第36話 居場所
歌わないカラオケというのは案外退屈なものだった。そこまで仲が良いというわけでもない顔見知りが知らない曲を歌い、聞いてるフリをしながらしなびたポテトを口に運ぶ。
暇つぶしにお喋りでもしようかと思うもこのうるさい室内ではそれすらもままならない。いつもよりも大きな声を出すのも億劫で会話も自然と少なくなる。
部屋の隅でボイストレーニングをする莉音と、それに付き合わされるいちかを見ながら頬杖をつく。
バラードが選曲されて、退屈に拍車がかかる。
暇なら歌えばいいだけなんだけど、今はどうしてかそういう気分にはなれなかった。
「ねぇ結芽」
「なに?」
もうポテトは飽きたのか、カピカピになったたこ焼きを爪楊枝で突いてる結芽に耳打ちする。
「2人で抜け出さない?」
「え、そんなことしていいの?」
「いいでしょ。お金だけ置いとけばさ。ね、どう?」
わたしの提案に、結芽は特に考える素振りは見せずに「それなら」と快諾してくれた。結芽もわたしと同じ心境だったのかもしれない。
幹部の子にこっそり事情を伝えて、お金だけ渡す。結芽と一緒にということを伝えるとその子は笑い、どうしてかその視線に温かさを覚えた。
話を通して結芽を連れていこうとすると、意外な場面に遭遇した。
結芽がいちかとなにやら話している。楽しそう、ではなくてなんだか真剣な話をしているみたい。いつから仲良くなったんだろう。
ただ、その会話も数秒ほどのもので、すぐに結芽はいちかから離れてこちらへ向かう。
「なんの話してたの?」
「な、内緒」
「えー」
いちかと結芽の会話。めちゃめちゃ気になるんだけど、わたしもさっき結芽に内緒ごとをしたので食い下がらないことにした。
店を出て新鮮な空気を吸うと気分が軽やかになる。
「結芽、お腹いっぱいでしょ」
「なんで分かったの」
「いやいやめっちゃ食べてたじゃん」
「あ」
見られてたことに気付いていなかったのか、結芽が口を波打たせてしまったという顔をする。
「太っても知らないよ~?」
「一日くらい大丈夫、でしょ」
「そうやって軽く考えてるとね、そっからぶくぶくと気付かないうちに・・・・・・」
「わ、わかった。もう食べないから」
わたしの脅しに動じたのか、お腹のあたりをさすって結芽が深刻そうな顔をする。
「まぁ結芽は細いからちょっとならいいんだろうけど。羨ましいなー」
「日菜だって、スタイルいいじゃん」
「え? わたし?」
スタイル。スタイルかぁ。
「結芽にそう言ってもらえるなら、これからも維持できるように頑張ろうかな」
「頑張る・・・・・・」
「うん、頑張るよ。頑張るぞー」
わたしの演技じみたかけ声に結芽が口を押さえて笑う。結芽に笑われるのは、なんだかしゃくだ。
「このあとどうする? お腹いっぱいならご飯食べに行くのもあれだしねぇ」
言うと、結芽が「それなんだけど」と続く。最初から決めていたような口ぶりだ。
「私の家、来ない?」
「結芽の家? 別にいいけど」
「あ、来るっていうか。泊まって。泊まって欲しい」
「うーん? でも着替えとか持ってきてないし」
「私の貸すからっ」
「お母さんにも言ってないし」
「私が言っておくからっ」
「いやいや」
どうしてか強引にわたしを泊まらせようとする結芽。冗談でも、いかがわしいことでも企んでるのではと勘ぐってしまう。それくらいに、結芽は必死にわたしを逃がすまいとまくしたてる。
「ほ、ほら。前に私の家のご飯美味しいって言ってくれたでしょ? あれもまた出すし、ま、マリパ! またやろうっ。あと、あとは・・・・・・えっと、うぅ・・・・・・」
わたしを釣るための餌をなんとか用意しようとするも、それ以上思いつかないのか結芽が顔を伏せて唸る。
「別にいいよ?」
「えっ」
「いきなりだったからびっくりしちゃった。泊まるの、わたしはオッケーだよ。どうせ振替休日で三連休だし」
「ほ、ほんと?」
「うん」
頷くと、小さくガッズポーズをして「よ、よし」と呟く結芽。全部筒抜けだ。
はて、結芽がわたしをそこまで泊めたい理由ってなんだろう。
あ、わかった。マリパだな? 前にわたしがマリパでボコボコにしたからリベンジする気なんだ。
「受けて立つよ、結芽」
「えっ? あ、うん。私も頑張る」
互いに意気込むけど、微妙に齟齬が発生しているのは気のせいか。
「日菜、電車賃はある? もしなら出すから」
「この前のがごく稀なケースってだけで、そのくらいわたしにもあるからね?」
「え、そうなの」
素直に意外という心情が声色にも、表情も現れていて、そんな結芽の頬を突つく。
「そ、う、な、の」
「ごめんふぁはい」
「まったくー」
むくれて見せるわたしに結芽が頬を歪ませたままにへらと笑う。変な顔。
でもきっとそれが、印象というものなんだろうなと思う。たった一度の出来事で、人の印象っていうのは根付いてしまうし変化もする。
わたしが結芽に抱いた最初の印象は「なんだか暗い人」だ。誰とも連まずお尻がひっついてしまったのかと思うくらいに自分の席から動こうとしない。視線はいつも漫画かスマホ。前を向いているのを見たことがなかった。
でも今となっては結芽はただの「変な人」だ。クールとも違ければ、ミステリアスでもない。明るく振る舞うこともせず、だけどこうして愉快な表情を見せることもある。わたしなんかよりもずっと前向きで、ただ不器用なだけの、変な人。
でもそんな変な人と一緒にいるのをわたしは選んだ。クラスの子も好きだけど、彼女らと騒ぐよりもカラスの鳴き声だけがこだまする夕暮れで並んで歩くのを選んだ。
「ねぇ、結芽がわたしを最初に見た時の印象ってどんなだった?」
ギャルだろうか。ビッチなどと思われるよりはそっちのほうがオブラートに包まれてていい。不良とかヤンキーだとかは思われていないはず、髪は染めていても、わたしの目つきはさほど鋭いものではない。よね?
様々な予想を立ててみるわたしをじっと見つめて、思い返すように結芽の瞳が揺れた。
「キャラメルマキアート」
「なにそれ、あはは」
やっぱり、結芽は変な人だ。変だけど、一緒にいて楽しい。
もしも、頑張って手に入ったのがこの居場所なのだとしたら。
頑張るのもたまには悪くないなと思う。
この居場所のためなら、なんでも頑張れる。そんな、まるでドラマのワンシーンみたいなセリフが沸いて出てくるのは、さっき見たカップルの雰囲気にあてられたからなのかもしれない。
「じゃあ行こっか。あ、手繋ぐ?」
「な、なんぜ?」
なぜとなんでが混ざってしまっている。わたしの提案に結芽が目を回して動かないので、わたしのほうから結芽の手に触れた。
「おおおお」
「変な声出さないでよ」
ダメだ。いちいちリアクションが面白すぎてついからかってしまう。からかって、からかうのも半分、結芽と手を繋ぎたいと思う自分もいて。どれだけ冷めた演技をしても、青春を謳歌する女子高生は結局体育祭という大イベントで浮かれてしまうらしい。
ぎゅっと力がこもる手に気づき、互いに目が合う。
「日菜の手がバトンだったら、絶対落とさなかった」
悔しがるように口を結ぶ結芽は、きっと自分が素っ頓狂な発言をしていることに気付いていない。
「来年は手繋いで走ろっか?」
言って、わたしが走る。
「わっ」
引っ張られる結芽とリードするわたし。歳の近い姉妹のようで、犬と飼い主のようでもある。
いや、そうしたら、わたしが犬じゃないか。
だとしたらわたしは。
きっと、これでもかというくらいに尻尾を振っているんだろう。
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