死の開放

 そして何日か経った、ある日。

 その日は目覚めると、いつもと様子が違っていた。何故かは解らないが、部屋の外がやけに騒がしく感じるのだ。

「……? 誰か、誰か」

「はい、越智姫様」

「いかがなさいました」

 呼び声に応えたのは亡者達だけであった。いつもならば、用がある時に呼びかければ必ず控えの者が応答していたというのに。

「ああ、お前達でもよい。外の様子がやけに忙しないのは、なぜだ?」

「はて、どういう事でしょうな。おい、ちょっと見て来い」

「へいへい」

 影はすうっと襖の隙間に消えて行く。数分もしないウチに、先ほどの影が慌しく戻ってきた。亡者が慌てるなど、滅多なことではない。

「どうした、何があった」

「そ、それが、この陰の院が火に見舞われております」

「な、なんと!?」

「このままではこちらまで火勢がやってくるのは確実です」

 さっと元々顔色の悪い亡者達の顔色が更に青くなる。亡者達は元々死んでいる身なので、これ以上どうなるという事はない。だが、越智姫は違う。自然と亡者達の視線は越智姫に集中する。

「このままでは越智姫様が……院の者は何をしておる!」

「人間どもは必死に火を消し止めているようですが、それよりも火の手の周りが早いらしく……」

「………ふふっ」

「お、越智姫様?」

 この切羽詰った状況で、越智姫は……くすりと微笑んでいた。だが、その笑みには自嘲しか見えない。

「なんという、運命なのだろうな。そうか、私はここで落つか……」

「越智姫様! お気を確かに。我々がそのような事はさせませぬ。あなたは、あなたは必ず外の世界を――」

 その時、ぼうっという音と共に世界が茜色に染め上げられた。ついに正面の襖にまで飛び火したのだ。炎はみるみる勢いを強め、天井を舐めるように這い、畳をぱちりぱちりと焦がしていく。

「お主達、結界が破られる! 越智姫様に早く結界を!」

 影達は越智姫の周囲に円形状に集まり、それぞれが呪詛を唱える。そして目に見えぬ内側と外側が形作られ、火は、その周りを囲うようにやってくる。

「越智姫様、しばらくご辛抱くだされ」

「う、うむ……」

 亡者達に守られ、越智姫はそのままぼんやりと座していた。

「よし、これならばなんとか人間が結界を張り直すまでは持ち堪えられる」

 ふうっと亡者は一息をついた。そう。この結界は越智姫を守ると同時に、外の世界を守るものでもあるのだ。死神の力は世に出してはならない。

 ガタンッ、とその時襖が倒れてきた。その向こうには、陰の院の者らしき人間が息も絶え絶えにごろりと転がっていた。

「あっ……?」

 越智姫が声を上げると、その人間は必死に震える手を越智姫へと伸ばした。

「た……助けて……たす……」

「あ………あ……あ……!」

 初めて目の当たりにした人間に、そしてその苦痛と死への恐怖に醜く歪んだ顔へ目を見張り、釘付けになった。ぞわぞわと全身の毛が逆立つような沸き上がる興奮と、怖れが、越智姫から正常な判断力をこそぎ取っていく。

「お……おねがい……たす……」

「ああ! ああ!」

 それは無意識の行動だった。その時、亡者に動くなと言われた事等完全に失念していた。そう、越智姫は、一歩、結界の外へと足を踏み出してしまった。

「なりません! 越智姫様――――」

 亡者の鋭い制止の声が飛んだが、しかしそれは全てが遅かった。たん、と一歩、熱気荒れ狂う結界の外へと出た瞬間、辛うじて息のあったその人間はぱたりと糸が切れた人形のように動かなくなった。

「なんという――なんという事だ――」

「え……?」

 越智姫は何が起こったのか、何を起こしてしまったのかをまるで理解出来ていなかった。ただ、困惑したように踏み出した足はそのままに、じりじりと畳みを擦り付けて動けないでいた。それを正確に知ることが出来たのは、ここにいる影達のみである。

「越智姫様。とにかく、今は我々の中へお戻り下さい。じきにこの建物が崩れます」

「え、あ、う?」

 目の前で起こった出来事に対して対処しきれていなかったが、それでも言われた通りに亡者達の作り出した仮想の円形空間の中へと戻っていた。ただ崩れ去る建物の中でも、越智姫はいつまでもいつまでも目の前で倒れている人間を見詰めていた。ずっと、見詰めていた。

 どれ程の時が経ったのだろう。すっかり炭と化した柱が倒れ込み崩れ落ちる音に、越智姫はビクリと我に帰る。すっかり見晴らしの良くなった周囲。煤で闇色に染まった地面と、まだくすぶっている火の粉が時折爆ぜる中で、自分が真っ青な天井の下にいる事に気がついた。そして、強烈に眩しい明りに目を細める。蝋燭の炎で慣らされた瞳には、痛みを伴うほどの光りだった。

 それが、「空」と「太陽」である事にきがつくのには、少々時間がかかった。

「ここは……一体……?」

 自分は一歩も動いていないはずだというのに、見たことも無い光景を目の当たりにして、越智姫は不安に顔を青ざめさせる。

「越智姫様」

「おお、亡者か」

 声に安堵を織り交ぜ振り返るが、そこにはあの影はいなかった。周りを見渡してみるが、黒々とした焼け跡が広がるばかりで、どこにも誰もいない。自分の呼びかけに姿を見せぬ影に、苛立ちとわずかな怯えを含ませ、つい強い語調で催促する。

「これ、姿を見せよ」

 しかし、影は淡々とした口調で拒んだ。

「申し訳ございませぬが、それは日が落ちるまで叶いませぬ」

「日? 日だと? そうか、ではここは――」

「ここは外の世界でございます。越智姫様、あなたは外に出られたのです」

「こ、これが――」

 越智姫は辺りを見回した。見渡す限りは焼け跡が続いているが、その更に向こう側に緑色の大きなものが見える。更に反対方向へと目をやると、青色のきらきらと輝くものが見える。上を見上げれば、白い綿のようなものが点々と並べられていた。その間を縫うように、数個の細い影が忙しなく動きながら移動している。書物で得た知識から、それが"鳥"で空を"飛んで"いるのだと、ようやく思い知った。思わず立ち上がり、周囲の植物の塊、"山"を爛々とした目で追いつづける。

 世界は、彼女の想像以上に素敵なものだった。

「なんという、美しさだ! これが、外の世界」

「左様、これが外の世界でございます」

 見るもの全てが珍しい越智姫は、そこかしこに視線を巡らせては何かを発見する度にはしゃいでした。岩をみつけては声を上げ、鳥が空を行くのを眺めては喜んだ。

「そ、そうだ、人間! 人間はどこだ!」

 生まれて初めて見た、あの人間が一瞬思い浮かんだ。苦悶に歪む表情を思い出し、胸の奥にいいようのない黒い感覚が押し寄せる。

「越智姫様。人間は死んでしまいました」

 やはり、その声には硬い響きしかなかったが、越智姫はそれに気付けない。

「そ、そうか……。助けてやれなかったか」

 悔しそうに唇を噛む。

「ならば、せめて他の者に死体を弔ってもらわねばな」

 陰の院には、人間が大勢いたはずだ。そこで越智姫は初めてこの光景の異常さに気付く。日中であるために影達は現界ができないのは仕方が無いとしても、自分以外に動く者がないという事態について、不気味な予感が通りすぎる。

「そういえば、人間はどこにいるのだ?」

「越智姫様。人間はおりませぬ。死んでしまいました」

 先ほどと同じ答え。だが、それは越智姫の望むものではなかった。

「だから! その者を弔うための人間は――」

「おりませぬ」

 一言で否定される。だがその言葉の意味が、理解出来なかった。越智姫は一瞬ぽかんとしたが、すぐに声を荒げる。

「いないだと? なれば、あれだけ大勢いた人間は全てどこぞへと失せたのだ」

「……死にました」

 え――? 越智姫が考える暇もなく、亡者はたたみかける。

「越智姫様。この国には、もはや生きている人は一人もおりませぬ。いえ、この国ばかりではありません。海の向こうまで、その影響は出ている事でしょう」

 苦しげに絞り出すような亡者の声に、越智姫は心臓の鼓動が不気味に早まるのを抑える事が出来ないでいた。

「なん、なん――」

 何か言いたい事があるのに、思考もまとまらずどもってしまいまともな言葉にならない。

「越智姫様。貴女様の、力、が――」

 言い澱む亡者。しかし、残念な事にそこまで言われて気付けない愚か者では、越智姫は無かった。

「力――死神の、力――死の、力――死。死?」

 繰り返し繰り返し、確認するように呟く。だが、そのさえずりは繰り返される度に言葉に力が篭っていった。

「死が、死の力がっ――結界の外に出た、私。結界の外に出た、力?……死の、力っ!!」

 やがて一人の亡者が諦めたように、その越智姫の思い至った事柄に追随する。

「貴女様が結界を出た事によって、世界は、途方も無い事態になってしまいました」

「そんな……」

「越智姫様……。なんと言えば……」

「だ、だが!! 死体がどこにもないではないか! ひょっとしたらまだ生きているやも――!」

「さっき、貴女はじっと目の前の女官を見ていたんでないんですかい? その女官の有様を、覚えてないんですかい?」


 涙声の越智姫の必死な反論に、亡者の一人は事実を突きつけてしまった。

「先程の……先程の……」

 その意味を考えて、ついぞ先刻の事を思い返した。ぐったりと動かなくなった女官は、まるで天に昇っていくかのごとく、ゆっくりと光りの粉へと変わっていき、そしてついにはまるで最初からそこには何もなかったかのように跡形も無く消え失せたのだ。

「あ――――あ――――」

 その光景を思い出し、震えだした両手で自分の頬に触れる。その時自分は、奇妙な満足感を覚えたのではなかったか? それがさも当たり前のように受け入れていたのではないか? すぅっとその瞳から生気が失せる。

「止めぬか!!」

 別の影が、昼間だというのに大きな怒声を張り上げた。

「う……、す、すまん」

「越智姫様、その事はもう忘れてしまうのです」

「済んだ事は置いておきなさい」

 亡者達は越智姫の事を虞って、労るように言葉をかける。だが、それは既に遅すぎる事だった。

「私が―――私が―――殺してしまったのか!?」

 血にすら染まっていない、わななく真っ白な自分の両手を持ち上げ、見詰める。

「仕方が無いのです!」

「何が! こんな、こんな力があるばかりに! 私はとうとう、本物の化け物になったのだ!!」

 魂の絶叫が、無人の焦土に響き渡る。

「人間いつかは死ぬのです、それが多少早まっただけで……」

 その影の慰めの言葉に、越智姫はぎりと鋭い視線を投げ掛けた。深い瞳の奥に無限の闇を抱く視線。それは正しく、死神の目と言うに相応しい程に恐ろしく、悲しいものだった。その視線は既に死人である亡者達をも葬り去るかのような殺気に満ちていた。暫くの間、周囲で完全に恐れをなして萎縮した気配を漂わせる影達をねめつけていたが、不意に顔を俯かせる。長い黒髪がさらさらと俯いた越智姫の顔を完全に覆い隠してしまい、その表情は窺えない。膨れ上がっていた殺気も霧散していた。代わりに、絶望の嘆きが溢れ出でる。

「何故私は生きているのだ……」

「な、何を仰るのです」

「私等、最初から自害しておれば良かったのだ。こうなる前に、命を断っておけば良かったのだ」

 自責の念に囚われた越智姫は、ぽつぽつと自分への呪詛を吐いた。そこへ次第に感情が加味されていき、ぽたりぽたりと見えない顔の辺りから滴が止め処無く落ちていく。黒く焼け焦げた土に、じゅっと涙が吸い込まれていった。

「そうすれば、何の罪も無い人々の生活が奪われることは無かった!」

 天を振り仰いだ越智姫は、それでも下唇を血が出るほど噛み締めて、込み上げてくる涙を堪えようとする。

「しかし、それではただ次代の死神が生まれるだけで――」

「だが次代の者はこれほどの悲劇をいともたやすく産み出せる力など、最初から持ち合わせてはいないだろうよ!」

 とうとう越智姫ははっきりとそれと解る泣き声を上げた。煤で衣服が汚れるのも気にせず焼け果てた焦土の上に崩れ、顔を覆い身も世も無いさまに叫んだ。

「私は一体何の為に生きてきたというのだ! 何の為に!」

 影達には、その問いに答えられようはずもない。答えの出ない虚しい問いを、越智姫は延々と繰り返し問いかけていた。それは誰に対しての、あるいは自分自身に対しての問いかけなのか。広大な焼け跡に一人ぽつんと取り残された越智姫は、頭上に初めて見る月がひっそりと輝く時間になっても、それを振り仰ごうとはせず、声が枯れ、涙も枯れて尚、聞こえぬ声、見えぬ涙を流し続け、ただひたすらに自らの罪を悔いてやまなかった。


 その日。世界は、総人口の10分の9を失った。原因不明のそのあまりにも途方もない死は、生き残った人々をパニックに陥れた。世界はその様相を一変させ、日本を中心とした半径9500kmは死の世界になった。生物の中でも何故か、人間だけが立ち入った瞬間に即死する領域。

 その領域はデッドライン(絶対死線域)と呼ばれるようになり、人間は誰しも立ち入る事が出来ない禁忌の領域になる。


 そして、4年が過ぎようとしていた―――。


 そこは薄暗いホールだった。かつては各種イベントに対応できるように設計されて、使われていたのだが、今は丸っきり違った使われ方をしている。窓一つない中、薄ぼんやりとした明りのその真中に、大きめの三角形のテーブルがすえつけられている。スチール制の見るからに安物といった風情だが、ここにはそれを咎める者はいない。そのテーブルには椅子が三つ、三角の辺に一つづつあった。その一つに、初老の人物が座っている。落ち着いたたたずまいで、机に対して斜に構えて片手を置き、身動き一つしなかった。

 そこへ、こつこつこつと足音が二つ、入り乱れて近付いてきた。それでも男は眉一つ動かさず、瞬きすらしていないのではないかと思うほどに微動だにしない。

「待たせたね」

「お待たせした」

 一人は席に着いていたのと同じ程の年だと思われ、もう一人は二人に比べると随分若いように感じる声だった。

「さて、集まった所で早速議題について考えてもらおう」

 先に着いていた男が、二人が着席すると同時に機械のように落ち着いた声を出す。他の二人はそれに軽く頷き答えた。二人とも、議題については予め知らされているからだ。

「絶対死線域だけでも厄介なのに、更にボーダーライン(絶対防衛線)まであるとはな」

 後から来た年配の方が、苦々しく溜息をついた。

「はい。ご存知のように、この領域内ではあらゆる電子機器が作動しません。しかも、外部からの観測すらも不可能です。目視で確認できるものまで、望遠鏡の類を使うと観測できなくなる有様で」

 パサリ、と若い男が机の上に資料を広げるが、年配の二人はそれに目もくれない。そこに書いてある事等先刻承知なのだ。

「まるで何かに守られている……いや、守っているようでもあるな」

「"原因"を、ですか」

「このボーダーラインですが、正確に円形状に広がっているようです。上空はどこまでが範囲に含まれるのか定かではありませんが……」

「飛行機も使えぬのではな。例え使えたとしても、そのような捨て鉢に等勿体なくてやりたくもない」

 年配の一人が鼻を鳴らした。

「ここから、デッドラインも円形状にあると過程して、そのほぼ正確な数値が策定できたのは不幸中の幸いです」

 若い男は、もう一枚大き目のポスターのようなものを取り出して広げた。それは今の世界地図だ。日本を中心とした巨大な赤い円、半径9500kmの領域がその殆どを覆っている。

「不幸、不幸か……。正に我々人類にとってはこのうえない不幸だな。こんなにド派手に占領されたんじゃ、残り少ない陣地でやりくりするしかない。あの災厄の混乱で更に人々は激減し、生き残った人類はたった1億人に満たない。その点で言えば土地不足は心配いらないだろうがな。しかし宗教戦争が終焉したのが救いだな」

「こんな形の災厄について言及した宗派はありませんからね。かつての大国も、その敵対勢力も、丸ごと飲み込まれた」

「国は形を変え、一つのコミュニティとなった。それが我々の社会的進化なのか、文化的退化なのかはまだ解らぬが……」

 年配の男は、目を閉じ、これまでの4年間を思い返した。恐慌状態に陥り、無政府状態となった民衆、かつての貨幣経済が崩壊し、金は全て紙切れとなった。生き残った人間達も全てに見放された世界の中で、絶望を抱えて次々と絶対死線域に自ら身を投じ、それが後を絶たなかった。戦争すら"起せない程の"世界恐慌。およそ人知を超えた災厄に、人々は神に祈る事を止めた。そんな人々がこれまでの生活を取り戻すのに、後60年はかかるだろうと思われたが、それは驚くべきスピードで解決された。全て、この先程から沈黙を保っている男、ステイトのおかげだ。自分達二人はこの男に比べればオマケの類に過ぎないだろう。

「しかし、日本を中心としてというのが気にかかる」

 それが判明したのはついぞ最近の事だった。何しろあまりにも範囲が広すぎる上に、目で見てそれを確認できない為に調査は難航し長期化せざるをえなかった。

「日本人が世界に対してまた宣戦布告したという報せはないのか?」

「ありません。この事に関しては、辛うじて生き残っている各国にいた日本大使も完全に寝耳に水だったようです。これは推測にしかなりませんが、恐らく政府という枠組みの問題ではないと思われます」

「ほう、その根拠は?」

「何のメリットもありません。兵器としては、もちろん絶大です。でも、それだけです。元々彼らは自給自足出来ていない。輸送経路を自ら断てば後は自滅するだけです。それに一切の電子機器が使用不能となると、これはもう生活レベルを150年以上前に戻す必要があります。エレクトロニクスありきの国民にとってそんな事は耐えられるはずが無い」

「効果の範囲を限定できるとは考えられないのかね」

「ならばもっと上手いやり方があるでしょう。少なくとも、かつてのアメリカを"中途半端に"飲み込むようなマネはしませんよ」

「だろうな」

 反論していたものの、若い男の答えは、この年配の男にだって解りきっている事だった。ただ確認の為に聞いてみたに過ぎない。


「それに恐らく、かつての日本人は誰一人として生き残ってはいませんよ。国家レベルから個人レベルに至るまで、何の反応もない」

「個人レベルとは、あれの事を言っているのか」

「あれでも大切な通信手段のひとつですよ」

 年配の苦笑に、若い男も苦笑で返した。それは瓶に入れた手紙を海に流すと言う途方も無く原始的な手段だ。

「しかし、原因を何としても確認しない事にはどうにもならん。それが一人の狂気によるものであれ、遠大な集団自殺であれだ」

「"彼"を使うしかないのではないか?」

 そこまでずっと黙っていた最初からいた男、ステイトが発言した。もう一人の年配はは良い顔をしなかったが、しかしそれ以外に方法もない。逆に、年若い男の方は瞳の奥を情念の炎が掠めた。それは、復讐を為そうとくすぶらせていた火種に石炭を放り込んだような、そんな炎。それは承認され、早速、"彼"を引っ張り出す事になった。

「では君が直接指揮したまえ、ノーマッド君」

「了解しました」

 ノーマッド、と呼ばれた年若い男は、二人の年配に一礼してさっと身を翻した。その顔は、本人も自覚出来ぬほどの歓喜に打ち震えていた。唇の端を吊り上げて、歪んだ笑みを張り付けていた。

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