第2話 恵まれた後輩

 岩崎玲緒奈はタレントだ。

 以前は企業展示会などのコンパニオンをアルバイトでやっていたが、現在そっちはお休みして、テレビのバラエティー番組にちょこちょこアシスタントとして出ている。(……セリフのない看板持ちばかりだが……)

 玲緒奈が曲がりなりにもテレビ業界にコネを持てたのは、この夏、かわいがっている後輩、芙蓉美貴の「先生」であるところの紅倉美姫べにくらみきのお手伝いをした見返りとしてだった。(……あれは本当にひどい目にあった……、マジで、……呪ったわあ~~……)

 紅倉美姫は、テレビにいっぱい出ている、超有名、霊能力者である。

 ルックスも、人間離れして、可憐だ。

 ああ、自分も芙蓉さんみたいに紅倉先生にくっついていたらもっといっぱいテレビに出られてたのかなあ、と思う。ホラー映画なんか若手人気女優の登竜門とも言われるじゃないか。

「でもなあ~、映画じゃないもん。本物だもんな、あの人たち。やっぱないわあ~~」

「何がないんですか? やる気を出して、しっかりやってください」

 ぐでえ~~、と机の上に伸びた所を注意されて、玲緒奈は恨めしそうに芙蓉を睨んだ。

 二人は今、小ホールで、バザーに出品する品物を受け取る、受付の仕事をしていた。

 一週間前の木曜日から翌火曜日まで受け付けて、委員が交代で係をやっている。

 芙蓉はバザー班ではないのだが、玲緒奈の当番を狙ってお手伝いをしている。

 イマイチやる気のなさそうな玲緒奈を困ったものだと見ながら、訊いた。

「玲緒奈さんもショーの方に来れば良かったのに。そんなに人気モデルに会うのが嫌なんですか?」

 ズバリ訊かれて玲緒奈は……目を逸らした。

 若者に人気のファッション雑誌のモデルたちは、単なるモデルではない。モデル出身のタレントは多いし、逆に、人気タレントが雑誌モデルになるパターンが増えている。人気タレントを専属モデルとして迎えることで、ライバル雑誌に差をつけようと言う戦略を、多くの人気雑誌が採っている。今やモデルとタレントの境界は限りなくあいまいになっているのだ。

 だから、モデル……玲緒奈の場合は男子ファン向けのグラビアモデルだが、モデルとしてもタレントとしてもイマイチぱっとしない状態で、今をときめく人気雑誌モデルたちに「スタッフ」として会うのは、確かに屈辱なのだが……


 そのモデルたちの中に、どうしても、会いたくない人がいるのだ。


(……………………………)

 玲緒奈はクルッと芙蓉の方を向いて、訊いた。

「あのさ、美貴。夜寝ていて、変な感じとか、息苦しいとか、ない?」

 芙蓉が(うん?)と首を傾げる仕草をすると、玲緒奈はガバッと起き上がって、あたふたと言った。

「ほら、あの先生といっしょにお化けに会いに行ったりしてるわけでしょ? やっぱりなんか取り憑かれちゃったりしないのかなあ……って」

 ああ、と芙蓉はうなずいた。

「大丈夫です。先生が守ってくださってますから。それにわたし、霊的にすごく健康優良児のようですから」

(霊的健康優良児って何よ? それも得意満面に)

 と思ったが、

「へ、へえー……。そうなんだあ~~」

 と、やぶ蛇にならないように笑顔で流した。


 玲緒奈が思い出して質問して、慌てて誤摩化したのは、

 以前自分に取り憑いて、夜な夜な夜ばい(?)をかけて苦しめられた蛇のお化け(?)に、


『芙蓉美貴の所に行って!』


 と追い払ったことがあるのだ。その後も芙蓉に特に変わった様子もなく、

(ま、いっか)

 と思っていたのだが。

 ところが、その蛇のお化けは神様(弁財天?)のお使いだったことが分かって、せっかくの成功のチャンスを逃してしまった、という落ちがついたのだった。

 で、その「夜ばいしていた蛇」の本宅(?)になっていたのが、


 宇賀神妙子(うがじんたえこ)


 と言う同業者で、彼女はチャンスを物にして大手モデル事務所に移籍した。……玲緒奈の大事なマネージャー、里子さんまで引き抜いて……。


(おのれ、宇賀神妙子!)


 という憎っくきライバルが……、最近ファッション雑誌「bloomin'(ブルーミン)」の専属モデルに加わって、今度のイベントにも参加する予定なのだ。


(ああ、あの女には会いたくない~~)


 と言うのが、玲緒奈がショー&オークション班に入るのを断った理由だった。

 ま、それは、

(フッ。しょせん負け犬の遠吠えね)

 と自分の惨めさは自覚しているので置いといて。

 玲緒奈は改めて間近に芙蓉を見つめ、半眼になった。

「なんです?」

 と嬉しそうにして、この子は絶対目を逸らさない。玲緒奈はため息をついて言う。

「あんたって、ほんと、お肌ピチピチよね? ニキビも全然ないし」

 滑らかで張りがあって、憎らしいくらいの健康肌だ。こっちは日々努力して、それなりにお金かけて、その上、毎日しっかり下地を整えてメイクしてるって言うのに、この子ったら、いつもスッピンだ。目鼻立ちもくっきり凛々しく、そのまま完成品だ。この、インチキ女子め!

 香水の趣味は悪い。バカの一つ覚えで薔薇系の香水をぷんぷんと匂わせていることが多いが……、これは芙蓉が付けているのではなく、先生の移り香だろう。あの先生は鼻もポンコツだから。けれども、芙蓉もこの「先生の匂い」を気に入って、自分のトレードマークのように思っている節がある。……フッ、趣味ワル…… ……

 ……玲緒奈は再び負け犬に成り下がって自己嫌悪に陥った。

(でも、まあ……)

 この子と比べても仕方ない。せっかくこれだけの素材でありながら、先生べったりで、まともな芸能活動にはてんで興味ないのだから。


「ほら、先輩。お仕事お仕事」

 芙蓉に注意されて、

「ご協力、ありがとうございます」

 と玲緒奈も姿勢を正して、ニッコリ、完璧な営業スマイルで挨拶した。

 生徒がバザーの品物を持ってやって来たのだ。

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