庇護の拡大

 色々な生き物を張り合わせたような魔物が崩れ落ちる。体の至るところに焦げたような跡があり頭には矢が突き刺さっている。


「ふーーなんとか倒した。たまに出てくるこの魔物なんなんだろ」


 ミカが剣先で魔物を突っつきながら生死を確認していると、物陰から足を引きずりながら笑顔のコルが手を振りながら現れる。


「ミカさまーー!」

「コル大丈夫?」

「はい、ミカ様のお陰でコルは大丈夫です」

「そっか良かった。じゃあ行こうか」


 コルの手を取り先へ進もうとするがコルが顔をしかめる。


「足が痛む? やっぱりおぶっていくよ。背中にのって」

「いえ、そんな……」


 ミカが遠慮するコルの両手を取って真っ直ぐ見つめる。何故か顔を赤く染めるコル。


「遠慮しなくて良いよ。困ってる時は助け会わないとね」

「はうわ! ミカさまがそう仰るなら、はいコルはお世話になります」


 コルはミカの背中に乗るとぎゅうぎゅう胸を押しつけてくる。


「いや、コル? そんなに力入れて掴まらなく良いよ。落とさないから」

「ミカ様の背中、暖かいです」

「あれ? 聞いてる、コル? おーーい」


 自分の世界に入ってるコルにミカの声は届かないようだ。そんな状態でも気配に気付く。


「ん? そこ誰かいる?」


 幸せそうなコルをおぶったまま暗闇に向かって話しかけると、暗闇にぼんやり2つの光が現れ、やがて1羽のフクロウの姿が浮かび上がる。


「初めまして。わたくし、ミミ族のラバッシュと申します。灰の魔女様の使いで参りました。ミカ様でお間違いないでしょうか」


 片方の羽で胸を押さえるようにしてお辞儀をする。


「私がミカで間違いないよ。灰の魔女って葵だよね? 元気にしてるの?」

「はい、灰の魔女 葵様です。お元気にされていますよ。その魔女様からの伝言をお預かりしています。『天使の町から東へ向かへ。森の中央付近で会おう』です」

「東って今ここがどこか分からないし、方角とか言われても分からないんだけど」

「こちらを」


 ラバッシュがミカの近くまで飛んできて首にかけてある袋を取ってくれと頭を下げる。

 ミカがそれを取って袋を開けると中に方位磁石と小さく折り畳んである地図が入っている。


「方位磁石? 高級品じゃん。ってこれどうやって作ったの? 地図も天使が使うやつより正確だし」

「方位磁石はドワーフ様達が、地図はシベリ族様とヒヨ族様達が協力して作られました」

「葵は何をして何を目指してるのかな……」

「魔女様は我々を守り、未来永劫安心と繁栄を約束して下さっているのです!」


 さっきまで冷静に話してたラバッシュが、葵の事を話し始めると徐々にテンション高くなっていく姿を見て葵に会うのが不安になってくるミカだった。


 ***


 最初はその場の流れで、その後はなんとなく役に立つかな? 程度で始めた灰の魔女の庇護。

 だんだん解釈が変わりながら大きく魔界の森に広がっていった。

 

 今まで何者とも関係を持たず、恐れの対象でしかなかった魔女が魔物を天使から守る為に動く。

『灰の魔女』聞いたことの無い名前ながらも実力は本物、噂によれば天使すら配下に置いているらしい。興味もあり『灰の魔女の庇護』の噂は広まる。

 

 そして魔界の中央までが庇護の限界と葵は思っていたが、実際は森の東側6割を灰の魔女の庇護に関係するものがおり、その中でネットワークが築き上がられ始めていた。


 これにはヒヨ族をはじめとした鳥系魔物の影響力が大きい。

 魔女の庇護に入れば安心して暮らせる、これは弱い魔物達にとっては非常に魅力的。

 しかもただ魔女の力でねじ伏せるのでは無く、元からいる強い魔物への庇護下を強制をすることは一切なく、今まで通り過ごして良いと言う器の広さをみせる灰の魔女。

 庇護下に入っても魔女の為に命を捧げるなどと言うこともなく、それぞれの種族が得意なことを生かし助け合えば良いぐらいの敷居の低さ。

 しかも誰でも役に立てる可能性を見出だし生活を大きく変えなくても良いし、種族間の調整をしてくれる。

 ここまでやっては強い者達も認めざる得ないと言う風潮が出来つつあった。


 ただあまり深く考えてなかっただけとは今さら言えず、流れに身を任せようと今話を聞いてる私がいる。


 顔がとかげ? ドラゴンかな。真面目そうな竜人族の方──


「我々、竜人族は強い。庇護下も必要無いと言う意見もあったが灰の魔女様の庇護による、物資の調達は魅力的だ。是非庇護下に入れてほしい。我らが村にある鉱山の鉱石が出せるがどうだろうか?」


 狼です。どっから見ても狼のルプス族の方々──


「シベリ族が海岸から中央までを担うなら中央から西は私達ルプス族に任せてくださいませんか? 体格で劣る分荷の量は減りますが、その分スピードと人数はかけれます。ぜひ庇護下に」


 ネコの獣人、顔は完全にネコ。1メートルも無い小さな体を大きく動かし跳ねてます。うん、可愛いよベンガル族──


「僕たちベンガル族、ルアーがほしいです! お魚釣りたいです! 草と虫の採取得意なんで取引出来ませんか? 庇護下入りたいです」


「よーーし! みんなを私、灰の魔女の庇護下に入ることを宣言するよ!」

 

 えーーい! 後はどうにかなる。しかも誰だ、物流網にルアーを入れたのは! チラッと舞を見る。


 たいして吹けない口笛を吹いている。


「葵よ何を目指しておるのじゃお主?」


 メイさんに聞かれるが「私も分からないです」そう答えるしか無い、だって本当に分からないんだもん。


 んーーこのままだと灰の魔女の町でも作って銅像が飾られてみたいな流れになりそうだなぁ。

 私が悩んでいるとメイさんに訪ねられる。


「のう葵よ、この森をどうするつもりじゃ? 庇護の元に弱い魔物を集めて町でも作る気かの?」

「そのつもりはないですよ。それは違う気がするんですね。

 うまく言えないですけどそれぞれの場所に住んでるからその良さがあるって言うか。

 私が町を作って一ヶ所に集める方が庇護の意味的には良いんでしょうけど、皆の良さも閉じ込めるような気がするんですよね

 今までの生活にちょっと潤いが出れば良いかなって感じです。」


 私の答えにちょっと前のめりになってメイさんが食いついてくる。


「ほう、じゃあ森はそのままにしておくのじゃな」

「ですね。庇護と言っても物々交換の流通網に入れるって意味合いが強いですから」


 メイさんは腕を組んで考えやがてゆっくりと話し出す。


「わらわは見た目通り魔物出身の魔女、この森の生まれと言うわけじゃ。

 魔物は種族に寄るが基本、長寿で寿命の無い者もおる。でもここで生きていくには命をかけて生活をせねばならん。

 天使のように『生』が停滞する事は無い。それぞれが必死で生きる森なのじゃ。

 そんな森がわらわらは好きじゃ! 葵がこの森を保ち、生活に潤いをもたらすのみならこの森の東側だけでも、灰の魔女が支配する森を宣言してはどうかの?」

「えぇ!? 森を支配するって無理ですよ。管理出来ませんもん」


 支配なんて考えたこともない私は慌てて否定する。


「ふむ、じゃあ魔物代表の管理者を作るのじゃ、ついでに森の名前も変えるのじゃ。『灰の森』とかは駄目じゃぞ、縁起悪いからのう」

「管理者ってそんな知り合いいないし、灰の森? 名前変えるっていったい……」


 なんか段々乗り気になっているメイさんに、ついていけなくなっている私。


「管理者なら適任なのがそこにおろう。下手くそな口笛吹いておるのが。名前はそうじゃの庇護下の魔物から募集してみてはどうかのう?」


 そこまで話した時、ぱたぱたとヤエちゃんが飛んでくる。


「葵様、ミカ様と接触に成功しました。こちらに向かって移動を始めましたので、今案内の者を向かわせています」


 因みにヤエちゃんには「魔女様」から「葵」に呼び方を変えさせた。最初は拒んでいたが、なのだからそう呼んで! って言ったら泣きながら喜んで変えてくれた。「様」をつけるのは譲ってくれなかったけど。


「待ち合わせ場所を決めた方が良いかな。さっき庇護に入った人の中でここから住んでいるのが1番近い人は誰ですか? もしよければ村とかに行きたいんですけど」

「それなら我々竜人族の村が近い、皆にも会って欲しい」

「ありがとう、お世話になります。メイさんは来ますか?」

「行くのじゃ、なんか面白そうじゃしの」



「ヤエちゃん場所が分かり次第ミカに伝えて」


 私がヤエちゃんと話しているとメイさんが割り込んでくる。


「のう、ヤエとやら、明日灰の魔女から大切な発表がある、皆に集まるよう伝えよ。これん奴は後で通達するともな」

「はい、直ちに伝達開始します」


 ヤエちゃんが飛んでいく。


「ヤエちゃん! そこは私に確認! おーーい」


 もう見えない……


「その発表、私も聞いてよろしいでしょうか?」


 突然聞きなれない声に振り返る。と髪がストレートのニサちゃん? 似てるけど落ち着きのある……ニサちゃんがいた。


「ニサちゃん!? じゃないよね?」

「初めまして、灰の魔女様。私はカノン ニーベルングと申します。ニサの双子の姉です」


「えーー!? ニサちゃん! お姉さんいるって聞いてないよ!」


 私はニサちゃんの方を見るとなにやらばつの悪そうな顔をしている。


「き、聞かれてませんから。そもそも何でお姉様がここにいるんですの」

「ニサ」


 カノンが静かに名前を呼びゆっくり近づいてくる。


「お、お姉様?」


 ぎゅーーと抱き締める。


「頑張っていますね。ニサ」

「う、お姉様が誉める……い、いやあり得ませんわ、うぅぅ」

「ほら泣きません」

「な、泣いてませんわ!」

「この格好で失礼します。灰の魔女様。私達の方からも伝えたいことと、お願いと提案があります」

「私達?」


 メイさんが誰かと話している。


「なんじゃ、アイレか」

「あらら、メイあなたもいるんだ。フラグはたつもんね」

「なんじゃフラグとは?」

「こっちの話」


 メイさんと緑の髪の女性と親しげに話をしている。


「あちら、風の魔女様、アイレ様です。そしてこちら、ソフィー テレーゼ様です」


 いつの間にか隣にいた女性をカノンさんが紹介してくれる。


「ミカの 母、ソフィー テレーゼです。ミカがお世話になっています」

「灰の魔女、日向 葵です」

「まあ、あなたが灰の魔女さん。うわさで聞いていたより可愛らしいわね。

 ミカと仲良くしてあげてくださいね。あの子友達作るの下手だから、もう私心配で、心配で。

 そう心配と言えばあの子まで来てないんですって。私達より先に出発したはずなのに、なにしているのかしら。もしかして……」


 怒涛どとうの勢いで話される。この人がお母さんか。ちょっと抜けているミカにはこのくらい勢いある人が必要な気がする。

 そんなソフィーさんを風の魔女が止めてくれる。


「わたしが風の魔女、アイレだ。よろしく灰の魔女」


 そう言って肩をポンポン叩かれる。


「よろしくお願いします。葵です。なんだか急に賑やかになりましたね。

 とりあえず竜人族の村へ移動して話しませんか?」


 森の真ん中で立ち話しても仕方ないし、状況の整理の意味でも落ち着いて話がしたいので移動を提案した。


「そうだな、日も暮れそうだし移動しよう。

 天使側も後1人足りないんだろ? 魔女側もリエンとノームに連絡したから後で来ると思うし、全員そろって話をするってことで良いかな、葵?」


 アイレさんが上手くまとめてくれる。


「えぇ、それで良いです。リエンさんも来るんですか!? 後ノームさん?」

「ノームが来るのか、面倒くさいのう」


 リエンさんに久しぶりに会えるのは嬉しい。

 で、ノームさん? なに面倒くさいって? 気になるな。

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