薔薇と踏切

目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。

通学でよく使う踏切に、全身を強く打った学生服の少年が力なく事切れていた。


その学生服は、近くの中学校のそれだった。

去年までは私もその中学に通っていて、何の変哲もない地味なセーラー服が嫌いで、早く高校生になってブレザーとか着たいなと思ったりもした。


その死体は、遮断機を乗り越えていったようだ。

悪ガキ特有の度胸試しだったのか、それとも自殺だったのか、今となっては些細など分からないし、どうでもいい。



その時それを直視した私は、さっきまで生きていた中学生が、いつも通学で使っている電車に轢かれて死んだことをすぐには認識できなかった。


直感的に目を背け、高校に向かって歩き出そうとして、数十秒ほど経ってから眩暈を覚え……私はその場にしゃがみ込んだ。



踏切近くにいた救急隊員に声をかけられ、少し気分が悪くなったと告げようとした。

うまく言葉が出てくれず、代わりに目から涙が溢れた。



その日、私は高校を休んだ。

救急車の中で休んでいたどころを、連絡を受けたのかママが迎えに来てくれた。



「……今日は家でゆっくりしましょうね」


ママはそれだけ言って、車の運転に集中した。

ママが来た頃には、警察やオレンジの服を着た人たちが集まっていて、辺りは騒然としていた。


ママは途中スーパーに寄って、私が好きなチーズケーキを買ってきてくれた。

それを持って家に帰り、すぐに自分の部屋に向かい……制服のブレザーを脱ぎ、ベッドに倒れこんだ。



私の脳内はごちゃごちゃに回転していて、なぜか自分の中学時代を思い出していた。


ジャニーズや声優アイドルの誰が好きか友達と当てあったり、あまり上達しなかった書道部での日々や、片想いしていた上級生の顔や、違う高校に行くことになって自然消滅した元彼など……


色んな思い出の中に、思い出したくないものが刻み込まれてしまった。


部屋着に着替えて、ママが買ってくれたチーズケーキを食べても、スマホのリズムゲームで遊んでも、心の奥底に刺さった棘は抜けてくれない。


昼過ぎには、パパが慌てて帰ってきた。

私の容体が気になって早退してきたらしい、パパありがと。

それから私とパパとママとで、他愛もない話をしたり、ジャニーズの新ユニットの話なんかをした。


心の棘は抜けてくれないけど、夕食を食べる頃にはだいぶ落ち着いてきて、明日は高校に行けそうだとパパとママに告げることが出来た。


心の棘は抜けてくれないけど、お風呂に入って身体を温めると、いつもの調子に近いところまで持っていけた。


心の棘は抜けてくれないけど、夜になったら眠くなるし、夜が明けたら目は覚めてくれた。


「行ってきます」



私は敢えて1人で通学することにした。

ママは反対したけど、私は大丈夫だから心配しないでと言ったら、ダメそうなら連絡することを条件に許してくれた。



電車から降り、歩いて高校へ向かう。


例の踏切が近付いてきた。


心臓の鼓動が全身を揺るがすような緊張。


深呼吸をして、歩みを進める。



その踏切は綺麗に片付けられて、まるで事故なんて無かったかのようだった。

けれど学生服の中学生やブレザーの高校生は笑ったりふざけたりせず、備えられた花束に目をやったり、近くに何か飲み物を置くなどしていた。



みんな、踏切越しに刺さった棘は抜けていないんだ。

私もそう。


「おっ朱理じゃーん昨日は大丈夫だった?」

「あっ……おはよう」


高校に入ってから出来た友達と合流し、私たちはいつもの高校へと向かう。


もうすぐ5月。

昨日調べた情報だと、薔薇の開花時期らしい。

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