舞とニサ

 森の中を舞とニサは歩いていた。

 舞の腕の状態はかなり悪いらしく、苦しそうに歩いている。


「大丈夫? 腕痛むかしら?」

「あぁ大丈夫。右手は使えないけどそのうち治るだろ。にしてもニサやけに優しいな」

「いやっ、それはそのーーわたくしは……助けてもらったからその、恩を感じるのは当然ですわ!」

「おっ、デレた」

「うっ、うるさいですわ置いて行きますわよ!」


 ニサが顔を真っ赤にして必死で否定する。


「あーー、それにしてもここはどの辺りなんだろうな? あたしの縄張りとは全然違う所に来たみたいだな」

「葵達も無事だと良いんですけども」

「きっと無事さ、むしろあたし達の方がヤバいって! なにせボロボロの魔物と天使だぜ」

「……ですわね」


 自分達の今の状態を改めて知って焦る気持ちが芽生える。止まっても仕方ないのでとりあえず水と食料の確保の為森の中を歩く。

 しばらく歩くと、大きな湖が現れる。

 木漏れ日から注ぐ日によって煌めく水を見て2人の心も少し潤った気がした。


「ここで休憩をしましょう」

 ニサは舞を座らせる。


「あーー、お腹空いたな」

「ではわたくしが食料を取って来ますわ」

「あんまり周辺をうろつかない方が良い。何がいるか分からないからな。

 目の前の湖で魚を釣ろうぜ。あたしの荷物出せるか?」


 ニサは収納魔方陣から舞の荷物を取り出す。その中で何本かある長い袋を取り出すと舞へ渡す。

 舞は袋の中を除いて確認をすると1本の竿を取り出す。


「これだ! これを使え」

「釣竿? 餌はどうすれば良いですの?」


 ニサに釣竿を渡すと再びごそごそと荷物をあさる。


「それはこれだ!」


 舞は自慢気に箱を取り出し、左手で掲げる


「このタックルボックスにあたしの自慢のコレクション、釣れるルアー達が入ってる! それで釣るんだニサ!」

「る、ルアー?」

「擬似餌だ! 餌釣りとは違う面白さがあるぞ」


 ニサはルアーを手に取り不思議そうに見る。

「お魚の形をしてますの? お魚がお魚を食べる? と言うことですの?」

「簡単に言えばそう言うことだ。いかに疑似餌を本物の様に見せて食わせるか、その魚とのやり取りが最高なんだ!」


 舞が興奮して話し出す。それを見てニサは話が長くなる事を察して話を遮る。


「はやく教えてくださいな、お腹空きましたわ」

「そうだな。とりあえず実践でやろう! リールはこっちで良いか、結ぶのはあたしがやろう」


 ニサが舞の熱いアドバイスを受けながらルアーをキャストする光景が1時間程続く。

 小柄で品のある少女が必死でルアーを投げている姿は人間界では中々御目にかかれない姿に違いない。

 一時間後、額に汗なのか魚が跳ねて飛ばした水なのか分からないが顔を濡らして、ちょっぴりワイルドになったお嬢様がビチビチ跳ねる魚を手に舞の元へやってくる。


「なんとか3匹釣れましたの」

「初めてで3匹釣れたら上出来だ」

「でも何個か無くしてしまって、ごめんなさい」

「いや良いよ、根掛かりは付き物。後600個位持って来たから大丈夫」


 その発言にニサが驚き呆れる。


「箱ばっかり渡すから何かと思ったら、わたくしの魔方陣の中にルアーを大量に入れたんですの?」

「まあ良いじゃん、こうして使える訳だし。とりあえず食べようぜ。ニサは魚さばける?」

「えぇ、夜営訓練とかで習いますからなんとかできますわ」


 ニサのぎこちない包丁裁きで魚はガタガタの切り口になるが焼いてしまえばそう気にならない。ただ調味料がないので素焼きだ。

 この時ほどニサは収納魔方陣に食べ物が入らないのを恨んだときはなかった。


「んーー塩が欲しいなあ。人間界が長かったせいで濃い味に慣れてしまったな~」

「う~~カレーがカレーが食べたいですわ」


 完全に人間界の味に慣れた魔物と天使は人間界の食べ物を思い出しながら魚を食べる。


***


 森から上がる煙。おそらく誰かが火を使っている。

 くんくん、小さな鼻をヒクヒクさせる。


「むっ 魚? 間違いない 誰かいる」


 木の上に立つ少女は煙が上がる方を見つめる。


「むっ 行ってみる」


 天使の羽を広げふわりと飛び立つと、煙へ向かって飛んで行く。


***


 ーーーミカの軟禁生活①ーーー


 ミカの軟禁されている部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


 ドアがゆっくり開きカノンがお盆を持って入ってくる。


「ミカ様、傷の具合はいかがですか? お昼をお持ちしました」

「うん、大分良くなったよ」

「それは良かったです。後これはソフィー様からです」


 お盆にのる硬いパンに薄いスープと蒸かしたジャガイモ……それとお義母様からの差し入れのお菓子。

 分かっていたけど味が薄い。

 マッハのハンバーガー食べたいなぁと人間界の食事にミカが思いを馳せる。


「お昼ありがとう。ところでお義母様のこれは良いの? お菓子もらいすぎじゃないかな? 一応軟禁されてるんだよね私」

「大丈夫ですよ。文句言う奴は投獄するとか言ってますし。ソフィー様には誰も逆らえませんよ」

「司法のトップがそれで良いの?」


 ニコニコしているカノンに、呆れた顔でミカが言う。


「この間のお話、今の天使界における問題ですが少しは整理できましたか?」

「あっいや、問題なことは分かったけど、どうすれば良いかまでは正直分からないよ。

 それと1つ気になってた事があったんだ」

「なんでしょう」

「人間界で見たことのない魔物を見たんだけどカノンは何か知らない?」


「……天使と魔女が作り出した魔物だと思われます」

「天使と魔女が作った? なんの為に?」


 カノンが真剣な顔になりミカに説明を始める。


「簡単に説明すれば魔物を使役して自分達の目的を果たそうとしていると言うことでしょう。

 目的の1つである人間界へ進出すると言ってもいきなり支配しようとかではありません。あの文明を私達がいきなり制御するなんて無理ですから。

 今後交易が可能となったとして、人間界からは食料や娯楽と言った交易品が数多く存在します。

 ですが我々天使からは人間界への交易品と成りうるものが有りません。

 そこでです、魔物を人間界へ放ち我々天使が討伐する。つまり人間界の治安を守るわけです。

 これを交渉材料にしようと言うのが、今まで得た情報から考えられます」


「命をかけて人間を助け、信頼を得るか……マッチポンプじゃなければいい話なんだけどなぁ。

 それにしても私は全く気づかなかったよ。恥ずかしいなぁ。判子を綺麗に押してる場合じゃなかった……」

「はい、ミカ様の押した判子は綺麗だと評判でしたから」


 カノンが微笑みながらミカを見ている。いや微笑みに殺気をのせてきている! かなりの高等技術を使用してミカを攻撃してくる。


「!?……カノンなんか怒ってる?」

「はい、怒っています」


 そう言いながらも笑みは絶やさないのが逆に怖い。


「ミカ様の肩書きはなんでしょうか?」

「えっと、師団長です、ハイ」

「はい、その通りです。では師団長の本来のお仕事は、なんでしょうか?」

「はい、作戦の立案と遂行デス」

「その師団長の肩書きを持って判子を綺麗に押してニコニコしてたのですか?」

「あっ、見てた?」

「見てた? ではありません!」

「師団長ってほら、コネだから」

「コネだけで師団長にはなれません。500年前の戦争で歴史の表舞台に名前こそ出てこないものの、その作戦には定評のあったミカ様がなんで判子が綺麗に押せたよーー見て見てーー! って部下に自慢してるんです! 部下の方困ってましたよ」

「えっ、本当に。ヤバい気づいてなかった……」

「その辺りに問題が有りそうですね。もう少しお話しましょう」

「えーーーー」


 この後1時間程カノンの説教は続く。

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