メサイア オラトリオ

 メサイアは草木を倒しながら森を歩いていた。


「むっ まだ右手 痛い」


 メサイアは治癒魔法が使えるが、舞から受けたダメージは大きく傷が癒えるにはまだ時間がかかりそうだった。


「むっ 羽 5日くらい ムリか……」


 羽を吹き飛ばされて飛ぶことが出来ない。羽は数日たてば修復するがそれまでは歩くしかない。


「むっ あのビリビリ 嫌い」


 この遠征の際にキャンプを張っていた場所の大体の方向は分かる。そこまで歩けば良いのだが切り開かれていない森を歩くのは苦労する。


 ぐ~~


 お腹が空く。


「むっ 確か これ食べれる」


 木の実をちぎってその辺の石に座って食べる。


 ……慣れている、1人なのも、森をさ迷い歩くのも……


 メサイアのお母さんは天使の精鋭部隊の戦士だった。

 明るくて優しいお母さん。

 でもある日帰ってこなかった。魔物の討伐で失敗して死んだらしい。

 死体もなくただ天使の兵隊さんから「お母様が亡くなりました」と言われても実感は湧かなかった。

 そのうち小さかったメサイアを周りの大人が押し付けあい遠い血縁に当たる人に引き取られた。

 その人はメサイアにまったく興味がなく、食事もろくに貰えなかった。


 だから魔界の森へ入って木の実なんか食べてた。お風呂も湖や川で済ませてボロボロの服着てさ迷ってた。


 だから慣れっこ。


「むっ これも食べれる」


 地面に生えていた赤い実の草を抜いて実を口のなかに入れる。


「むっ ちょっとすっぱい」


 ……すっぱいけど懐かしい?あまり良い思いでではないけど。

 昔はもう少し喋ってた気がする。

 うるさいって叩かれるから喋らなくなった……


「むっ 痛い」


 草で足を切った。ちょっと血が滲む。


「むっ 癒しの光」


 傷は無かったように消える


 ……癒しの力、天使の中でも稀な力。まして戦闘と癒し両方出来るのは極めて稀。

 森に入ったら傷だらけになる。転けたり、落ちたり、獣に引っ掛かれたり。でも治せる。それが普通だと思ってたから普通に使ってた。


 ある日、天使の兵隊さんが森で怪我してた。羽がやられて飛べず、足を怪我して動けないようだった。

 何となく近づいた。森で人と会うことは滅多に無いから興味本意。

 初め兵隊さんはボロボロのメサイアが草むらから出てきてとても驚いてた。

 メサイアが近づき足に癒しの光を当てて治したらもっとビックリしてた。

 なんか凄いお礼言ってたけど、感謝されたことなんてないからどうして良いか分からず走って逃げた。


「むー 手が まだピリピリする」


「むっ 癒しの光」


 何度も手に癒しの力をかけるがピリピリがなかなかとれない。


「むっ ビリビリ魔物 やっぱり 嫌い」


 メサイアは空を見る。


 ……お母さんが死んで引き取ってくれた人誰だっけ?名前忘れた。

 最後に抱き締めてくれた。そのとき上を見てたけど、こんな空だった気がする。青くて雲がちょっと浮かんでる空。

 

 傷を癒した兵隊さんが帰ってメサイアのことを話して噂になったらしくメサイアを探しだし天使の軍隊に入れたいってやってきた。


 そのとき結構なお金が払われたとかで、あの人抱き締めてくれたんだっけ?

 どうでも良かった。これより生活が良くなるって言われたから付いていく事にした。

 土の上で寝なくて良いなら、どこでも良いやって。


 胸に手をあてる。固いものが触れる。チェーンでつけられているそれを引っ張り出す。

 手のひらにのせる。金属性の笛。子供のおもちゃだ。

 お母さんがくれた。


 ……「なにかあったらこれを吹きなさい。お母さん駆けつけるから!ピーーって吹くのよ。お母さんに聞こえるようにね」

 そう言ってくれた笛。お母さんの形見、最後の思いで。

 

 でもねお母さんメサイア笛吹いたんだよ。

 家でも、森でも、川でも、洞窟でも、お空に向かっても、聞こえないといけないと思って思いっきり吹いたんだよ。

 手に涙が落ちる。


「ピリピリする……」


 軍に入って戦闘能力が高いことが分かり、実力を伸ばし、戦えて癒しも出来るメサイアはいつしか天使の中でもトップクラスになり、トリス様に声をかけられアイネ隊へ入った。


 アイネ隊長は勢いが凄かった。

 サキ副隊長はしゃべらない。

 カノンは優しかった。

 ニサはちょっかいかけてくるし  

 すぐ怒るから嫌い。


 そう言えばニサ前に会った時よりなんだろ?生き生き?なんか眩しかった。

 ニサが羨ましい……のかな? メサイアはなんなんだろ……


 手にしてた笛を口に咥える。鉄の味がする。


 ピスーーーーー


 吹いてみたけど壊れているのか音が出ない。


「むっ お母さん 聞こえない ね」


 目に涙が溜まる。


 ガサガサガサ!


「むっ!?」


 草むらが揺れる、魔物?


「あいたたた、草だらけじゃんここ」


 声がして1人の女の人が出てきた。


「いたーー足切れたかな。まあ完全に山をなめてる格好だから仕方ないか」


 女の人はぶつぶつ文句を良いながら草むらから出てきてメサイアを見つけると笑顔で聞いてきた。


「ねえ、笛吹いたのあなた?ピーーって聞こえた気がしたんだけど」


「!?」


 突然の来訪者に固まるメサイア

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