第15話 スタンバイ
階段を上がって同じような廊下を通り、途中の一室に入っていく。中は簡素な作りで、ベッドにロッカー、テレビに一人用の机が並べられている。ビジネスホテルの一室より少し狭い位だろうか。
生活感のないその部屋で一人、席に座って待っているとスッキリした表情の彼女が部屋に入ってきた。
「おー、出しきってきたか」
「胃のなか全部ひっくり返ったわよ。たく、毎日毎日嫌になるわ」
「ほーん、それだけやってるのに慣れないもんかね」
「あいつらどんどん設定きつくするから慣れるもなにもあったもんじゃない」
「ま、何はともあれ元気そうで良かったよ。それとこれ」
封筒を手渡すと、彼女はベッドに腰かけて封を切った。
「封筒? 中身は何」
「ここで録った記録だよ。社長から預かってきた」
「そんなもの渡されても、それに同じような記録ならここに山ほどあるわよ」
「実はな、少し厄介やことになりそうでね。今日大臣のとこに行ってきたのは知ってるだろ」
「ええ」
「で、結果から言うと人を派遣してくれることになった」
「あら良かったじゃない。つまり、この活動が認められたってことでしょ。それの何が厄介なの」
「それがどうもなー、二人でどんなやり取りがあったか知らないが、下手を打ったのか協力してくれるどころか反感を買ったみたいで、監視の目がついちまったてわけで」
「はぁ?! なら、ここの存在が知れたら不味いことになるじゃない」
「そ。と言うわけで社長室にあった書類を回収してきたってこと。それでそんな状態になんで、しばらくここには来れなくなるかもしれない」
「まあそれは、来ても来なくてもやることは変わらないし」
「てなわけで、基本俺経由でやり取りしてもらうからそのつもりで。ま、そんなとこだな」
「はー、じゃあ一歩前進どころか十歩くらい下がったわけね。先が思いやられるわ」
「そう落ち込むなよ。社長の話が本当なら遅かれ早かれ接触してくるはずだ。そうなったら国も見て見ぬふりは出来ないだろ」
「だといいけど。なんでもいいからさっさとこの地下とおさらばしたいわー。他に面白そうな話はないの」
「面白いったって、あそうだ、どうやら近々新兵器の開発を始めるみたいだぜ」
「あれでしょ。銃弾の代わりにエネルギーつかうってやつ」
「なんだ知ってたのか」
「知ってるも何もその実験もやるみたいだしね~。こっちは耐久テストで手一杯だってのに」
「そんなに辛いならやめるか?」
「まさか。ここを出たって宛なんてないのに。それに、結構な額も貰ってるしむしろ天職みたいなもんよ」
「それなら何より。さて、そろそろ行くかな」
「あらもう行くの。たまには実験付き合いなさいよ」
「いつ人が送られてくるかわからないんでね。それに天職なら邪魔しない方がいいだろ」
「はいはいそうですか。次に来るときは手土産の一つでも持ってきなさいよ」
「気が向いたらな。じゃあな」
部屋を出てエレベーターで地上に戻ると、スマホがブルブルと震えた。
*
「オーダー!」
薄暗く赤紫のネオンに照らされる店内で、円卓で向かい合っている一人が荒々しく声を上げた。すると、その声に反応して円柱の物体が静かに近づいてくる。
「ご注文をどうぞ」
「カリシキラと、なんか他にいるか?」
「肉系で適当に選んでくれよ」
「はいよ」
注文を終えると、円柱はまた同じ位置に戻っていく。円卓には四人、一人を置いて他は男であるが、皆同じような白い服を身に付け、左胸には金に光る紋章が縫い付けられている。
「メニューくらい、テーブルに埋め込んどきゃいいのに」
「そいつはお前無理な話だ。なんせどっかの誰かさんがテーブルを酔った勢いでぶち壊しちまうからな!」
「なんであたしを見て言うんだよ」
「そりゃなぁ?」
「そんなことするのはお前だけだからだよ」
「そんな、二回だけだろ」
「嘘だろあれ以外にもぶっ壊してたのかよ!」
「そんなんで向こうに行って大丈夫か」
「は! むしろあたしが居なくなってあんたらが腑抜けにならないか心配なくらいだよ」
「ああ、俺はもう今から寂しくてたまらないねぇ」
そう言って大袈裟に泣くふりをして、それを見て三人はゲラゲラと笑い始める。
「そういや、結局ルーズは来ないのか」
「ありゃそういうタイプじゃねえだろ」
「酒も飲まなきゃ女も抱かねぇ。生粋の軍人てやつだな」
「なんだじゃああいつまだ童貞かよ! 丁度いいお前が男にしてやれよ」
「ぜっったいに嫌だね! あんな真面目が服を着て歩いてるような奴とヤったってつまんねえだろ」
「いやいや、あんなに頭の固いんだから、きっとあっちの頭もカチカチだぜ?」
「糞食らえ!」
女がつまんでいたナッツのようなものを投げつける。
「それよりいいのか? この後基地に戻るんだろ」
「いいんだよ。あと一週間で居なくなるんだ、上だってなにも言わないだろ。いや、言わせないね」
「しっかし、理由が理由とは言え二人は少なすぎないか?」
「だからあたしが選ばれたんだろ。他の男共が揃いも揃ってダメなばっかりに迷惑な話だぜ」
「そう言うなよ。後でちゃんと会いに行ってやるからよ」
その時、女が腕に着けている輪っかが緑色に光り、それを指でタップして空中で視線を滑らせる。
「げ、ルーズの野郎もう来てやがる。それじゃちょっと行ってくるわ」
「おいおい男三人で飲めってのか?」
「ああ、精々むさ苦しくやってろ。じゃあな」
店を出ると、目の前の道路につけたオレンジ色の二輪の機械に跨がり、前傾姿勢になると小さな起動音と供に走り去っていった。
場所は変わって、巨大な倉庫のような空間の真ん中に、乗用車一台なら入りそうな大きさの円柱状のガラスが立っている。ガラスの台からは太い配線がいくつも延びて、いくつも並ぶモニター埋め込み型の机、壁に備え付けられた巨大な画面へと枝分かれして繋がっている。
そして、その巨大な画面には上空から撮影したような民家の映像が流れていて、眼鏡を掛けた長髪の男が食い入るように見ている。
「なあ、そんなもん見てて楽しいか?」
そう言って男より一回り小さい金髪の女が横に立つ。
「ああ、楽しいか楽しくてないかで言えば、楽しいだろうな」
「はー、どうせこんなの見てたって意味ないだろ」
「意味ならあるさ。図で見るのとこうして確認するのとでは判断に差が生じる。お前も少しは興味を持つべきだ」
「そういうのはお前に任せるよ。あたしはこいつを振り回せればそれで充分」
それまで何もなかったはずの空間に、突如として身の丈ほどある巨大な鎌が出現し、その柄を掴んで肩に担ぐ。
「そうか。それならそれで構わないが、その場合は全てこちらの指示通りに動いてもらうからな」
「わかってるわかってる。心配しなくてもキチンと駒として働いてやるから」
「ああ期待しているよ」
「それと、これ見てんのもいいけど装備の確認もちゃんとしとけよ」
「もう済ませたよ。誰かさんがとやらに参加してる間にね」
「そうだ、なんで誘ったのに来なかったんだよ。皆寂しがってたぜ~?」
ニヤニヤと嫌らしい笑顔を向けて男の顔を覗き込む。それを画面から目を離さず手で押し退ける。
「冗談はよしてくれ。それにそんな集会を開いて別れを惜しまなくても、予定どおり進めばすぐに合流できるはずだ」
「そういうことじゃなくて、まいいや。でも出発までまだ日があるんだから、一回くらい会いに行ってやれよ」
「善処するよ」
延々と住宅街を映していた画面が切り替わり、駅前の道を行く大勢の人々が映し出される。
「はー、すごい数。こんなに一ヶ所に集まって窮屈じゃないんかね」
「我々から見た異常が、向こうでは常識だったりする。こういう気付きが得られるのも楽しみの一つだよ」
「なんでもいいけど。どーせみんな死ぬんだし」
鎌を前に突き出して、刃先をまじまじと見ながらつまらなそうに投げやりに答える。
「だからこそ大事にしなければならない。我々が最後の観測者になるのだから、正確な情報を後世に伝える義務がある」
「そんなもん伝えたって意味ないだろ」
「そうやって我々の先祖が驕った結果が、この現状を生んだことを忘れるな」
「大丈夫だって! 今度はキッチリ片付けるからよ」
「だから、そういった油断が」
「わかったわかった。義務もほどほどにしとけよ~」
担いでいま鎌がフッと風に流されるように姿を消すと、女は来た道を戻って出ていった。
それからしばらく男は画面を見続けていたが、左手の爪先に着けた機械で空中をなぞって映像を消した。
「あともう少しで、始まる」
そう呟くと、画面から離れて部屋を後にした。
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