天使の輪

 走り続けて気が付けば屋上への階段を上っていた。

 あれから何度か火の玉を投げてみたものの一度も当たることはなかった。

 

 逃げながらも自分足の速さと体力に驚いた。それに動体視力と勘も鋭くなっているのも分かった。

 ただこの場合は死ぬまでの時間を悪戯に伸ばしているだけのような気もするが。


 いっそあの爪に引き裂かれて死んだ方が楽になるんじゃないかと言う思いと、やっぱり死にたくない思いで葛藤している私は、生きるべく足掻くことを選択して扉を突き破り屋上へと出る。


 犬ゾンビの攻撃で服はボロボロ、所々に血が滲んでる。むしろこれくらいで済んでる私は凄いんじゃないとかよく分からない称賛を自分に送る。

 だがそんな称賛も続かない。屋上の端に追い詰められる。

 

 ジリッと犬ゾンビは私に詰め寄る。


 後はない。今までの行動を見る限り、おそらくこの犬ゾンビは馬鹿ではないことは分かる。


 一直線に突っ込んできて私に避けられる、もしくは私と自分自身が一緒に落ちる可能性を考えて行動してくるはずだ。

 だとすれば何だ! 何をしてくる。必死で考える。その時、


  アオーーーーーン!!


 犬ゾンビが遠吠えをする。


「!?」


 耳が痛い! 頭がクラクラする! なにこれ超音波?


 フラフラする私目掛けて犬ゾンビが爪を立てて突っ込んで来る。


 咄嗟に避けようとするが平行感覚を失った私は屋上の柵を突き破って空中へ身を投げ出した。



 耳に聞こえるのはゴーーーーという風切り音。多分落ちてる。よく分からない。


「なんだ、結局死ぬんじゃん……」


 もうどうでも良いや、涙も出ない。ゆっくりと目をつぶり来るべき時を待つ。


 ……お…ぃ…アオ……ィ…この……おき…ろ!


 遠くで声が聞こえる。


「おい! 目を開けてこっち見て!」

「??」


 風切り音が聞こえない。さっきよりなんとなく静かになった気がする。恐る恐る目を開けてみると


 そこには友人の顔があった。


「えっ、ミカ!? どういうこと?」


 意味が分からず辺りをみるとそこは空中、地面は遥か下にある。


「落ちてる!?」


 取り乱してバタバタする私に


「動かない! 飛びにくい!」


 飛びにくい? そんな聞き慣れない言葉に何気に見た友人の背中には白く光る翼のようなものがあった。

 金色の髪にエメラルドグリーンの瞳。ついでに可愛い容姿。


「天使じゃん」


 そう言った私は相当間抜けな顔をしていたはずだ。


「とりあえず降りるよ」


 そう言ってミカにお姫様抱っこされた私は地面へと向かう。


「なにそれ、背中にあるのは羽?」

「あぁこれ、何て言うか召喚したって言うか…まぁ羽かな」

「て言うかしゃべり方おかしくない?」

「今どうでも良いじゃんそんなの、とりあえずあれをどうにかするよ」


 私を地面にソッと降ろすとミカは右手を前に出し


『ベガルタ』


 呟くと白く光る魔方陣のようなものが出てきた。その魔方陣はゆっくりと回りその動きに合わせるかのように何かが出てくる。


 それは剣だった。剣は詳しくないけど思ったより短いのかな? ショートソードと言う奴だろうか。

 その刃は少しピンク色で何だか怒っているように感じた。


「さてそろそろ来るかな」


 そう言うと同時に2階の窓ガラスが割れ犬ゾンビが突進してくる。


 ミカはその攻撃をその場でクルリと回り踊るようにかわして後ろに回り込むと、右手のショートソードを相手の首目掛けて振り下ろす。


 ザシュッ!!


 乾いた音に犬ゾンビの頭の右側に生えていた耳のようなものを削ぎ落とす。


「ありゃ、結構素早い」


 そう言いながらも対して慌てた様子もないミカはもう一度回転しながら前に進み攻撃を避けるために伏せ気味になっている犬ゾンビの顎目掛けて右足で蹴り上げる。


 ドガッ!!


 ミカの蹴りで顎を蹴りあげられた犬ゾンビの体が空中に浮く。その無防備な状況の首にショートソードを振り抜く。


 ズバッ!!


 飛び散る鮮血。

 犬ゾンビの首が宙を舞う。すぐにドサッと音がして首は地面に転がり、頭を失った体は倒れる。


「はぁ~~」


 そう言って座り込む私。力が抜けた。


「大丈夫……」

 

「!?」


 ミカの言葉を聞き終える前に私は突然頭を捕まれ、目の前が真っ暗になる。引きずられている?


「もう1匹!? さっきまで気配はなかったはず」


 慌てるミカ。


「離される! 弓、いやここは……」


 ミカは両腕を上げ


『リング』


 そう呟くとミカの頭の上に魔方陣が出て次に金色に輝く輪が出てくる。その輪を両手で掴むと前に突きだし力を込める。

 輪は金色の輝きを増したかと思うとまっすぐ葵を引きずる犬ゾンビ目掛け閃光を飛ばす。


 シュン!


 そんな音共に犬ゾンビの首から上が無くなる。頭を失った体は倒れ、私は地面に転がる。その瞬間今まで周辺を覆っていた違和感のようなものは消えていく。


「大丈夫?」


 ミカが差し出した手を私は掴んだが上手く立てない。腰から下が言うことを聞かない。


「立てない……腰抜けた」

「おぶって帰るから背中に乗って」


 そう言って背中を向けるミカになんとか捕まっておんぶされる。


「ねぇ、さっきのはなに? て言うかミカもなんなの?」

「あぁ、えーーと、また今度説明するから今日は家に帰って寝ようよ」


 わたわたするミカになんだかホッとしたのか、聞きたい気持ちより眠気が勝ってしまう。


「普通に喋れるじゃん……」


 と呟き目を閉じて眠りについてしまった。

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