第12話
僕はその場で一回転。敵の二段目の蹴りを回避しつつ、腰元から拳銃を抜いた。
接近戦で片を付けるつもりなら、これ以上狙撃される心配はないだろう。
軽い発砲音を響かせ、二十二口径の弾丸が、僕の手元から流れるように射出される。しかし、敵はそれをひらりと躱す。そして両腕の肘先を振って、何かを取り出し、握り込んだ。小振りのコンバットナイフだ。
ここに至り、僕は僅かながら、敵を観察する機会を得た。
随分と小柄だ。年端もゆかない少年、いや、もしかしたら少女か? 目を守るためのゴーグルを装着しているため、性別までは判然としない。
いずれにせよ、懐に入られたら厄介だ。ここはバックステップをして、一旦退くべき。しかしそう思った瞬間、僕は自分が既に追い詰められていることに気づいた。
森林地帯で戦っている以上、周囲に樹木という障害物があるのは自明の理である。それがちょうど、いや、敵の狙い通り、僕の後退を妨げた。
背中を大木に押しつける格好になった僕に向かい、スタン、と下草を蹴って敵が接近。
「チッ!」
敵の刃は、僕の首筋を挟み込むような形で交差される。
後退できないのなら、せめて可能な限り損傷箇所を調整し、致命傷を防ぐべき。そう思って、僕はしゃがみ込んだ。
ギン、という鋭い音を立てて、ヘルメットがナイフに削られる。随分と硬質なナイフだ。
「調子に乗るなよ!」
僕は拳銃を握ったまま、足を突き出した。足払いをかけるつもりだったのだ。しかし敵も歴戦の猛者らしく、その場で跳躍し、僕の蹴りを回避した。そのまま爪先を突き出し、僕の顔面にそれを叩き込む。
「ぶぐっ!」
一瞬、視界がブレる。何とか横転して回避できるよう、ガチャガチャとコントローラーを操作するが、レスポンスが鈍い。脳にダメージが及んだのか? いや、ロボットなのだからそんなことはないと思うのだが。
それが気にはなったものの、今は思考すべき時ではない。動かなければ、やられる。
敵は、今度は僕を蹴り上げようとした。ナイフを振るう腕の高さにまで、無理やり引き上げるつもりなのだろう。
しかし寸前で、僕はその蹴り足を掴み込んだ。拳銃は取り落としたが、こちらだってナイフは装備している。まだ得物がなくなってしまったわけではないのだ。
むしろ、敵のバランスを崩す絶好の機会を手にしたと言ってもいい。
「でやあっ!」
そのまま強引に、敵を放り投げた。
「うあ⁉」
僕が拳銃を手離してまで、攻撃に転じるとは思っていなかったのだろう。敵は短い悲鳴を上げた。その時になって、僕はようやく敵が少女であることを察する。少女はそのまま、二、三メートル離れた木に背を打ちつけた。
その打ちどころが悪かったらしく、少女がすぐに動き出す気配はない。幸いにもそばにあった拳銃を拾い上げ、僕は敵の頭部に狙いを付けた。後は引き金を引くだけだ。
再び僕の口の端が緩む。それを自覚するまでもなく、僕は敵を仕留めた――はずだったのだが。
「え?」
再び、我が目を疑った。同時に自分の腕も。
両手で握りしめた拳銃の狙いは、僅かに逸らされていたのだ。三連射された銃弾は、一発は敵のヘルメットを掠め、二発は頭上に照準が逸れて、木片を散らした。それだけだ。
同時にアラートが発せられる。
「なっ⁉」
『左腕損傷』――そんな馬鹿な。銃口を定め直しながら、僕は咄嗟にしゃがみ込んだ。耳を澄まし、鼻を利かせて、周囲の状況把握に努める。
火薬や不審な金属反応はない。少なくとも、敵のものは。このロボットが攻撃を受けたはずはない、ということだ。
僕は立ち上がり、再び銃口を敵に向けた。しかし、左腕が動かない。それどころか、やたらと銃口をずらそうとしている気配もある。
何らかのバグか? 火器管制システムが異常をきたした、とか。だが、だったら『左腕損傷』というのはおかしい。
「何が起きてるんだ?」
そう呟いた直後のこと。左腕が脱力し、上腕から勢いよく血が噴き出した。
僕は恐らく、悲鳴を上げたと思う。直感的に、この液体が血液だと悟ってしまったのだ。
それはつまり、僕が操縦しているのがロボットではなく、生体器官で構成された何か、否、『誰か』であることを意味している。
全身から、冷たい汗が湧き出した。
人命を賭せずして、反政府勢力を倒す。それはまだ許される気がする。
しかし、そのために誰かを捨て駒にして戦っていたなんて。
信じたくはない。目を逸らしたい事実だ。しかし、この真っ赤な液体は血液に他ならない。
ここに連れてこられた日、流果が血塗れになっていたのを目にしていたから、連想しやすかったのかもしれないが。
「し、止血!」
僕は慌てて、背負った小振りのバックパックを下ろし、中身を漁る。このままでは、僕の方が出血多量で死んでしまう。
しかし、敵はまだ薄っすらと意識を保っているらしく、腕を突っ張り、何とか腰を上げようとしている。警戒は解けない。
敵が仕掛けてきてくれれば、まだ仕留める機会があっただろう。接近戦で殺すことだってできたかもしれない。だが、こうもダラダラと意識が混濁した状態でいられると、それはそれで困る。迎撃しようにも、向こうから攻めてきてもらわなければならないのだ。
こちらから攻勢に出るか? いや、無理だ。拳銃が当てにならず、左腕に機能不全が生じているのであれば、勝機は巡ってこない。
今できるのは、拳銃を捨てて右腕を使い、左上腕を押さえることくらいだ。
現在の戦況。それに僕が、生身の人間を操縦していたという事実。この二つの現実を前に、僕はギリッと音がするほど、強く奥歯を噛みしめた。
敵の少女が、取り落としたナイフに手を伸ばしかけた、その時だった。
ヘッドギアの内側に、半透明のマップが表示された。友軍だ。一旦引き返したヘリ部隊が、この上空に戻ってきている。
《伝上一翔、これより貴官を救出する》
ヘッドギアに覆われた耳に、パイロットの声が柔らかく届く。その背後からは、ハウンド2降下開始、ハウンド3配置完了、という声が聞こえてくる。
どうやら、この場は凌ぐことができそうだ。だが、僕の胸中、いや、脳内では、奇妙な現象が起こっていた。
『目の前の少女を救わなければならない』――そんな強迫観念にも似た感覚に、中枢神経が震える。
何故だ? こいつは敵なのに。それも初対面の、縁もゆかりもない敵同士だというのに。
やがてヘリの回転翼の爆音が遠のき、周辺からガサガサという音がし始めた。四方八方から、照準器の赤いレーザー光が差し込んでくる。
「伝上、大丈夫か!」
野太い男の声がする。次には、『衛生兵!』との呼び声。きっと彼らは、僕が操縦している身体の人物を『伝上』と呼称しているのだろう。僕は厳密には軍属ではないから、階級はついていないようだ。
しかし、それだけか? ヘリのパイロットも、僕の操縦している人物を『伝上一翔』と認識しているようだったが。では、この作戦司令室に併設されたヴァーチャル戦闘部屋で、コントローラーを握っている僕は何者だ?
すると、急に視界が下がった。どうやら膝を着いてしまったらしい。それから、僕の両脇をすり抜けるようにして、銃弾が件の少女に殺到した。痙攣する間もなく、少女の身体は蜂の巣になった。
それでも、銃撃は執拗だった。
確かに、僕たちはヘリを一機撃墜された。優秀な兵士の命もまた、幾つも奪われた。だから、それに関与した少女に同情するのはおかしい。
だが、担架に載せられるのを拒むようにして、『伝上』の身体は動いていた。左腕からびちゃびちゃと鮮血を滴らせ、横転して地面に落下しながらも、息絶えた少女の方へと這って行こうとする。
もちろん、僕はそんな操縦はしていない。それなのに、『伝上』は少女の亡骸へと手を伸ばす。不意に、視界が滲んだ。僕は一旦ヘッドギアのバイザーを上げ、再装着してみる。しかし視界はぼやけたままだ。
何故か。考えられるのは、『伝上』が涙を流している、ということだ。
皮膚感覚は共有できないため、確かなことは言えないが。
だが、これは先ほどの現象と関連があるのではないかと、僕は睨んだ。『目の前の少女を救わなければならない』という思いだ。もしかしたら、『伝上』の感情が、ヘッドギア越しに僕に逆流してきたのかもしれない。
ゲーム中の勘で、ひっそり背後を取ろうとしていた敵の気配を察知するのに似ていなくもない感覚。だが、それは仮想世界での話。現実世界では、これは勘というレベルを超えている。
強いて言えば、『願い』だろうか。
「動かないでください、伝上さん! 担架に戻って! 出血が酷いんです!」
気づいた時には、あたりは軍の関係者に完全包囲され、救護ヘリ要請の声が上がっていた。
それでも『伝上』は少女の前でひざまずき、生気の失われた瞳を覗き込んでいる。
頭部に衝撃が走り、ヘッドギアとの連携が強制シャットアウトされたのは、それから間もなくのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます