ファミレスにて

「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」


今年いちばんの寒気と共に、お客さんが店内にやってきた。

接客マニュアル通りの挨拶と笑顔で出迎え、空いてるテーブルに案内する。


「ご注文がお決まりになりましたら、ボタンでお呼びください!」


ユニクロで見かけた防寒着とGパン姿。

大学生かフリーターとおぼしき一人の男性を席に案内して、まだ片付けが終わってないテーブルに向かう。

皿や鉄板、グラスなどを素早く片付け、テーブルを拭いてから床の汚れを目視確認し、目立った汚れがないのを確認して、指定された並びにメニューを整える。



『ピンポーン』

「すぐ参りまーす!」


男性客はレギュラーメニュー表を指差しながら、チーズトマトハンバーグとライスを注文する。

彼はいつもハンバーグを選ぶ。

この男性客は週に1回くらいのペースで、だいたい深夜2時ごろに来店する。

おおかた近くの歓楽街でボーイか運転手でもしているのだろう、男性客は疲労困憊といった様子でスマホと睨めっこをしている。


「お待たせしました、チーズトマトハンバーグとライスになります!」


胃袋の空腹中枢を刺激するような匂いを発する鉄板をトレーで運び、慌ててスマホを隠した男性客のテーブルにカチャリと置いた。


「それでは、ごゆっくりどうぞ!」


男性はスマホを触りながらハンバーグを食べる、私ら別の作業をしながら、その様子を遠巻きに眺めていた。



私はいま、漫画家になるための修行をしている。

……といっても、商業誌のアシスタント募集の知らせはなかなか見つからず、たまにYouTubeや流しのイラスト仕事などをこなす程度で、正直とても生活できる稼ぎは得られていない。


それならば、人間観察も兼ねて他業種でバイトしよう……と思った矢先のコロナ禍で、おしゃれなカフェやバーはどこもバイト募集どころの騒ぎでなくなり、やむなくファミレスのホールで夜勤仕事をするようになったのだ。


私は元から夜型だし、人間観察も出来るっちゃ出来るので不満があるわけでは無かったが……客の少ないド深夜になると、自分はこんな事してて良いのかと自問自答を始めてしまいがちだ。


いけないいけない、暇を見つけたらキャラやネームを練って、いざと言うときの引き出しを増やしておかないと。


そう思った時、入り口のドアから猛烈な寒波と共に、派手な格好をした2人の女性客が入ってきた。



「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」

「……2人」

「かしこまりました!ではこちらへどうぞ!」


どちらも染めたての長い金髪、蛍光色で冬場には寒そうなミニスカートのドレスを纏った2人は、その外見とは裏腹にとても沈んだ様子だ。


「ご注文がお決まりになりましたら、ボタンでお呼び下さい!」


そう言い残し、私はキッチン側に引っ込む。



店内のホールには、ちょうどハンバーグを食べ終えた男性客と、どこかただならぬ空気を発している女性客2人。


「…………………………」


そしてその様子を、高みの見物する私がいた。



きっとこの2人組は、これから客の目を気にしない赤裸々トークを繰り広げるだろう。

いや、正直に言おう。是非ともここで繰り広げて欲しいし、それを漫画の糧にしたい。

どんな別れ話だった?

それとも付き合うまでもいかなかった?

相手は真っ当な人だった?

結婚とかしてなかった?

どれくらいカネを使った?

ああ、興味が止まらない!

早く……早く赤裸々トークを!


『ピンポーン』

おっとベルが鳴った、男性客のほうだ。


「すいません、山盛りポテトを1つ……」


いつもはハンバーグを食べたら帰る男性客が、普段はやらない追加メニューを入れた。


分かるよ、君も堪能する気マンマンだね。

私と一緒に、こちらのお客様を堪能しようではないか。

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