病室にて

……最悪、その一言に尽きる内容。

予選でポールポジションを掴んだあたしは、決勝を走ることなくレースを終えることになった。


原因は一つ、エミリア重研クソチームの御曹司にしてドライバーであるサクヤ・E・町田クソキザ下手糞野郎の無謀なドライビングのせい。


スタートの遅れを取り戻そうと無理なオーバーテイクを仕掛け、他車のラインに突っ込んだ挙句のクラッシュ。



あたしがポールポジションを取れる性能だったニューマシンは無惨に大破して見る影もないが、あたしが本当に怒っているのはそこではない。


クラッシュに巻き込まれた相手は、マシンに挟まれ生死の境を彷徨っているのだ。



『やあ、ミハイル!わざわざ会いに来てくれるなんて嬉しいよ!』


言葉にならない大クラッシュを起こしたにも関わらず、心身共に傷ひとつ付いてないサクヤの軽口に、あたしの何か大切なものが切れた。



「あんた自分が何したか分かってるの!?レースってのは技術を認められたドライバーが最高のマシンを駆るものなんだよ!スタートでうっかりして出遅れたまではまだいいよ、なんで出来もしないオーバーテイクなんな狙って無理に突っ込むの!?それで相手のドライバー、いま死にかけてるんだよ!自分が目立ちたいだけのボンボンが舐めたクチ聞くんじゃないよ!!」



そのままサクヤの病室を出たあたしは、昂った気持ちを紛らわすため自販機でコーラを買い、外のベンチに腰かけ……大きな溜め息をついた。


チャンスなんて期待した自分が、バカだった。

幼い頃からF1で優勝することを目指してガムシャラにハンドルを握ってきたけど、大手メーカーのドライバー養成機関『SRS Formura』最終選考で挫折したあたしは……実質F1への道を断たれた。


それでも諦めきれなかったあたしは、チャンスを求めて色んなレーシングチームに営業をかけたが……応じてくれたのは、GTカーの耐久レースに参加しているエミリア重研だけだった。


耐久レースは1人では走れない。

そしてあたしは、サクヤという下手クソボンボンのパートナーもとい子守として雇われたわけだったが……


その結果がこれだ。

まさかここまでなんて!



目をつぶったまま深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。

気持ちを落ち着ける、あたしのマインドセットだ。


とりあえずサクヤの病室に戻ろう。

あたしは悪くないから謝らないけど、今後の事もあるし、ちゃんと話をしないと。



コンコン。

病室のドアをノックする。


サクヤの返答を待たずにドアを開けたあたしは、眼前に飛び込んできた光景に絶句した。



「……誰よ、その女は?」

「そういやまだ紹介してなかったね、ボクの婚約者のユキコさんだよ!」


今しがた怒鳴って、少しはしおらしくなってるだろうと期待したあたしがバカだった。

あろうことか、サクヤボンボンは病室で女とイチャついてた。どんな神経をしていたらこんな真似が出来るの?


「ねえサクヤー、このひとだれー?」

「うちのレースチームに参加したドライバーさ、まだ紹介してなかったね」

「ふーんよくわかんなーい」


ユキコという、生まれてこのかた一度も何かに打ち込んだ事の無さそうな女が、あたしをじろじろ見つめた。

そして言ってのけた。


「浮気じゃないよねー?」


あたしの目の前は真っ白になった。

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