第16話 変化
紙音はいつものように夢から覚めると、暗がりの中で自分を確認するように両手を見つめる。
それから、ベッドから起き上がり光を入れようとカーテンに手を掛け開けようとする。そのとき、力を入れすぎてしまったのか一部が裂けてしまった。
朝からついていない、そう思いながらも自分を元気付けようと姿見の前に立って自分を眺める。
「よし、今日も完璧」
満足すると、ベッドの脇に置いてあるスマホに手を伸ばした。そして、それは無惨に砕け散った。
「へ?」
*
来ない。いつまでたっても誰も部室に姿を現さない。高崎はいい、そもそも毎日部室に顔を出すような種類の人間ではないだろうし、それにバイトかもしれない。
だが、先輩は別だ。あの人は他にやることが無いのかと言うくらい、毎日部室に来てはあーでもないこーでもないと下らない話をして、「今日も夢についてなにも分からなかったね~」なんて呑気に帰っていく人なのだ。
ただの一度だって、それを欠かしたことのない先輩が来ないのだから、これは何かあったに違いない。とうとう悪夢に負けてノイローゼにでもなったか、あるいはただの病欠か。
なんにせよ、この部室に一人でいること以上に無意味なことはない。今日のところは帰るべきだろうか。
だが、病欠だった場合明日には出てくる保証はない。そうなると、二年の教室に行って確認した方が良いだろうか。
一応高崎が訪ねて来た際に備え、黒板にデカデカと『外出中』の文字を残してから部室を後にした。
そうして、二年の階に来たのはいいものの、肝心の所属しているクラスを知らないのを忘れていた。こうなっては誰に聞けばいいのか目星のつけようがない。更には上級生のテリトリーに下級生が混ざっているのが気にくわないのか珍しいのか、廊下を行く生徒がしきりに此方に目を向けては、まるで僕のことを話題にしているような錯覚に陥らされる。
ほとほと困り果てて、もう帰ろうかと思っていると、一人の女生徒が話しかけてきた。
「ねえ、ちょっといいかな」
「え、はい」
それからジロジロと僕の顔を見つめ、頭から爪の先まで何度も往復するように視線を動かして、再び僕の顔を見た。
「えっと、もしかして紙音のこと探してる?」
「そうですけど、もしかしてクラスメイトですか?」
「やっぱり。そう、紙音の友達の里川 薫。よろしくね」
「黄竹です。よろしくお願いします」
「紙音を探してるなら、残念だけど今日は休みだよ」
「はぁ、やはり病気かなにかですか」
「さぁ? 先生は細かいことまで言わなかったし、こっちからいくら連絡しても全然返信が来ないから」
「そうですか。あ、話は変わるんですけど、なんで僕が先輩を探していると?」
「真咲本人から話は聞いてたからね。それに写真も」
「写真ですか」
いつの間に僕の写真なんて撮っていたのか。油断も隙もないと言うか、もうすこしプライバシーを尊重してほしいものである。
「まぁ、あいつのことだから二三日すればケロッとした顔で投稿してくるはずだわ。それよりさ、少し聞きたいんだけど、君と真咲ってどんな関係なの?」
「どんなって言われましても」
先輩の友人としてはネタになりそうな回答を望んでいるのだろうが、残念ながら自分でもよく分からない間柄なのだ。同じ部活の先輩と後輩、友達ともまた少しずれているような、そんな間柄なのだ。
「ただの先輩と後輩ですよ」
「ほんとに?」
疑い深く顔を前に突き出して揺さぶりをかけてくる。
「ほ、ほんとですよ」
「ふーん」
こんなところで絡まれているものだから、ますます目立ってしまって仕方がない。先輩が居ないならもうここに用はないのだが、何故だかまだ帰ってよさそうな雰囲気ではない。
「じゃあさ、真咲がなんであんな部活してるか知ってる?」
「それは」
悪夢の解決のため、と言いたいところだが、様子を見るに先輩はその事をこの人に話していないらしい。だとすれば、僕の口から伝えしまうのはまずいだろう。
「なんか、僕もよくわからなくて」
「よく分からないのにそんな部活に入ったの?」
「それは、まあ、あの先輩と同じ部活に入りたい奴なんかごまんと居ますし、僕もその一人だってだけですよ」
「はーん、てことは君は」
「ち、違いますよ! そんなんじゃ」
「違うって、何が?」
からかうように笑みを浮かべる。顔が熱くなるのが分かり、赤面を見せたくないので俯いて自分の爪先を見つめる。
「あはは、そっかそっか、知らないか。引き止めてごめんね」
その場はそれで終わると、上級生の目を避けるように部室に戻った。依然として高崎は来ておらず、黒板の文字を消して帰路に着いた。
翌日も先輩は部室に姿を見せず、試しに送った連絡にも返信は来ていない。だが、そこは流石学校のマドンナと言ったところか、どうやら病気で休んでいるらしいと、遠く離れた一年の教室まで先輩の話がながれてきてはいた。
念のため部室に顔を出してはみたが、先輩は勿論のこと、高崎の姿も無いので家に帰ろうと教室のドアに手を掛けると、そこで高崎と鉢合わせた。
「おっと、なんだ帰るのか?」
「てっきり誰も来ないと思ったから」
「なんだ、真咲の奴来てないのか」
「あれ、知らなかったの。先輩なら病気で休んでるらしいよ」
「そっか。それなら仕方ないわな」
「で、そういうお前はなんでここに?」
「なんでって、部員が部室に来ちゃ悪いかよ」
「悪くはないけど、でも、先輩も居ないしなぁ」
「確かになぁ」
二人して空っぽの教室を見つめると、口には出さなかったが、やることがないと意見が一致したのかそのまま教室を後にした。
それから、先輩から返信が来ることはなく、確認のために部室を足を運んでは家に帰る日が続いた。
そんなある日、ふと思い立って部室の掃除をしていると、高崎が訪ねて来た。
「よお。て、ホウキなんかもってどうした」
「見りゃ分かるだろ。掃除だよ」
「そりゃご苦労なことで。で、まだあいつ来てないのか」
「みたいだね」
「みたいだねって、気にならないのかよ」
「だって病気なんだろ、ならしょうがないじゃないか」
「にしたって、長過ぎやしないか」
「ちょっと拗らせてるんだろ」
「んー」
突っ立ったままなにやら考え事を始めると、側までやって来てホウキを奪い取って用具入れに戻した。
「な、なんだよ」
「決めた。これから家に行くぞ」
「家って、どこの」
「真咲の家に決まってるだろ。ほらさっさと行くぞ」
「いやちょっと」
だが、それだけ話すとさっさと部室を出てしまった。状況が飲み込めないが後でどやされても嫌なので、鞄を掴むと走って後を追いかける。
「なんだって家になんか」
「そんなの決まってるだろ。病気ときたらお見舞いだよ」
「いやいや、いきなり押し掛けていっても迷惑だろ」
「なら別に着いてこなくてもいいぜ。一人で行くから」
「行かないとは言ってないけど、てか、場所知ってるのか?」
そこで、急に足を止めた。
「そういや知らねえや」
「はー、いいよ僕知ってるから」
「なんだお前、もしかして後着けたのか?」
「バカ言え! ちゃんと正式にお呼ばれされましたわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます