明かりを消して、ごめんと言った
野水はた
第一章
第1話 男なんてもう知らない
「わりぃ、もうお前と付き合えねぇわ」
屋上に呼ばれたわたしは開口一番えげつない振られかたをした。
こいつが好きだって言ってくれたポニーテールを揺らしながら、震える足を1歩踏み出す。
「それ、どういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。多分、お前のことそこまで好きじゃなかったんだわ。そりゃ顔は好みだけどよ、なんていうか。お前と付き合い始めたせいでダチと遊ぶ時間とかさ、プライベートの時間が減ってったんだよな」
付き合ってから2ヶ月。わたしはこいつを連れていろんなところへ遊びに行った。だって恋人同士ってそういうものだと思っていたしなによりわたしがこいつと一緒にいたいって思ってたから。
でもそれはわたしだけだった。
「彼女とかよりさぁ、ダチとの仲を大事にしたいんだよな。昼だって全然一緒に食えてなかったし。あと、やっぱり女とは価値観が違いすぎるわ。買い物行っても見てるだけだし、喫茶店に入れば何時間も駄弁るし、正直非効率的すぎるんだよな。金の使い方も時間の浪費もずさんすぎるしそれなら男友達とバカやってたほうが気が楽なんだよ」
申し訳なさそうな顔をする割に吐く台詞には毒がありまくり。
「だからさ、別れようぜ、俺達」
屋上の風は、もう5月だというのにとても冷たくて、それでもわたしの頭を冷やすことはかなわずに。
「なぁ、聞いてるのかよ。日菜」
わたしはもう1歩、彼に近づいて耳に付けたピアスを外した。そうしてそれを手の中にいれると思いっきり握りしめて――。
「こっちから願い下げじゃボケーーーーーーーー!!」
むかつくそいつの頬を殴ってやった。
「ぶへぇっ!?」
石を握って殴ると威力が出るっておじいちゃんが見てた任侠ドラマで言っていたのを思い出したから、応用してみたけど、これはすごい。
そいつはよろよろと後ずさりフェンスに寄りかかるもわたしは追撃の手を緩めない。
「なーにが価値観が合わないだ! そんなのこっちのセリフだっての! 服装はだらしない爪も切らない。口だって、うわ臭! また朝からラーメン食ってきたな! いつもいつもヘドロみたいな息撒き散らして!」
胸ぐらを掴んで揺さぶると、そいつは情けなく首を赤べこみたいにこっくりこっくり。
「あー別れるよ別れてやりますよわたしもせいせいするし! てか何? あんたが一方的に我慢してましたみたいな言い方。こっちだってず~っと耐えてきたんだけど? でもそれが付き合いってもんじゃん! それなのにあんたはあーだこーだって子供みたいにワガママ言って」
「お、落ち着けって」
「男友達との仲を大事にしたい? じゃあしてれば!? このホモ! ゲイ!」
思いつく限りの罵倒を浴びせ、完全に頭に血が上ったわたしはそいつの呆けた口にピアスをぶち込んでやった。次にブレスレット。シュシュ。自分を可愛く見せるための道具を全部そいつに食わせた。
「ふがふが!」
「なんて言ってるかわかんないっつのこのバカ! アホ! おたんこなす! ぷう太郎!」
「離せよ!」
瞬間、わたしはそいつの腕に振りほどかれて尻餅をついた。
わたしの手を握ってくれたゴツゴツして頼もしかった手も、今じゃ醜い化け物のようにしか見えない。その圧倒的な男の力という奴にわたしはなすすべもなかった。
「きも、なんなんだよそれ」
そいつは吐き捨てるように言う。
「これだから嫌なんだよ。女ってすぐヒステリックになってギャアギャア喚きたがる」
頭上のそいつを睨むこともできずに、わたしは地面を見続けた。
「もう、今日限りにしてくれ。じゃあな」
ギィ、と屋上の扉が閉まる音がして、わたしは1人ぼっちになる。
「・・・・・・なん」
昼休みにランニングをする野球部に負けないくらいの声で叫んだ。
「なんなんなんなんなんなんなんなんなんなん!!」
言いたいことはたくさんあるけど、ありすぎて、その全てが「なんなん」に集約された。
「なんなんマジ!」
なに!? あの態度。まるで男が正しくて女がバカみたいな言い方! ほんっとムカつく。あいつあんなヤツだったっけ!?
恋人という殻が破れた今、赤の他人になったあいつが恐ろしく嫌いになった。
そういえばあのときもゴミを置きっぱなしで帰ったし、店員さんに何故か高圧的な態度を取ってたときもあったし、あのときも、あのときもあのときも!
濁流のように流れてくる嫌な記憶。
わたしはスマホを取り出して、あいつに関わる全ての情報。連絡先も一緒に取った写真も、来月に控えていた誕生日パーティの予定も、全部削除した。
「ふん! これでどうだざまーみろバカ!」
そうして残ったのは、親友とのやりとりと、おばあちゃんちで撮った犬の写真。
散らばったピアスとブレスレット、そしてシュシュを拾い上げる。
「・・・・・・ばか」
空しくて、悲しくて。
目を何度も擦りながら呟いた。
「男なんて、もう知らない」
これが高校2年生が始まったばかりの春、わたし
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