第7話 どうしようもない話
「その後はどうよ、不良は」
「よくぞ聞いてくれた。実はな良い具合に話が進んでよ、奴に一泡吹かせられそうなんだよ」
「ほー、そりゃまたなんで」
「まぁ、どういうわけか暴力以外の健全な趣味が欲しくなったらしくて、料理をするって言い出したんだよ」
「料理ねぇ、いいじゃん。健全な肉体作りには健康的な食事が欠かせないからな」
「そんで、ちょっと挑発してみたら料理の腕で競うことになってね。上手く作れた方が何でも言うこと聞かせられるって話まで発展したわけよ」
「あはは、そりゃそいつもアホな奴だなぁ。お前毎朝料理してるんだろ? だったらまず勝ち目は無いじゃねえか」
「不良の負けん気が災いしたってわけよ」
「そういや、あの娘はどうしたよ」
「あの娘?」
周りに聞かれたくないらしく机越しに顔を詰めて声を潜める。
「ほら、昨日放課後来た金髪の娘だよ」
「あー」
そうか、花田はまだあれが不良の正体だと知らないのだ。
「どうって、特になにも」
「わざわざ教室まで探しに来て何もないって関係じゃあるまい。もしかして彼女か?!」
「バカなわけあるか!」
「ほんとか? 俺とお前の仲だ嘘はなしだぜ」
「当たり前だろ。それにあの先輩と同じ活動してるのに他の女子生徒に目移りするかよ」
特にあの不良だけは絶対にあり得ない。
「そっか」
「なんだなんだ。もしかして惚れてんのか?」
「だとしてもお前には関係ないだろ」
「やめとけやめとけ、あんなの周りより少し顔が良いだけだろ。2,3分会っただけの相手に惚れるも糞もないだろ」
それでも花田は首を横に振る。
「分かってないなぁ、俺みたいな規則に縛られた部活やってるとな、ああいう校則違反上等みたいな髪色で、それがまぁ無機質な学校で映えるわけですよ」
「はぁ、よくわからん趣味だなぁ」
「まぁ、そこで相談があるんだ。俺とお前は親友と言ってもいい仲だろ」
「なんだよ藪から棒に。よくそんな恥ずかしげもなく言えるな」
「まぁまぁ、そこでつきましては是非あの麗しの彼女を紹介してもらえればと」
「えぇー、やめてくれよ」
その惚れた相手を僕はこれから負かさんと意気込んでいるのだ。紹介の場を設けるなんぞ誰が出来ようか。
「そこを何とか、頼むよ!!」
自分で声を潜めた癖に、躍起になっているものだから周りに響くような声で迫ってくる。
「そうは言ってもなぁ、んー」
そもそも、あの不良に頼み事ができる程の仲でもないのだ。何かつてでもあれば話は別なのだが、いや待てよ一つある。
「まぁ、確約は出来ないけど尽力してみるよ」
「まじか! いやーありがたい」
「あんまり期待しないでくれよ」
花田が部活に向かったのを見送り、自分も部室に足を運ぶ。
「まだ誰も来てないか」
当然のように三つ並んだ机の一つに腰を下ろす。あのよく分からない共通点が無ければ会うことの無かった三人。先輩とお近づきになれたのは嬉しいけど、我が儘を言うならこんな共通点を介して出会いたくはなかった。
「お疲れー」
「ああ先輩、お疲れ様です」
「そうそう、高崎さん今日来ないって」
「ほんとですか?!」
「何嬉しそうにしてんのよ。同じ部活仲間でしょ」
「ええまぁ、それでどうして」
「なんか絶対負けたくないから家で練習するんだってさ」
「あー、あの話ですか。今週末でしたっけ」
「そそ、だからしばらくは部室に顔出さないかもね。たけっちはやらなくていいの?」
「大丈夫ですよ、練習が要らないくらい毎日作ってますからね」
「お、その自信は大分腕が立つとみた」
「いやそんな、なんだったら食べてみます?」
「それは、つまり、デートのお誘いかな?」
言われて気がつき、顔が熱を帯びてくるのが分かる。
「いや、まさかそんなんじゃないですよ。あんまりからかうのもやめてくださいよ」
「なーんだ。別にからかってるつもりは無いんだけどなぁ」
澄ました顔でそんなことを言ってのけるが、僕のような男が、先輩と吊り合っている部分など一欠片も無ければ、先輩自身がそのことをよく分かっているはずだ。だとすれば、これがからかいで無くてなんになる。
「料理の方もいいですけど、あくまでこの部活主旨は夢の解決ですからね。忘れないでくださいよ」
「言われなくても、毎日忘れさせてくれないからね。でもぶっちゃけ手詰まり感が半端無くない?」
「ええ、そもそもこんな特殊な境遇の人間が二人も集まったのだって奇跡みたいなものですから。カウンセリングでも受けてみますか?」
「冗談、そんなことしたって何にもならないわよ」
「そうですよねー」
外れそうな勢いで部室の扉が開かれる。音の主は相も変わらずあの不良である。この調子ならいい加減あの扉が壊れてもおかしくないだろう。
「今日は来ないはずじゃなかったんですか?」
「それがよー、聞いてくれよ。なんなんだよあの本は」
もう少し順序だてて話してくれないと、現国がいくら得意な人でもこれではなにも汲み取れないだろう。
「本て、もしかして料理の?」
「そう、そうだよ」
すごい。先輩の現国の成績はもしかしたら学年一位なのではないだろうか。
「大さじとかこさじとか、適量とか意味わかんねぇことばっか書いてあるし、匙なんかどれも一緒だっての」
「ああー、そこでつまずいちゃったか。て言うか大さじこさじの話は家庭科でやらなかった?」
「んなもん全部ブッチに決まってんだろ。素人が作った飯なんか食えるかっての」
「そんな調子でよく料理なんてする気になりましたね」
「そりゃお前、自分で作るのと話は違うだろ。とにかく、やっぱり本読むのは性に合わねえや。紙音~教えてくれよ~」
「教えてって言われてもなぁ、私そんなに得意な方じゃないし。そうだ、たけっちに教えて貰えば?」
「えぇ?! なんで僕がそんな敵に塩を送るようなことをしなきゃいけないんですか」
「はぁ? そんなのこっちだってお断りだね。なんでこんな奴に」
僕が提案したわけでもないのにこんな奴呼ばわりとは、ますます腹の立つ奴だ。
「いやでもさ、初心者相手に一週間後いきなり勝負てフェアじゃない気がするし、それなら手の内を晒したほうがまだマシかなって」
「んー、確かにそれはあるかも」
「いやいやいや、それじゃ僕になんのメリットもないじゃないですか」
「メリットもなにもそもそもこれはたばこにに代わる趣味を見つけるって話だし、ちょっとは協力してあげなよ~」
「うんうん、それに女に優しく出来ない奴は将来ろくな男にならねえぞ」
他人を思いやれない奴がどの口で言ってるのか。呆れて反論する気にもならない。
「はいはい、仰せのままに。言うこと聞けばいいですよね」
「おっし、ならそれで決まりな」
見るからに機嫌よくなっているが、敵にものを教わるなどこいつは恥を知らないのだろうか。
「じゃあとりあえず本だしてください」
「本? ああそれなら捨てたよ」
「へぇ?!」
「だって、読めないもの持ってたってしょうがないだろ」
ある意味合理的と言うかなんと言うか、本能のままに取捨選択をした結果がこうなのだろうか。
「まぁ、今どきネットにレシピなんてゴロゴロ転がってるから、それより料理するならキッチンがいるよね?」
「まぁそうですけど、当てでもあるんですか」
「ふふふ、そこは抜かり無いよ」
そう笑う先輩の顔は、どこか含みを持たせていた。
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