第18話 お誘い

 カバンを片付ける日菜が目に入り、一緒に帰ろうと誘おうとすると私よりも先に栗色の髪がふわりと靡いた。そのあとに小さい影が付いてきて日菜の席の周りに固まる。


 あれはたしか、日菜の友達、東光寺とうこうじさんと佐藤さとうさんだ。東光寺さんは名前的にも佇まい的にもどこかのお嬢様で、佐藤さんは・・・・・・特徴があまりないのでよくわからない。


 私は昔から人の名前を覚えるのが得意ではない。特に赤の他人は。なのにどうしてあの2人の名前を覚えているのかというと、日菜と仲のいい友達みたいだから対抗意識を感じて普段から目の敵にしていた。なんてことはない。


 クラス替えをしたその日から、教室でけん玉をしていたり教壇の上でおはじきで遊んでいたりしていて、女子高生に似つかわしくないことばかりしている変人が2人もいると、関わってはいけない危険人物として認知していたのだ。


 ともかく、どうしよう。日菜と一緒に帰りたいのだけどそれ以外の用事があるわけではないし、それならば用事があるであろうあの2人を日菜は優先するだろうか。それは本人に聞いてみないと分からないけど、どうにも声をかけづらい。


 私はいつも日菜と二人っきりだったからその中に他の誰かがいるという状況になったことがなく、そもそも3人以上での会話を中学以来した記憶がないのだ。もしかして私って、かなり高レベルなぼっちなのだろうか。でも、日菜がいれば、他に友達なんて欲しくはない。


 今日は諦めて1人で帰ろう。


「あ、結芽」


 カバンを肩にかけて、反対側の出口から帰ろうとすると後ろから日菜の声がした。


「今日って暇? なんか莉音りおんたちが体育祭に向けてリレーの練習するって言ってるんだけど、どう?」


 ほんの少しだけ気まずそうに言う日菜。私が積極的に人と交流をしないことを知っているから誘うことを憚られたのだろうか。じゃあなんで誘ってきたんだろう。


 日菜の背後では東光寺さんと佐藤さんが筆箱でバトンを渡す練習をしていた。すごいやる気である。


 私はといえばそこまで体育祭にかける思いがあるわけでもなく、かといって人に迷惑はかけない程度にやろうかと思っている口だから軽い練習くらいだったら付き合ってもいい。日菜が一緒という条件付きだけど。


 日菜は本気で走ることはもうしないと言っていたし体育祭への熱意もそこまであるようにも見えなかった。それに対して東光寺さんと佐藤さんだけがやる気まんまんだから、ちょうどいい塩梅の私が欲しかったのかも知れない。なんだかちょっと嬉しい。


「いいよ」

「そう? ほんとに?」


 自分で誘っておいて、私が了承したのが驚きだったらしい。


「6時くらいまでなら」

「そっか、おっけー。じゃあ着替えてグラウンドいこ」

「うん」


 嬉しそうに笑う日菜は、やっぱり他にサボり仲間が欲しかったのだろうか。それとも、私と一緒にいたかった? あ、また勘違いしてる。一緒にいたいのは私のほうだ。


「ふふ、待っていたわよ桜川さくらかわさん」


 日菜に付いていくと、すでに着替えを終えていた東光寺さんが不適に笑っていた。


「と、突然ごめんなさいっ、ご迷惑じゃなかったですか?」

「えっと、はい」


 隣でおっかなびっくり謝罪する佐藤さんに、私も敬語で話してしまう。日菜以外と会話をするのが久しぶりすぎて、どういう態度で話せばいいか分からない。


「桜川さん、速く走るのに必要な要素は知識と体力。あとはなんだと思う?」


 髪をかき上げてずいっと東光寺さんが寄ってくる。背が高く威圧感があって、少し苦手だ。


「どうせ気力、とか言うんでしょ」

「さすがね日菜。分かってるじゃない!」

「莉音ちゃんの一番弟子、ですもんねっ」

「ちょっといちか、それ初耳なんだけどどこ情報なの?」

「昨日の晩にあたしが任命したのよ」

「そんな勝手な」


 私が答える前に日菜が割りこんでくれたおかげで東光寺さんの矛先が私から日菜に変わる。というか、3人は私が思っているよりも仲が良いようだった。日菜の表情も、声色も、態度も、ノリも。私といる時とは違うもので、どっちが素の日菜なんだろうと考えると胸がきゅっと苦しくなった。


「そういうわけだから桜川さん。放課後を犠牲にしてでも走りたいというあなたの気力さえあれば風すらも追い越すことができるわ」

「風・・・・・・?」

「気にしないで、結芽」

「あ、うん」

「日菜たちも早く着替えなさい! 風があたしたちを待っているわ!」


 隣にいた佐藤さんだけが「おー」と若干戸惑いつつも応え、私と日菜は互いに目を合わせて肩をすくませていた。


 待ちきれないといった様子で東光寺さんが教室を飛び出していく。


「悪い子じゃないんだよ。変なだけで」

「そう、みたい」


 初めて話す私にも気さくに接してくれて、日菜の言うとおり変な言動ばかりだけど毒っ気は感じない。


 ブラウスのボタンを外して、さっき使ったばかりの体操服に着替える。冷たい生地が肌に触れて背を張ると、こちらを見る日菜の視線に気付く。


「どうしたの?」

「あっ、ううん。なんでも」


 首を通し頭を出すと、散らばった前髪越しに目を逸らす日菜が映った。心なしか顔が赤く、体操着を胸の前で抱きかかえる姿はちょっと、官能的だ。なに想像してるんだろう私。


 思い出したように日菜もブラウスを脱ぐ。ピンク色のブラが艶やかに2つの膨らみを彩っていた。サイズはいくつなんだろう。聞いてみたい気もするけど、なんか私が言うと変態っぽいのでやめておく。


「どうしたの?」

「あっ、ううん。なんでも」


 私の視線を感じたのか日菜が小首を傾げる。


 同じような会話をさっきもした気がする。日菜も同じことを思ったのかくすりと笑って、スカートのホックを外した。


 パンツもピンクなところを見るとブラとセットの物のようだ。どこで買ってるんだろう、すごく可愛い。


 と、これ以上見るとまたどうしたのと聞かれ、私もすみませんパンツを見てましたと答えるしかなくなってしまうので視線を辺りに散らす。するとまだ教室に残っていた佐藤さんと目が合った。


「がんばってくださいねっ。応援してますからっ」


 両手を胸の前で握りしめた佐藤さんに激励されてしまう。


 ・・・・・・このあとの練習のことかな?

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