第27話 夜のひとまふ
「わたしこの前、結芽にキスしたよね」
シンデレラといえばお姫様。お姫様といえば白雪姫。白雪姫といえはキス、と微睡みに融け込むわたしの思考がそんな連想ゲームをはじめた時にふと思い出した。
以前、たまには栞と寝ようかなと思い誘ってみたことがあった。栞は嫌がる素振りも見せなければ喜ぶこともせず、淡々とわたしの布団に潜り込んだ。それはいい。栞はそういう子だから。問題はそのあと。
日付が変わった深夜、栞が突然泣き始めてわたしも目を覚ました。
何事かとお母さんも部屋に入ってきて栞を宥める。おねしょをしたわけではないし、怖い夢でも見たのかなとわたしが思ってると丸みのある人差し指がこちらを向いた。
『なーがちゅーした』
まさかと視線を配らせるとお母さんは呆れた様子でため息をつき、野次馬にきた陽太はやっぱりなとわたしを嘲笑っていた。
いい加減その寝相直さないとね、とだけ言って、お母さんが栞を抱いて出て行く。
どうやらわたしは寝ている間にキスをしてしまう癖があるらしい。前にも陽太にそれで怒られたし、これだけ証言が揃っているのだから言い逃れはできなかった。
ということは、だ。
わたしは家族以外とも最近寝たことがある。そう、結芽だ。
思えばあの夜以降、結芽は恥ずかしがるようにわたしから視線を逸らしたり、変によそよそしくなったり。かと思えばいきなりにへらと笑ったりしていた。まぁ結芽って結構天然というか、たまにテンパることがあるからきっとその症状が悪化したんだなと失礼なことを思っていたんだけど。どうやらそれはすべてわたしが原因らしい。
そりゃそうだよね。いきなり友達からそんなことをされたら、わたしだってどう接すればいいか分からない。
さて、結芽はいったいどういう反応をするだろうと視線を向けると、隣の布団がぼこっと盛り上がって中でうにょうにょと何かがうごめいていた。そして息を引き取ったかのようにぱたりと動かなくなる。大丈夫? 自分で言っておいてなんだけど、もう少し前振りがあってもよかったかもしれない。
思い出して、そのまま口に出したものだからそりゃ結芽もびっくりするというもの。
「結芽ー?」
いつまで経っても動きがないので心配になって声をかけてみると、布団が傾いて空いた隙間から結芽の顔が亀みたいに飛び出した。顎を枕に乗せて、こちらを見ようとはしない。
「おーい」
布団の横から指がちょっとだけはみ出ていて本当に亀のようになっていたので、その指をちょん、とつまんでみる。
「ひう」
しゃっくりにも似た声をあげて結芽が体を震わす。背を反り返らせてピタッと硬直。そうして再び力なく倒れ込むと視線だけがこちらを向いた。
「・・・・・・した」
「だよね」
こくっこくっと頷くたびに顔が枕に埋もれていく。
「やー、ごめん。なんかわたし寝相悪いみたいで、こないだも陽太とお母さんに怒られちゃったんだよね。だからもしかして結芽にもしちゃったんじゃないかなって思って。びっくりしたよね」
「ね、寝相?」
「うん。子供のころはよかったけど、もう大人だしいい加減直さないとってわたしも最近危機感を覚えた所存でございまして」
「そ、そう。寝相。そっか、なるほど。えぇ・・・・・・」
なんだか結芽が自問自答して1人で困惑していた。
「引いた?」
寝ている間にキスをする友人。あぁそうと冷静に受け流せるほどの代物じゃない。ていうかそんなの友人じゃなくって、もはや恋人である。
恋人かぁ。そういえば、あいつとはそういうことを一度もせずに交際を終えた。もし一緒に寝るようなことがあればわたしはあいつにキスをしていたのだろうか。そう思うと心底別れてよかったと思える。わたしの唇は守られた。知らないうちにファーストキスを失っているような唇に守る価値があるのかどうかは分からないけど、これはわたしの心の問題。
そう思うと、家族以外にキスをしたのは結芽だけで、結芽なら別にいっかと思ってしまうわたしがいた。
「引いたりは、しない。ちょっと驚いただけで」
「そっかあ。結芽は優しいね」
顔の向きを変えると、枕の中のプラスチックがゴロゴロと音を立てる。わたしの声に結芽は返事はせずに代わりにもぞ、と身じろぎをした。
「そういえばあの夜はさ、結芽がわたしの頭を撫でてくれたよね」
「そう、だっけ」
「そうだよ。わたしもあの時はアンニュイだったとはいえ不覚だったかなぁ。まさか結芽にあやされるなんて」
どういう意味? と結芽が視線で訴えかけてくる。暗闇の中でもしっかりと見える琥珀色の瞳をもっと近くで見たくて体を結芽のほうへ寄せる。
「そういうのはわたしの役目」
布団に手を入れて引っ込んだ指を探す。冷たい結芽の指先が私の指に触れて、目を丸くした結芽と視線が交差する。
「あ、うぁ」
言語になっていない結芽のうめき声を聞きながらわたしは布団をめくって隣をポンポンと叩いてみせた。
空いたスペースとわたしの顔を交互に見て、結芽が「いいの?」子犬のような上目遣いで見てくる。
「いいよ。わたし、今日はシンデレラだから」
結芽の頭のうえにクエスチョンマークが浮かぶのが見えたような気がした。
そう、今日のわたしはシンデレラ。最悪な一日はもう終わったの。
説明しても、どうせ結芽は占いとか信じない口だから答え合わせはしないでおくけど。
「今日は付き合ってくれてありがとね」
いつかのように、結芽の艶やかな髪を撫でてあげる。するりと指の間を通り砂のように落ちていく。くすぐったそうに顔を綻ばせるその姿は栞と似通っていて、やっぱり結芽は妹属性だなと1人で納得する。
「あ、あの。
温もりの触れる胸の中で声がした。下を向くと結芽の髪が鼻をくすぐるので視線は宙を彷徨った。
「わ、わた。私」
ふにゃふにゃと、声が撫でられた猫のように震えていた。
続きを待てども、結芽はそこで固まってしまいたまに吐息のようなものを吐き出すばかりで進行は滞っていた。
「な、なんでもない・・・・・・」
自分でも続きを紡ぐのは不可能だと悟ったのか諦め気味に項垂れる結芽。結局なんだったんだろう。答え合わせが今後行われることはない気がした。
「ねぇねぇ、見てこれ」
結芽のターンが終わったので今度はこっちの番だ。枕元にあらかじめ置いておいたポーチからわたしの最終兵器を取り出す。
「鼻呼吸てーふ」
口にテープを張ったわたしは横の隙間から器用に空気を循環させて喋る。
「きふのよぼう」
伝わっているのか分からない。結芽はわたしの口元をじぃっと見つめる。
一応これを張れば唇同士が触れ合うことはないのでわたしなりの対策だったんだけど、はてさてどうだろうか。
「別に、いいのに」
「ほへ?」
結芽の爪が、わたしの背中をひっかいた。理由が分からず小首を傾げている間にも結芽の足がわたしに絡まってくる。
「結芽?」
「・・・・・・・・・・・・」
返事はない。もう寝る体制に入ったのかもしれない。今日はいっぱい連れ回しちゃったし疲れたのかな。
「おやふみ」
それだけ言って、わたしも目を瞑る。時々そばで結芽が動く気配を感じたけど、それに睡眠を阻害されることはなく、睡魔と仲良く手を繋いで夢の世界へ旅に出た。
ちなみに、朝起きたらテープは剥がれていた。
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