第12話 接点

「なぁ、あの話忘れてないだろうな」


 相も変わらず、授業が終わると早々に険しい顔をした花田が開口一番そう詰めてきた。


「あの話って、例の彼女の?」


「そうだよ。お前約束しただろ」


「忘れるわけないだろ。分かってるって」


 そうは言ったものの、当てにしていた料理バトルは自然に流れてしまったし、正直手がなくなっている。


「しっかし、紹介したからってそのあと上手く行く保証は出来ないからな」


「そこはお前、親友としての腕の見せ所だろ。こう、上手い感じに良い男として紹介出来るように段取りしてくれよ」


「無理だよ無理無理! そんなに仲が良いわけでも無いし、むしろ顔も見たくないのに」


「贅沢な奴だな。なにがどうなったらそんなに歪んだ仲になるかな。知ってるか? お前今じゃちょっとした有名人だぞ」


「へ、なんで」


「何でって、あの先輩と仲良くつるんでる時点で大事なのに、不良にボコられたって噂まで立って」


「お前誰かに喋ったのか?!」


「まさか、話すわけないだろ」


 そうなると、先輩が喋ったかもしくはあの時部室に来ていた男のどちらかだろう。


「何にせよ、あんまり良い噂の立ちようじゃなさそうだなぁ」


「あの先輩狙ってる男なんてごまんと居るからな、今頃お前を殴った不良は祭り上げられてるだろうよ。そんなことより、しっかり話つけてくれよ」


「分かってる分かってるから。なんとかしてみるよ」


 まあ、先の件で少なからず恩を感じてくれる心があれば、そこにつけこんで話を進められなくはないだろう。だが、良く良く考えればそんなご丁寧に舞台を整えるほどのことなのか、疑問がわいてくる。


 そんなに会いたきゃさっさと部室に来るなり、勝手にやってくれればいいんだ。


 放課後になりいつものように部室に向かうが、どうせ今日もこれといった具体案のない集まりになるに決まってるのだ。で、やっぱりその通りなようで、いち早く来ているのにも関わらず、何を準備するでもなく一生懸命にスマホに向かっている先輩の姿があった。


「今日もお早いことで」


「そりゃ部長ですから、後輩よりはやく来るのは当然てもんでしょ」


「それで、その部長は今日何をするつもりなんですか」


「ふふふー、実はちょっとやってみたいことがあって」


「やってみたいこと?」


 今日は珍しくやることを考えてきたらしい。一時はお料理研究会にでもなりそうな雰囲気だったので、もう目的をとうに忘れてるものだと思っていた。


「残念なことにこの部活ってまだ部員三人しかいないじゃない?」


「三人いるだけでも奇跡ですけどね。その内一人はまだ来てませんし」


「だから、この現状を打破するためにもっと目立って学校内外にアピールすべきだと思うの」


「学外は別に関係ない気がしますけど」


「いやいや、もしかしたら私達の活動を知って協力者が現れるかもしれないじゃん」


「まあそこはいいとして、アピールて何するんですか」


「まずは手始めに、SNSでアカウントを作る」


「え、先輩まだアカウント作ってなかったんですか」


「違くて、この部活のに決まってるでしょ!」


 ズイッと僕に向けて指を向けながら前のめりになって言うが、その指を手で左に押し退ける。


「僕は反対ですからね」


「なんで?!」


「なんでも何も、こんな端から見たらとち狂ったようなことをしてるなんて、わざわざ大々的に広められるほど肝がすわってないものでしてね。それを不特定多数の部外者の目の届くところに出ていこうなんて、正気の沙汰じゃないですよ。ネットリテラシーて授業で習いませんでした?」


「ば、バカにしないでよそれくらい覚えてるわよ」


「じゃあ、こうやって目立とうとした若者がどんな顛末を迎えたかも知ってますよね。なら」


「でも、このまま何もしないわけにもいかないでしょ。私はね、私は一日もはやく安心して眠れるように」


 そこまで言い掛けて、机に突っ伏してグズグズと泣き始めてしまった。そうだ、そもそもこの部活はあの夢を解決するたの集まりで、ネット云々を気にしているような立場じゃなかったはずだ。なのに明るく振る舞う先輩を見ている内に、そのことを失念してしまっていたのだ。


「せ、先輩。僕が悪かったですからそう泣かないでください。作りましょうアカウント」


「ほんと!」


 待ってましたと勢いよく顔を上げると、そこには充血した瞳どころか、涙の跡すら確認出来なかった。


「あ! 今の嘘泣きだったんですか?!」


「はて何のことやら。それよりさっさとアカウント作るよ」


「やっぱ無しで、いやいや僕の同情返してくださいよ!」


「勝手に情を掛けてきたのはそっちでしょ~。それに、一度口にしたことにはちゃんと責任を持たないとね」


 有無を言わさずスマホを手に取ると、一心不乱に打ち込み始める。


「何を勝手に」


「や、ちょっと離してよ! これ私のスマホだよ!」


「やっぱ止めましょうって! 勢いに任せた学生が一体何人ネットの渦にのまれていったか!」


「ちーっす、て何じゃれついてんだよ」


 振り返ると高崎がいた。しめた、こいつならこういう面倒事はきっと嫌うはずだ。


「ちょっと助けてよ! たけっちが私のスマホ取ろうとするんだよ!」


「先輩に対して随分な態度じゃねえか」


「違うって! だって部活の宣伝のためにSNSにアカウント作るって言うんだよ」


「良いじゃねえかそれくらい」


「ええ?!」


「ほら、多数決で私達の勝ち~! おりゃ」


 突然先輩の抵抗が弱まり、尻餅をつきそうになる。だが、手にはしっかり奪い取ったスマホ握っている。


「え、あれ諦めたんですか」


「画面、見てみ」


 指先を揺らして勝ち誇ったように見下ろしている。態度からして嫌な予感しかしないが、画面を覗くとそこには正夢研究会の文字で、新しく作られたプロフィール画面が写し出されている。


「ああーまじか!」


「作っちゃったものは仕方ないよね。さてさてどう宣伝しようかなぁ」


 放心する僕の手からスマホ抜き取ると、意気揚々と文面を考え勤しんでいる。


「そうだ、高崎さんこっち寄って」


 寄れと言う割に自分から高崎の方に肩を並べると、スマホを間に構えてシャッター音を響かせる。


「もうちょっとこう、可愛くできない?」


「可愛くったって、あんまりやったことないしなぁ」


 未だに尻を上げる気力が出ない。ああそうか、作ってしまったアカウントなら消せば良いのか。さて、そうなるとどうやって先輩からスマホを渡してもらうかだが。


「たけっちほら、よく撮れてるでしょ」


 そう言って差し出された画面には、こなれているのだろう、良く映えている先輩の顔と恥じを隠しきれない高崎のツーショットが写っている。


「良く撮れてるじゃないですか」


「でしょでしょ、記念すべき最初の投稿だからね」


「投稿? 投稿て、ネットに上げたんですか?!」


「ありゃ、たけっちも写りたかった? ほらほら早速GOODされたよ!」


「今すぐ消してください! ダメですって写真なんか上げちゃ!」


「んなケチケチすんなよ、別に悪いことしてる訳じゃないだろ」


「そうやって甘く見てると痛い目に会うんだよ! それにお前が一番可能性があるんだから」


「んだとそりゃどういう意味だ」


「腐っても不良だからな、またどこで暴力をふるってくるか」


「てめ、なんなら今すぐそうしてやろうか!」


 言うや否や僕の首に腕を回すと、ぐっと力を込めて絞めてくる。


「ぐっぐぅ、ギブギブギブ!」


「あはは! ねえそれも投稿していい?」


 冗談じゃない!

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