第13話 国を憂う者

 扉をノックする音が聞こえる。


「どうぞ」


 男は入ってきた来訪者の顔を確認すると、わざとらしい溜め息をついて見せた。


「ま、適当に座ってください」


「失礼します」


 ソファに腰を下ろし、携えたアタッシュケースをテーブルに置くと、男は事務机から立ち上がり来訪者の対面に座った。


「君のその隈を見るのもいい加減辟易してるんだがね。あの人の頼みだから一応場を設け ましたけど」


「ええ、ありがたい限りです。曽利本先生にもいつもお世話になっております」


「それで、あれを持ってきたんでしょ」


「ええそれは勿論。ご覧ください」


 アタッシュケースを開けると、老夫に見せたあの虫のような機械を取り出す。


「先生から話があったと思いますが」


「ありましたとも。馬鹿げた話でしたよ。敵の送ってきたドローンだの未知の物質だの、そんなのお宅のところの解析が甘かっただけでしょう」


 男はこの来訪者を歓迎していないようで、言葉の端々にトゲが出るほど不愉快なようだ。


「そうおっしゃられては私どもの立つ瀬がありません。これでも国防の一端を担っている自負があるんです」


「その国防、ひいては国を混乱に陥れようとしてる張本人がよく言えたものですね」


「ははは、まさか。むしろその混乱の源を炙り出そうとしているんですから。それに防衛大臣の立場上、色々縛られる部分があると想いますから、代わりに自由の効く私どもが調べている訳でして」


 ただでさえ歓迎されていないのに、そんなことを言うものだから、ますます顔に怒りが表れるようになる。


「はぁ、つまり国の代わりに仕事をしてやっているのだと、そう言いたいわけですか」


「とんでもございません。ただ私なりにこの国の為を思って行動しているという話です。どうも、口が過ぎてしまったようで」


 だが、依然として男は不信を顔に出したまま、口を歪めてガラスの中を見つめている。


「まあ、国は個人の妄言に左右されるほど馬鹿ではありませんからね。こっちだって、会社が何をしようと、例え一人の妄言を根拠に動いていたとしても何ら問題は無いんです。だが、それが法に抵触するなら話は変わるわけです。分かりますね」


「ええ、ですからこうやって顔を出してる次第でして」


「なら、未だ妄言の域を出ない話を、裏付けられるだけの確たる証拠を出してください。そうでなきゃ何度顔を出されたって、例え曽利本先生の頼みだってこればかりは聞けませんよ」


「つまり、説得に足るだけの材料さえあれば承諾いただけると」


「それはまぁ、それだけ危機的な状況が差し迫っているのだったら国として動かない訳にはいきませんからね」


 すると、隈の男は少し口角を上げて喜んでみせる。


「実は今日はもう一つ面白い話がありまして」


「私はまだ一つも面白い話を聞いてませんがね」


 皮肉を言われても意に介さず、鞄からファイルを取り上げると、男の前に付き出した。


「これは?」


「読めばすぐに分かっていただけるかと」


 半信半疑に書類を手に取りめくり始める。数ページも読まない内に一層険しい表情を浮かべると、書類を置いて眼鏡を外し、目をつむり目頭をつまんだ。


「これをどこで」


「それはご想像にお任せします」


「道理で何時にも増して憎たらしい顔をしていたわけですか。しかし、一介の勤め人でしかない君が手に入れられる物とは到底思えない」


「ですが、手に入れた。あなたも人が悪い。私の話を妄言だと切って捨てている裏で、こんな面白いものをお持ちになっているんですから。分かります。こんなこと国民にはおろか、他国にだって知られたくはない、そうでしょ」


「やはりこれだけでは『敵』が存在する確たる証拠にはなりません。それに、これは現在完璧な管理下にありますし、穴から誰かやって来たなんてことも確認されていませんよ」


 余裕綽々な態度は変わらないものの、幾分か表情が軽くなり対話の意思を感じさせる。彼はその隙を見逃しはしなかった。


「そう言えば、最近やたらと戦闘機を飛ばしてお忙しいみたいですね」


「領空侵犯があれば発進せざるを得ませんからね。それだけ最近多いと言うことでしょう」


「それにしたって限度がありませんかね。私の情報に間違いが無ければ既に去年の回数を越えたとか」


「はぁ、人の口に戸はたてられないということですか。ええその通りです。ですが、それはちゃんと実体を持った存在な訳で、君の言う居もしない敵のこととは」


「では、一体その内の何回領空侵犯をした戦闘機を目撃しましたか」


「何が言いたい」


「現在確認されている領空侵犯のほとんどが、レーダー上のゴーストの仕業じゃないんですか、と聞いているんです」


 すると、大臣が立ち上がり何も言わずに窓まで歩いていく。そして、そのまま振り返らずに口を開いた。


「君は、一体何を望んでいるんだ」


「勿論、この国を守ることですよ」


「いや違う。君はやはりこの国を崩壊させるつもりなんだよ。確かに君が苦労して集めたその全てが、今実際に起こっている。だが、どうだ。それでも国はいつもと変わらず動き続けている」


「ですが、なにか起こってからでは」


「ならどうする? 穴にミサイルでも撃ち込むか! あっはっはっは」


 その笑いは廊下まで届くほど大きなもので、男は面食らってしまう。


「確かに異常だ。領空侵犯を偽装するなんて舐めたことまでしてきている。だが、それだけだ。それだけのことを一々国民に知らせてどうする? 穴のことだってそうだ。これしきのこと、知らなければ無いのと同じ。いいか、私にはこの国を守る義務と責務がある。だから、君のような存在は正直言って目障りだし、私からすれば君こそがこの国の敵たる存在なんだよ」


「では、私の口を塞ぎますか」


「いや、厄介な存在とは言え君も国が庇護するべき人間には変わりない。だからと言って野放しにする気もない。そこで、君のところに人を送ろうと思う。勿論拒否してもらっても構わないが」


「いえ、それで結構です」


 返答に満足したのか、男は席に戻ってくるとガラスケースを手に取った。


「これはこちらで保管させていただきます」


「もとよりそのつもりでお持ちしましたから。今回も残念ながらご納得頂けなかったようですが、次は良いお話が出来るようにしてきます」


「期待しないで待っています。では、次の仕事がありますから」


「はい、本日はお時間を割いて頂きありがとうございました」


 男が出ていったのを確認すると、電話を片手に、無造作に置いてある書類に手をかける。


「穴、か。忌々しい。ああ私だ、人を一人用意して欲しい」

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