第3話 無償のお宝

 玲緒奈と芙蓉は現在、バザーに出品する寄付品を受け取る受付の係をやっている。

 小ホールの、入り口から三分の一ほどの所に会議用の長机を並べて、係の委員たちがついている。

 そこにバザーの品物を持って生徒がやって来る。係がそれを受け取るのだが。

 ちょっと変わっている。

 品物を持ってくる生徒は、それを実行委員の用意した紙袋に入れて来ている。紙袋は事前に生徒から寄付してもらった、デパートやアパレルショップで買い物した時に商品を入れてもらったものだ。

 紙袋はエントランスホールに置いて、寄付する人に持って行ってもらっている。

 この小ホールで寄付する品物を受け取るのだが、係の委員は品物の入った袋と、その袋に入っていた寄付品目録の用紙を記入した物を受け取って、用紙を手元に残し、品物の紙袋は後ろにまとめて置いてある所に持って行き、中身を確認しないまま、その仲間に混ぜてしまう。

 普通……例えばリサイクルショップに買い取りに持って行った場合、

 品物を確認し、見積もりを作成して、「この金額で買い取ります。よろしいですか?」と確認して、後々間違いが起こった場合に備え、住所氏名、それを証明する身分証を確認し、承諾のサインをもらって、完了となる。

 ところがここでは、品目を自己申告してもらって、実際の品物はその場では確認しないで、品目の用紙と品物の紙袋をバラバラにしてしまって、用紙には提供者の情報はいっさい記入しない。目録の用紙を提出してもらうのは単に全体の集まり具合を把握する程度の意味だ。

 そんないい加減な管理でいいのか?、と思うのだが。


「極端な話ね」

 と、事情を知る上級生委員は説明する。

「年頃の娘たちなわけじゃない? 今どき、ストーカーみたいなのに悩まされてる子だっていないとも限らないでしょ? その手の人って、ターゲットの持ち物を欲しがるでしょう? バザーなんて、恰好のチャンスになっちゃうじゃない? だから個人情報はいらないの。それにね、」

 上級生は声を潜め、何やら秘密めいた笑みを浮かべ、実は言いたくてしょうがないように、言う。

「特にバッグ類なんだけど、ブランド物の、とんでもない高額の品物を提供する人がいるのよ。人気ブランドの、期間限定モデル、みたいな。普通にブランド物のリサイクルショップに持ってけば、プレミアがついて、軽く何十万円もするようなね」

 玲緒奈は目を丸くして、頭の中の計算機を働かせた。

「そういう極端に高額の物が出た時に、トラブルにならないように、ここに出してしまったら、アウト。出した人の自己責任ってことでね。だから、受け取るときは、

『ご寄付いただく品物に間違いはございませんか?』

 って確認すること。いいわね?」

「あの、それって……、どうするんです? ……何十万円って値段付けるんですか? それとも……」

 品物に値札を付けるのも委員の仕事なのだ。

「さすがに大学のバザーでね、それは付けられないわね。学生が扱う常識的な値段を付けるわ。だからねえー」

 上級生は玲緒奈を見てニタアッと笑った。

「それをゲットして、リサイクルショップに持ち込んで、何万、何十万円って言う差額を儲ける……ってことも可能ね」

 玲緒奈は思わずゴクリとつばを飲み込んだ。

 上級生はアハハと笑った。

「そういう不埒ふらちなことをする者が内部から出ないようにね、値段はみんなでチェックするから抜け駆けは出来ないわよ?

 生徒たちはだいたい知ってるわよ、毎年何点かそういう物が出るって。

 狙ってる子もけっこういるから、そのまま出しちゃったら、スーパーの超特価タイムセールみたいな戦場になっちゃうわね。だから特設コーナーを作って、希望者に番号札を配って、後で抽選会をするのよ。ま、一つの名物ね。


 でね。

 じゃあ、誰がそういう高額品を出すか?、ってこと。


 そのブランドのファンで、新作が出る度に買いあさってたんだけど、飽きちゃって、『もういらない』って寄付に出す……、ま、お金持ちよね?

 そういう人ならいいんだけど。


 自分で買ったんじゃない場合もあるわよね?

 つまり、男からのプレゼントね。

 ま、その男ってのが、ちゃんとした彼氏ならいいんだけど……、いや、それもなんか修羅場が待ってそうで怖いけど……

 プレゼントしたのが彼氏じゃない場合。

 これは二通り考えられるわよね。好意を寄せる男性が自発的にプレゼントした場合と、彼女の方が、相手の好意につけ込んで、おねだりして買ってもらった場合。

 これもどっちもやっかいそうで、揉めそうだけど……

 より怖そうなのは、一方的にプレゼントされた場合かな?

 例えばさ、全然好きじゃない、むしろ毛嫌いしてるような相手からプレゼントされたら?

 受け取りたくなくても、自宅に送られて来て、うっかり受け取っちゃったりしたら?

 そんな物、さっさと処分しちゃいたいけど、自宅近所のゴミ捨て場に出して、それを送ってきた男に見つかっちゃったら……恐怖よね?

 リサイクルショップでお金にするのも気が引けるし…………


 という物を、寄付に出したのかも知れないわよねえーー?


 そう考えると、怖いわよね?」


 と脅して、上級生は笑った。

「だから、扱うわたしたちも、それが誰が寄付した物かなんて、知らない方がいい、ってことよ」

 お分かり?と視線を送られて、

「なーるほど~~」

 と玲緒奈は納得したのだった。


 ストーカーは別として、そういう「男遊び」をしている人って、

(どれくらいいるものなのかしら?)

 と玲緒奈は思った。その点、アイドルになりたかった(今さらお笑い草だが)玲緒奈は潔癖だった。潔癖すぎて、今や別世界の話に感じられるほどだ。

(アイドルに懸けたわたしの青春を返して!)

 とは思わないが。

 玲緒奈にとっては「男遊び」より、

「転売して差額を儲ける」

 方がずっとリアルで……誘惑を感じる。

 玲緒奈は苦学生だった……と言っては本当の苦学生に申し訳ないが。

 ぶっちゃけ、

(お金が欲しい~~~)

 と切実に思っている。

 プロのファッションモデルほどではないが、化粧品に美容品、服に、髪のセット。いろいろ「見た目」の為の費用がかさむ。

 はっきり言って、テレビの仕事はギャラが安かった。拘束時間ばかり長くて、どんなに時間が掛かってもギャラの追加はない。そりゃそうだ、玲緒奈の出番なんて、全部合わせても一分、二分、あるかどうかだ。ひたすら他の皆様のお付き合いだ。

 時間当たりで計算されるイベントコンパニオンの方がずっと多くお給料をもらえた。

(耐えろ、耐えるのよ、玲緒奈。あんたは今、憧れの世界でお仕事してるんだからね!)

 と自分に言い聞かせても、お金のない惨めさはどうしても人間を卑屈にする。

(早くブレイクしてビッグになりたい!)

 けど、取りあえずは、

(お金が欲しい~~~)

 なのである。


「もう飽きちゃったあ」


 で、時価何十万のプレミアムブランド品を惜しげもなく寄付するようなお金持ちのお嬢様なんぞ、

(ええ~~い、このっ、このっ……、羨ましい~~~)

 と泣き出したい気分だ。しかし、

(この学校に、そんな人、いるのかしら?)

 と怪しく思う。

 ここ、白玉女学園大学は、世間一般的な評価で言えば、

「中の上」

 程度の、いわば、

「庶民のお嬢様校」

 と言うところだ。学費も、まあまあ、それなりである。

 そんな学校に、

(そんなプレミアムお嬢様、いるのかしら?)

 と疑問に思うのである。


 しかし、事実、

 今年も寄付品の中に、そうした超目玉品が、何点か、寄せられていたのである。

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