業をしている学生たちが歓声を上げるお客さんがやって来た。

 明日、ファッションショーに出演する、ファッション雑誌「bloomin'(ブルーミン)」専属モデルの、「こっひー」こと小日山花音(こひやまかのん)と、「なーご」こと熊倉和未(くまくらなごみ)だ。

 えっ、えっ、うっそー!? きゃーー!!……という嬉しい悲鳴に二人は

「ハアーイ」

 とニコやかに手を振った。

 二人がやって来たのは、明日のショーで着る服を選ぶ為だった。

 出演するモデル全員で来られればいいのだが、忙しい子もいて、二人にしても遊びに来たようなものだ。

 服を選ぶのは、本職のスタイリストが同行している。こちらも雑誌、ブログでお馴染み、キャビンアテンダント風のカラフルなスカーフがトレードマークのヒロコさんだ。彼女にも声援が飛ぶ。


 ヒロコさんは助手を三人、引き連れていた。


 玲緒奈が、

(ゲッ)

 と思ったのは、

 ショー担当の二人の学生……一人は芙蓉美貴……はいいとして、

 ヒロコと並んで談笑しているのは、元・玲緒奈のマネージャーの里子さんだった。


 ヒロコはさっそく服選びを始めた。

「ちょっとー、あんたたちー。手伝いなさいよおー」

 と言われても、こっひーとなーごのモデル二人は、

「あー、これ、かわいー」

「こっちもー」

 と、バザー会場にいっしょに出店する手芸サークルの売り場に夢中になっている。

「しょーがないわねー、もー」

 と言うわけで、芙蓉と、同じく一年の柴沢陽茉(しばさわひまり)が、ヒロコがバッサバッサと放り投げる服をキャッチして運んでいる。

 彼女が、モデル七人に対して十パターンくらい上下一式のセットを用意し、明日、七人全員揃った所で、それぞれが自分の着たいセットを選ぶ。

 服類を寄付する女子たちは、自分の好きなモデルに自分の服を着てもらうことに憧れて、気合いの入った服を寄付するのだ。

 陽茉……彼女は四月から参加の委員だ、いわく、


「選ばれて着てもらうだけでもキャーキャー大喜びなんだけど、シャツから、スカート、パンツ、上着と、あるわけじゃない? 全部一式パーフェクトに、しかもトップ人気のモデルさんに着てもらったりしたら、そりゃあもうすごい事で、「神」と称される……なんていう都市伝説……玉女たまじょ伝説があるとか、ないとか」


 と笑った。芙蓉が、

「でも、中身が分からないように提出するんでしょ? モデルの着てるのが誰が寄付した物か、本人以外分からないんじゃない?」

 と訊くと、


「そうだけど。でも、仲間内なら分かるんじゃない? 毎年、ファッションリーダーを自任するおしゃれさんたちが競い合ってる、なんて噂もあるから。ま、玉女伝説だけどね」


 と、これは案外本当らしく答えた。



 ヒロコの荷物持ちは学生二人に任せて、里子が地味に陳列作業をしている玲緒奈の所へやって来た。

「ハアイ。お久しぶりね」

「お久しぶりです」

 玲緒奈はイタズラが見つかった子どもみたいな苦笑いで挨拶した。

 里子はソフトなスーツをピシッと着て、姿勢正しく、相変わらずエレガントだ。

「たまにテレビに出てるわね? 頑張ってるようで嬉しいわ」

「済みません、たまあ~~に、で」

 里子もさすがにフォローのしようがないようで苦笑した。

 玲緒奈は気を回して別の話題を振った。

「パワフルですねー」

「ねえ」

 ヒロコのことだ。猛烈な勢いで服をチェックしていって、ピッと閃く物を、

「ハイ、ハイ、ハイ、」

 と、ポンポン、後ろへ放り上げていく。小柄な陽茉はあたふたと駆け回り、手足が長く俊敏な芙蓉は余裕でキャッチしている。

「ところで……」

 里子がいると言うことは……


 居た。


 独り、どこのグループに群れる事なく、マイペースでバザー品を眺めている。


 玲緒奈の宿敵、宇賀神妙子うがじんたえこだ。


 玲緒奈にはぬめっと濡れた印象が強かったが、北欧風の白いニットのポンチョを着て、それとセットみたいにロングの髪の裾をソバージュでひらひら広げて、森の妖精風だ。

 作業の女の子にも笑顔で話しかけて、

(ほんと、あの女は外面がいいんだから)

 と、その本性を蛇と信じて疑わぬ玲緒奈は、歯ぎしりする思いでわなわな指をうごめかせた。

 専属モデルの仲間になったばかりの宇賀神はまだそれほど知られていないようだが、ただ者じゃないモデルオーラを漂わせて、話しかけられた女の子たちは嬉しそうに頬を染めて答えていた。

(ケッ)

 と内心思いつつ、里子には笑顔で訊いた。

「彼女こそ、順調に露出を増やしてるみたいじゃないですか? 今後は、どういう方向で……」

 つい気になって、探りを入れてしまう。

「やっぱり女優になりたいんですって。今は週四で演技のレッスンと、ボイストレーニングを受けているわ」

 玲緒奈は(うっ)と胸を突かれて、叫びたくなった。


(意識高い系のまじめちゃんかよっ)


 認めたくはないが、

(偉いなあ)

 と思わざるを得ない。

 しょんぼりしてしまった玲緒奈に、里子は微笑み、つんとした顔を作って、

「そうね、玲緒奈も、今のままじゃ、ただのお飾りでお仕舞ね。

 なんでもいいから、あなたの個性を出せる仕事を石にかじりついてでもゲットすることね」

 とチャーミングにウインクした。

 久しぶりに里子さんのアドバイスを受けられて、玲緒奈は少女みたいに嬉しくなった。


「さ、あなたも手伝いなさい」

 里子は玲緒奈の肩を押して、

「ヒロコさ-ん」

 と突撃した。

「そろそろコーディネート始めたら? この子、まおちゃん、ゆめのちゃんの代役にどう?」

「フム、そうね」

 ヒロコは一枚ドレスを高々放り上げると、ポーズを取り、玲緒奈を値踏みした。

「フン、合格。じゃ、あんたたち、行くわよ」

 先頭に立って隣りの「白玉ホール」へ向かって颯爽と歩き出した。その大ホールで明日ショーが行われ、その控え室をフィッティングルームに使うのだ。

 前が見えないほど服を抱えた陽茉と芙蓉が続く。いっしょに続きながら、

「たえこー」

 と、里子はナレーションでならしたよく通る声で宇賀神を呼んだ。

「あなたも来て、お手伝いなさい」

「はあーい」

 と素直に返事して、宇賀神はひらひら、やって来た。

 追いつくと、

「あー、里子さんの元カノだあ」

 と大きな黒目がちの目で玲緒奈を見て小さく笑うと、里子に甘えるように腕を絡ませた。

「こら。やめなさい」

「いいんだもん。里子さんはわたしのお姉様だもん」

 里子も、しょうがないわねえ、と、玲緒奈に恥ずかしそうに笑ってみせた。玲緒奈も困った顔で笑い返しながら、

(チョー、ムカつく!)

 と、

(やっぱこの女、サイアク~~)

 と、認識を確固とした。

 玲緒奈は一応、

「ごめーん」

 と、同じバザー班の仲間に作業を抜けることを謝り、みんな、

「いいよー。行ってらっしゃーい」

 と送ってくれた。

(あら?)

 ふと目に入った、こっひーとなーごの人気モデル二人。

 きゃぴきゃぴとお店を眺めていた二人が、去って行く……宇賀神妙子を?、

(ムカつく)

 といった、とても表に出せないような陰険な目で睨んでいた。


(・・・・・・・・)


 玲緒奈は、


 あーあ、やっぱり、「裏」じゃ、色々あるんだあー、


 と思った。

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