ミカ脱走

 天使の城の廊下をソフィーは歩いていた。緊急の召集があった為だ。


「ソフィー、ソフィー」


 そんなソフィーを呼ぶ人がいる。振り返るとソフィーと同じく品のいいドレスを着て、ちょっと眠そうな顔をした女性がソフィーに追い付こうと足早に向かってくる。


「あら、タイス貴女も今到着?」

「そうよ、今日は久々にのんびり出来るって思ってたのに緊急召集されるんだもの。めんどくさいたらありゃしないわぁ。

 あーーめんどくさーー」

 

 このタイスと呼ばれた女性。名を『タイス アーセナル』天使界の立法の最高権力者。

 いつもやる気のない態度と物言いだがかなり仕事は出来る。そして何よりもしたたかな人物だ。


「そう言わないの、貴女も聞いてるでしょ。アイネ隊のこと」

「あーー聞いてる聞いてる。灰の魔女の敵対宣言とかでしょ。

 内容聞く限りこっちが攻めなきゃ問題なさそうじゃない?

 でもさ、なんだかんだ理由付けて攻めるんでしょうね、あーーいやだいやだ」


 タイスは手をパタパタさせてめんどくさそうな顔をする。

 そんな姿は見慣れているのであろう。ソフィーはいつもと変わらない態度で訪ねる。


「まあそうでしょうね。ところで例の件、上手く出来た?」

「あーーあの子ね。手続き済ましたから大丈夫。今日発表があるでしょうけど間に合ってるわよ」

「ありがとう、さすがね」

「まーー私らみたいに戦闘出来ない天使は頭使えないと、生きてけないわよ」

「そうね、戦いがないのが一番なのですけど」

「その意見にさんせいよーー、本当にめんどくさいんだから」


 両手を頭の後ろで組んで心底めんどくさそうにするタイスに流石に可笑しくなったのかソフィーが笑ってしまう。

 それをみてタイスがはにかむように笑う。

 そんな2人が会議室のドアを開ける。


 部屋には天使界の女王『アリエル』が部屋の奥に座っており、

 少し離れて向かい合うように軍政最高権力者の『トリス』が立っている。


「突然の召集すまないな。さっそくだがアイネ隊の件、灰の魔女の件、耳に入っているだろう」

「はい、存じております」


 ソフィー達が答える。


「この件に関して我々天使は灰の魔女を討伐することを決定したい。まずこの件に関して異議はあるか?」

「恐れながら、灰の魔女に対して攻撃を仕掛けなければ争いは起きないのではないでしょうか?」


 タイスがアリエルに訪ねる。その質問に対しても表情一つ変えず淡々と話を続ける。

 このとき表情には出していないがタイスは心の中でうんざりした表情をしていた。


(これだからこの人は扱いづらい、なに考えてるか分からないのよねぇ。めんどくさいわね)


 そんなことを考えているのも見透かしてそうなアリエルの静かな瞳。やはり苦手だと思いながらアリエルの話を聞く。


「それは私も考えたが、アイネの右手を切り落とし伝言役にするような奴だ。あちらから攻めてくる可能性は十分に考えられる。

 後手に回って民を危険に晒す訳にはいかない」


 アリエルの言葉にトリスが続く。


「そうよ~わたしも直接戦ったんだけど~、あれは危険だわ~。

 わたしのアイネ隊が、カノンちゃんを除いて全滅よ~。しかも~ニサ、メサイアは魔女の仲間になったって言うじゃないの~。大打撃よ~」


 両手を広げながら大袈裟な芝居がかった話し方をする。

 ソフィーもタイスも見慣れてはいるから表情に出ていないが、内心そのわざとらしい動きにうんざりしている。


「で~わたしの直属の隊であるアイネ隊を解散させるわ~。

 そして直属の隊をノース、マズルカ、ナグアルの3人で構成するわ~。

 カノンちゃんは直属から外れてもらうけど~、翼の騎士団の穴を埋めるために盾の騎士団の部隊長として組みたいの~」


「カノンでしたら私の方で引き取らせていただきますわ。

 先程正式に手続き済みましたの。まだご覧になってない?」


 ソフィーがトリスの言葉を遮るように告げる


「なんですって~、カノンちゃんはわたしの可愛い部下よ~手続きってわたし聞いてないわよ~。

 タイスどう言うことかしら~?」

「あぁそれ? トリスいなかったから代行でマノンに頼んだんだけど言ってなかった? 連絡ミスかな?

 書類の方は受理されて不備もなかったわよ」


 ちょっとバカにしたようにタイスが答えるその動きは大袈裟だ。完全にトリスを馬鹿にしているのが分かる


「ちっ!」


 舌打ちをするトリス


「手続きが済んでるなら仕方ない、トリスは別の者を翼の騎士団の後釜にあてろ。それで魔女の件だがこちらの準備が整い次第進軍を開始したいと思う。

 後、別件だが見たことのない魔物を見たと聞いている、この辺りの情報も集めてほしい」


 ***


 ミカはお昼ご飯を済ました後、ごそごそ椅子の隙間を探る。そして爪研ぎのヤスリを取りだし頭上に掲げる。


「ふっふっふっ、今日こそこのいまいましい部屋から出てやる。

 能力は戻ったものの部屋から出れないと言う情けない状態。

 お義母様は裁判の開催日を延ばしてくれているけど、脱走は自分でしてくれって丸投げするし」


 爪研ぎを窓の隙間に入れて留め金をやすりで削る。


 ギコギコ 「大分進んだ」

 ギイギイ 「良い調子! 今日良いことあるかも」

 ギーーギーー 「私、脱走とか向いてるかも」


「あのーーミカ様? 何をされてるんですか?」

「あぁ、脱走する為に窓の留め金削ってんの。見れば分かるじゃん」

「へぇ~脱走出来そうですか?」

「うん、後2、3日ってとこかな」

「ふーーん」


 ミカは汗を拭いながら削る。

「ミカ様汗を」

「ああ、有り難う」

 

 渡されたハンカチで額を拭いながら後ろを振り返る。

 ニコニコしたカノンが立っている……


「あれ? カノン? なんでいるの?」

「なんでいるの? ではありません。

 いつになったらここを出るのですか?」

「あ、いや今、ほら頑張ってるから」

「武器でも召喚して壁壊して出てしまえば良いのではないでしょうか」

「いや召喚したら警報鳴るし」

「窓を許可なく開けても警報鳴りますよ」

「え、そうなの?」

「……」


 カノンから静かな怒りがにじみ出す。


「ミカ様これを」


 カノンはミカに近づいて何か手渡す。


「ん? なにラーメンのキーホルダー?」


 ミカは「とんこつ」と書いてあるラーメンのキーホルダーを見つめる。


「はい、出張のお土産です。ポケットに入れて下さい」


 ミカはポケットにキーホルダーを入れる。


「入れましたね、では」

 コホンと咳払いをし


「ミ、ミカ様! 何を! やめてください! く! 仕方ありません、身を守るために仕方ないのです! 本当は戦いたくないのに!」

「シュラーク」


 突然騒ぎだし、盾を召喚するカノン


「え、警報なるよ」


 ポカーーンとするミカに対して、カノンは笑顔で……いや恐らく怒っている表情で盾で正拳突きをする。


 ドゴーーーーン!!


 さっきまでミカがヤスリで擦っていた窓が壁ごと吹き飛ぶ。


「……」


 ビィーーーー!! ビィーーーー!!

 警報が鳴り響く。


「ミカ様! 壁を壊して、羽を展開し逃げるおつもりですか!!」


 そう言ってミカにつかつか近寄りミカを外へ向かって蹴る。


「いぃぃぃ!? な、ウイング!」


 落ちながら羽を展開し空中に浮く。


「待って下さいミカ様! 脱出などおやめください!」


 カノンが羽を展開し追いかけてくる。見れば周りにも天使兵が集まってきている。 


「ミカ様、私に向けて閃光を撃って下さい」

   

 ボソッとカノンがミカに話しかける。


「なんか分からないけど、やけだ! リング!」


 ミカはリングを出し閃光をカノンの向けて放つ

「レフレクシオン」半透明なクリスタルがついた盾を出しミカの閃光を反射させる。周辺にまんべんなく……

 屋敷は半壊し、兵士達は逃げ回り周囲は地獄絵図とかする。

 

「なんて恐ろしい力! 私では閃光を受け止めきれませんでした。この被害もうミカ様、死刑確定ですね」

「カノン! お前!」

「さ、逃げるのですミカ様。今です!」

「何が今です! だよ。この惨事お前のせいじゃん」

「ミカ様、灰の魔女様によろしくお伝え下さいね」


「ちくしょーー覚えてろよーーー」


 そう言ってミカは魔界の森の方へ飛んでいく。


「ミカ様その台詞はどうかと思いますよ、ってもう聞こえませんね。さてさて、後片付けしましょうか」


 カノンはスーーと地上に降りて、天使兵達を気遣いながら瓦礫の撤去を手伝う。

 この行動でカノンの人気はまた上がるのであった。

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