アイネ バギンズ
清み渡るような空。魔界の森など呼ばれてはいるが人間界と違い空気は綺麗なので、必然的に空も綺麗だ。
そんな綺麗な空も見えない薄暗い病室のベットでアイネは寝ていた。
ドアが軋みながらゆっくりと開く。
「アイネちゃん、調子はどうかしら~」
トリスの甘い声で目が覚めたアイネは上半身を起こし立とうとするが、トリスに止められベットに座る。
「おはようございます。トリス様。調子はとても良いです。右手も大分動くようになりました」
真っ黒な右手を動かしてみせる。その手を見て満足そうにトリスが微笑む。
「この技術は一体なんなんですか? このようなもの初めて知りました」
「最新の技術よ~。わたし前からね~戦いで手足を失った者に救いを与えたかったのよ~」
トリスが自分の胸に手を当てそう優しく語る。そんな姿にアイネは深々とお辞儀をする。
「それじゃあ、わたしは行くわね~。アイネちゃん無理しちゃ駄目よ~」
「はっ! わざわざ来て頂き有難うございました」
トリスを見送った後、自分の右手を見る。灰の魔女に切られた右手は今は黒く、脈打つ禍々しいものになっている。
左目はエメラルドグリーンの瞳ではなく黒くヤギのような目に変わっていた。
なんでも右手を制御するために必要らしい。
胸を押さえる。左胸を裂くように横に傷が入っている。
自分のリングを埋めた傷跡だ。
ベットから立ち上がり鏡を見る。アイネ隊の隊長だった自分はもういない。
そして何より人として越えてはいけない一線を越えてしまった。
魔女を食べた。言葉通り食べたのだ。
トリスがなぜこのような事を知っていて、その手術が出来るのか正直疑問はある。だがその事を知らぬ振りをしてでも戦う事を選んだ。
全ては灰の魔女を倒す為。
アイネには姉がいた。
名前を『リュウ バギンズ』
天使で姉妹と言うのはかなり珍しいが、2人は仲良く助け合い生きてきた。
2人共に戦闘の才能に恵まれ、軍に入り数々の戦績を残してきた。
魔物の討伐を精鋭部隊である姉の隊が命じられた。
その当時最強と言われた部隊。攻守共に優れ、優秀な回復役もいたその最強部隊が一夜で全滅。行方不明となる。
信じられなかった。トリス様指揮の元、捜索隊が長い時間をかけ探したが血痕しか見付けれなかった。
未知の魔物がやったと言う結論になった。その魔物を討伐する為、更に剣の腕を磨きトリス直属の部隊まで上り詰めた。
だが今は……
病室のドアがノックもなしに開かれる。
「ハロー、あんたアイネさんだね。見たことある」
目付きの鋭い天使が入ってくる左目には眼帯をしている。
やがてもう2人、左目に眼帯をした天使が入ってくる。
「んじゃ早速自己紹介すんね、あたしがノース ベヤゼット。
隣がマズルカ ネローネ。最後にナグアル ミゼレーレ
あたしらがあんたの後にトリス様直属の部隊になったんだ。
んで、あんたをあたしの隊に入れてくれって命令されたんだけど、戦えんの?」
「ああ、戦える」
「ほんとか? 魔女に負けたんだろ。あとさ真面目過ぎんだよ。あたしは砕けた感じでいきたいんだよな」
「すまない、足は引っ張らない。よろしく頼む」
アイネは深く頭を下げる。
「そう言うとこが硬いんだよ。まあ良いや、元隊長さんでも今はあたしの部下だからな。言うこと聞けよ」
「承知した」
「かてーーな、おい。
まあいい、後で詳しい話はするけど近日中に灰の魔女を巻き込んで戦争になる。準備しろよ」
そう言ってドアを出るが振り返って何かを投げる。受け止めた手には眼帯が握られていた。
「それ付けとけ、その目は天使の中では目立つ。同じ魔女食い同士仲良くしようぜ。じゃあまた後でな」
***
小柄で線の細い者が多い天使の中において、2メートル近い身長と筋肉質な体は非常に目立つ。
一人称が「おれ」というのも見た目通りの豪快さを表しており、金色の髪をオールバックにしているので、力強い目がよく目立つ。
彼女が『マズルカ ネローネ』そのマズルカが廊下に出てすぐに口を開く。
「なあ、なあノース、あいつ使えるのかよ。おれはあのタイプ苦手だぜ」
「だねーーナグアルもキライだ。マズルカとかハンマーで殴ちゃいそーー」
「違いないな、やっちゃうね。ハハハ」
自らを名前で呼ぶ彼女が『ナグアル ミゼレーレ』他の2人に比べてかなり小さい。無邪気な笑顔が可愛らしいがどこか人を小馬鹿にした感じを受ける。
髪を頭の右上で束ねており、その髪が動く度にピョンピョン動く。
「あいつは灰の魔女にぶつけときゃ良いんだよ。執念で時間稼ぎ位にはなるだろうって。
あたしらは確実に殺って楽しもうな」
「さんせーー」
この隊の隊長『ノース ベヤゼット』ザックリ切ったボサボサな髪に顔や腕に無数の傷が目立つ。
鋭い眼光が戦いの中に生きていることを表している。
3人はこれから起こることに胸踊らせ歩く。
***
眼帯を付け、左手を隠すような長い手袋をする。
「必ず、灰の魔女を倒す」
そう強く誓い姿鏡に映るアイネの姿に天使の面影はなかった。
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