第8話 悶々
学校を出て、今我々はたしかキッチンを探しているはずなのだが、先ほどから妙な胸騒ぎがする。先輩が当てがあると言うので頼りにしているのだが、当の本人はスマホとにらめっこしながらたまに足を止めては進路を確認しているようだ。
しかし、それにしてはどうも僕の馴染みある道ばかりを通っている気がする。いや、正確には通っているのだ。毎朝みる交差点に芳しい香りで放課後の空きっ腹を刺激するパン屋。そう、馴染みのある道と表したがここは通学路である。
ここから導きだされる結論、行き着く先は十中八九僕の家であろう。それ以外考えられない。
「先輩、一つ聞いて良いですか」
「ちょっと待っていま地図見てるから」
「地図もなにも、これ絶対僕の家に向かってますよね」
「まっさかぁ! 私がそんな非常識に見えるの」
見えるもなにも、既に数回常識の域を越えた行動をしていることを本人は自覚してないのだろうか。
「どこでもいいけどさ、ちゃんと辿り着けるんだろうな」
「大丈夫! スマホは賢いからね」
いくらスマホが進化しようと、主人がアホではどうしようもない話なのだが、今はそれが先輩に当てはまっていることを祈るしかあるまい。が、祈っている間にも通学路をどんどん遡っていき、いよいよ先輩がアホなのかはたまた地図が読めるのか答え合わせの時が近づいてくる。
そして、交差点を曲がり、一つ行ったところで先輩は足を止めた。
「やっぱり僕の家じゃないですか!!!」
「あれー、そうだったの? スマホが案内してくれただけだから私知らなかったよー」
白々しい、嘘が下手なら演技も下手ときたものだ。
「て言うか、なんで僕の家知ってるんですか。返答次第じゃお縄について貰いますよ」
「ふふん、あまり私を舐めないほうがいいよ。後輩の家を特定するなんて人気者の私にしてみれば朝飯前よ」
「うわ、怖い女。お前もうちょっと絡む相手選んだ方がいいよ」
「もう遅いですよ」
そもそもこの付き合いを始めたのは僕ではないし、それに加えてその怖い女がもう一人横にいるのだから目も当てられない。それにしても、この常人ならざる行動は普通であれば絶縁ものだが、先輩が抜けた人であると知っているし、更には顔がいいと言うだけで許してしまいそうな自分がいるのが非常に腹立たしく、なによりも情けない。
「じゃ、僕はこのまま帰りますんでまた明日」
「いやちょいちょいちょい! 何のためにはるばるここまで来たと思ってんの?」
「そんな大袈裟な、精々10分かそこらじゃないですか」
「乙女の足は繊細なの、それに折角来たんだしお邪魔させてよ~」
「俺は別にどうでもいいけどな」
「どあつかましいにも程がありますよ。なにが目的か知りませんけど、こういうことをされるなら僕だって」
「はい、お邪魔しまーす」
ピンポーンと家の呼び鈴が押される。
「なにやってんですか?!」
「はーい、どちら様でしょうか」
玄関が開き中から母が顔を出す。
「こんにちわ、初めまして私、黄竹君と同じ部活に所属してる紙音と言います」
「初めまして! 高崎です」
「あら~、どうも初めまして勇治の母です。何あんた友達つれてくるなら連絡しなさいよも~」
「や、これは手違いというか」
何を律儀に挨拶してる場合ではないだろう。不良も不良で外面がいいと言うか、世渡りが上手いと見えて礼儀正しいものである。
「さ、どうぞ上がって上がって。まさか来客があるなんて思ってなかったから散らかってるから恥ずかしいわ」
「そういうことならまた後日にして貰うから今日はこの辺で」
「お言葉に甘えさせていただきます!」
「お邪魔しまーす!」
ここまで話が通じないとくると、どうもこの二人は使っている言葉が違うのだろう。全然言うことを聞いてくれない。それに興味ない素振りをしていた癖に、不良もちゃっかり上がり込んでいるし、母もまさか息子を殴った相手を招き入れているとは思ってもないだろう。
「でも、お母さん勇治が高校生になって初めて家につれてくるのが女の子だとは思ってもみなかったわぁ。それに二人も」
「勇治君は彼女とか居たことあるんですか~?」
「まさかまさか、女の子と遊んでるところさえ見たことないのよ」
「たしかにそう言うタイプの顔じゃ無いしなぁ」
気分を良くした母にプライバシーの文字は効かず、知る限りの我が半生の情報と、恥部を聞き出そうと躍起になる二人の応酬に耐えられるほど、高校一年生の体は頑丈にできていないのだ。頼むから誰か助けてくれ。
「ああごめんなさいね。こんなにお喋りしちゃって、おばさんと話しててもつまらないでしょ」
「そうだよ喋りすぎたよ!」
「勇治君お母さんに向かってヒドーイ。むしろ楽しかったですよ色々教えて貰えましたし~」
「うんうん、ところでお母さん折り入って相談があるんですけど」
「あら、何かしら」
「実は料理の練習をしたいんですが、使えるキッチンが無くて、ここのキッチンを貸して欲しいんですが」
「いいじゃない料理。ゆくゆくはそう言うスキルも活用できる日がくるかもしれないしね。でも、困ったわ」
いいぞ、そのまま断ってしまえ。そもそも都合も考えずにいきなりこんな頼み事、誰が引き受けてくれるものか。
「今日はもうお夕飯の支度をしなきゃいけないから、明日またいらっしゃいな。あんまり長いことは貸してあげられないけど使ってもいいわよ」
「ありがとうございます!」
終わりだ。明日から地獄の日々が始まることが今ここに明言された。
今日は大人しく帰ることが決まったので、仕方なく玄関まで見送る。
「ろくなお構いも出来ずごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ突然お邪魔してすみませんでした。じゃ、勇治君また明日ね」
「じゃあな勇治くん」
「さようなら紙音さん、高崎さん」
ありったけの感情を抑えて発した別れの挨拶は、漏れでた怒りのせいで震えていた。というか、揃いも揃って勇治くん呼びなのが一番気に入らない。
「で、あの二人のどっちがそうなの?」
「そうとは?」
「そんな惚けなくたって、どっちが好い人なのかなぁって」
「あっはっは、冗談きついわ。そもそもそう言う関係ではないしそうであっても母さんには言わんわい!!」
「お母さんは紙音ちゃんがいいと思うの。明るいしハキハキしてたじゃない?」
「話を聞いて」
「あ、分かってると思うけど、そういうときになったらちゃんとゴムするのよ」
「ほっといてくれよ!」
何故父はこんな人と結婚したのだろうか。こんな辱しめを受けるくらいなら産んでくれなくてよかったのに。
「あら、どこいくの」
「部屋だよ、入ってくんなよ」
階段をのぼる足に力が入る。胃の上の辺りがムカムカしてしようがないので、自室に籠ってイヤホンをし、音楽をガンガンにかける。そうして、必ずやこの屈辱を晴らすために、高崎をコテンパンに負かすのだと心に誓う。
いや、高崎に終わらずどうにかして先輩にもこの借りは必ず返すのだ。
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