第14話 組織

 車に戻るなり、運転席の男がにやけた面を浮かべている。


「どうだ、田島のやつ驚いてただろ」


「ええ、それはもう随分と。それもこれも茅原さんのおかげですよ」


「おおもっと誉めろ誉めろ。この情報手に入れるのに苦労したんだからなぁ。で、どういう運びになったよ蛭賀さんよ」


「人を寄越してくれることになりましたよ」


「なんだそりゃ。協力者ってことか?」


「そうであればいいんですが、いわゆるお目付け役てやつですよ」


「ああこれまた厄介なことを。それじゃあれを見られたらまずいんじゃないか」


「まずいでしょうね」


 焦りを見せる茅原に対して、蛭賀は言葉とは裏腹にむしろ余裕さえ窺える。


「まずいでしょうね、て」


「とにかく社に戻ってください」


「はいよ。ま、あんたのことだから考えがあるんだろうけどよ。頼むぜ」


 車を走らせビル群の中を進むと、一際背の高い建物の前で車を止めた。


「たく、立派なビルだな。こんな大層な会社ほっといて遊びに行ってていいんですかね」


「心配しなくてもうちの者は皆優秀ですから。それにちゃんと有給消化ってことにしてますよ。とりあえず、用事を済ませてきますから車を裏に回しといてください」


「りょーかい」


 車を降りてビルの中に入っていく。受付に軽く挨拶をすると社員証をゲートにかざしエレベーターで一気に最上階まで上がっていく。そうして部屋の前まで行くとノックもせずに扉を開けた。


 部屋にはいるなり正面に据え付けられた机に向かうと、鍵を取り出して引き出しに差し込む。中には封筒が一つそれ以外には何もない。


 そのまま封筒を手に取ると、入っている数枚の書類を改めすぐに戻した。それから、それを鞄に入れると足早に部屋を後にした。


 会社の裏口に出ると、約束通り車が待っている。


「随分早かったじゃないか」


「必要最低限の物しか回りに置かないたちでしてね、これこそ日頃の行いですね」


「日頃の行いねぇ。法律すれすれのことしといてよく言うよ」


「すれすれだなんてそんな。誰がどう見てもド違法ですよ」


「それもそうだ違いねえや。それで、このまま向かえばいいか」


「いえ駅に向かってください。それとこれをあなたに預けます」


 車が動き出すと、鞄から取り出した封筒を茅原の視界に入れる。


「それは?」


「なんてことないただの実験データですよ。あなたの分もあります」


「なんてことないねぇ、確かに俺たちにとっちゃそうかもしれないな」


「ええですが、今それを明るみに出すわけにはいきませんから。駅で私を降ろしたらその足で研究所まで持っていってください。その際遠回りでお願いします」


「別にいいけどよ。随分慎重じゃないか」


「下手に騒がれて知られでもしたら苦労が水の泡ですからね」


「俺としちゃあんな大層な物、使わないに越したことはないんだけどな。この辺でいいか?」


「大丈夫ですありがとうございます。ああそれと、お目付け役が来たら当分あっちには顔を出せなくなりますから、頼み事が増えると思います」


「はいはい」


「それじゃあ向こうにもよろしく伝えておいてください」


 蛭賀が駅に消えたのを確認すると、締めたネクタイを外し、羽織っていたジャケットを脱ぎ、適当にラジオを合わせると郊外に向かって走り出す。


 それから数時間後、空を遮っていた建物は遥か遠く、民家すら成りを潜めただただ開けた土地が続くなか、古ぼけた工場に車の姿があった。


 中に入ると、空っぽの空間に人気はなく、併設された事務所から作業着姿の男が一人だけ姿を現した。


「茅原さんこんちわ」


「どうも。蛭賀のお使いでね、開けてくれる?」


「分かりました」


 男は事務所から鍵を取ってくると、エレベーターの前まで向かう。そうして、呼び出しボタンの下にある鍵穴に鍵を差し込みエレベーターを呼び出すと、それまで静まりかえっていた工場に鈍い駆動音が響き始める。


「それにしても、こんな埃っぽいところで一人だけって、嫌になるだろ」


「いやー、ボーッとしてるだけで給料が出るんですからこれ以上のことはないっすよ」


「そういうもんかね。俺が言うのもなんだけど、もっとマシな仕事探した方がいいぜ」


「またまた、あんな金額出されちゃ転職なんて無理っすよ」


「でも危ないと思わないの? こんなところで地面に潜って一体何を作ってるんだろとか」


「はは、そんな見え透いた揺さぶりやめてくださいよ。何も疑問に思いませんし詮索なんてしたことないっすから」


 扉から到着を告げる音が鳴り、ゆっくりと開いていく。そこには、汚れた工場とは対照的に綺麗に塗装された清潔な空間が広がっている。


「よしいい子だ。そのまま仕事に精進したまえ」


 階を指定して扉を閉じると、天井に張り付いている監視カメラに笑顔で手を振る。そうして、地下に辿り着き再び扉が開くと、長く伸びた廊下が出迎える。


 そこは地下とは思えないほど煌々と照明が輝き、さらに、白く塗られた廊下が天井を写し出している。


 その上を歩いていくと、奥に進むにつれて洗濯機でも動かしているような低い音が聞こえてくる。そして、突き当たりまでやって来きて左にある扉のノブに手を掛ける。


 そのとき、それまで響いていた音がピタッと止まり、意思とは関係なく扉が開き女性が飛び出してきた。


「おっと、おいおい気を付けてくれよ」


 茅原の忠告に耳を傾けようともせず、飛び出した勢いのまますぐそばにあるもう一つの部屋に駆け込む。その直後盛大に嘔吐する音部屋からが漏れだしてくる。後を追い中に入ると、洗面所で俯く女性の姿があった。


「あーあ、これまた豪快なことで。大丈夫か?」


「ちょっと、あんた......、ここ女子トイレなんだけど」


 顔を上げながらかかった髪をかきあげて、涙目になりながらそう答える。


「人が折角心配してやってるのにそりゃないぜ」


「誰のせいでこうなってると思ってるのよ。それとも今からでも代わってくれる気になったの?」


「そうしてやりたいとこだが、丁度こっちも忙しくなりそうでね。いや残念だよ」


「よく言うわよ。その割に随分嬉しそうじゃない」


「あははは、バレたか」


「で、今日は何。冷やかしに来たわけじゃないでしょ」


「そりゃもちろん、麗しの鹿野ちゃんに会いに」


「そういうのいいから」


 ダルそうに手を振って興味のないことをアピールする。


「そりゃ残念。まあ話があって来たんだが、便所で話すこともないだろ」


「なら先に部屋に行ってて、まだ出そうだから」


「はいよ、ごゆっくり」


 トイレを出てエレベーターに向かうと、後ろからまた水が跳ねるような音が聞こえてきた。

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