第6話 脱線

 ホームルームを終え、皆談笑混じりに身支度を始めるが、僕は一人これからのことを考えると、鞄を持つ気にならない。


「どうしたんだよそんなに暗い顔して」


「いや、実は先週酷い目にあって」


 部活の詳細などは伏せたが、不良に絡まれたこと、そのあと体育の林田に不良との関係を疑われたことを話した。


「で、これ見てくれよ」


 ワイシャツをめくって腹を見せる。


「うわ、酷いアザだな。痛くないんか?」


「痛いに決まってるだろ。体洗うときとか悲鳴もんよ」


 あのあと殴られた部分がアザになってしまったのだ。内蔵が破裂してないのが不思議なくらいくっきりと痕が残ってしまった。


「でも、そいつこれから来るつもりなんだろ。どうすんだよ」


「だから困ってんだよ。はぁもうどうすっかなぁ」


「俺が行って追い払ってやろうか」


「いや、それで喧嘩にでもなったら傷害だなんだって迷惑かけそうだし遠慮しとくよ」


「そんな気つかうなよ」


「だってもうすぐ試合なんだろ。自分のことは自分で解決するよ」


「そうか、まあ何かあったらまた相談してくれや」


「恩に着るよ」


 彼はこうして昔から僕のことを気に掛けてくれ、その度に何度も助けられた。だから、そんな大事な友達に迷惑は掛けたくないのだ。


「なんだまだこんなとこにいたのか」


 その声を聞いた瞬間、全身から汗が噴き出す。頭ではなく体が恐怖を覚えてしまっているのだ。


「なんだよ無視すんなよ」


 席まできた不良に肩を叩かれ、体が跳ねてしまう。


「そんなにビックリすることないだろ」


「いやははすみません」


「なんだなんだ、お前先輩と言うものがありながら」


 気付けェー! 茶化してる場合じゃないだろ、このパツキン見れば例の不良だって分かるだろ!


「ん、友達か」


「どうも。花田圭典はなだけいすけです。バスケやってますよろしく」


「おうよろしく」


 恐怖する僕をよそに、頭上で挨拶が交わされる。なまじこの不良は顔がいいので、花田は口の悪い女の子くらいにしか思っていないのだろう。


「じゃ、悪いけど部活行くからまたな」


「はい、また会いましょう。明日もここで駄弁ってますんで」


 不良に肩をがっちり掴まれながら、部室まで連行される。少しでも大事な友達だと思った僕がバカだった。


 部室に入ると先輩が申し訳なさそうな顔をして席に着いている。さては、この不良に居場所を教えたのは先輩だな。


「よし、じゃあ全員揃ったし始めるか」


「はあ」


「で、なにするんだ」


 仕切っている癖に何も案がないのはいかにも不良らしい。


「はい、その前に私たちあなたの名前すら知らないんだけど」


「ああそういや教えてなかったっけ。上が高崎、下が陽葉あきはだ」


 こちらとしてはよろしくするつもりなど毛頭無いのだが、適当に愛想よく笑っておく。


「で、何すんだよ」


「何って、なにするんですか」


「え?! 私? うーん」


「んだよ使えねぇな」


 自分のことを棚にあげておいてよく言う。やはり不良は口だけは達者なようだ。


「ようはあれだろ、睡眠の質が上がればいいんだろ。だったらいい考えがあんだけど」


 あの呪いのような夢が、眠りの質云々で解決できるとは到底思えないが、他に案も出そうにないので乗っかってみることになった。


「それで、その案とやらがここですか」


「まさか、学校を出てここに来るとは」


 先輩と二人してその建物を見上げていると、高崎は一人上機嫌で自動扉を潜っていく。


「おいおい意外と広いじゃねえか、なぁ!」


「先輩、僕家具屋であんなにはしゃぐ人初めて見ましたよ」


「同感。て言うかここであれが解決できると考えられるのがスゴい」


 高崎から2、3メートル離れたところで先輩と、動物園の珍獣をみたときのような反応をしていると、寝具コーナーまでやって来ていた。


「うはは! ほら触ってみろよふかふかだぞ」


「ははあそうっすね」


「てか、なんで枕なの」


「そりゃ自分に合った枕にすればよく眠れるようになるだろ。そしたらあの胸糞悪い夢も見なくなると」


「え、それだったら既製品よりオーダーメイドとかの方がいいんじゃないんですか」


 展示品の枕で遊んでいる手がとまった。


「あ、あれ見ろよ低反発だってよ」


「今絶対聞こえてましたよね」


「うん絶対聞こえてた」


 すると、高崎が向きを変えてこちらを睨み付けた。


「なんだよさっきから。じゃあどうすりゃ良いか言ってみろよ!」


「それはその」


「俺だってほんとはこんなとこ来たって解決出来ないって分かってる。でももうあんな夢見て過ごすのはうんざりなんだよ!」


「分かった、分かったから落ち着いて。ね、また一から一緒に考えよ」


 先輩がなだめると、落ち着きを取り戻したのか額の青筋が引いていく。


「分かった。寝不足でちょっと熱くなりすぎたよ」


「それじゃあ折角駅まで来たし、何か美味しいものでも食べに行かない?」


「え、これからですか」


「そ、甘いものは頭の回転良くするって言うでしょ。私この辺で食べてみたいものあるんだよねぇ」


「まぁ悪くないな。おっしゃ行こうぜ」


 この暴君を鎮めるとは、先輩も案外やるものだ。


 店に入るとテーブル席に通され、思い思いの注文を済ませる。


「高崎さん甘いものたべるんですね」


「なんだよ悪いかよ」


「や、あんな苦々しいパンチをしてくる人でも甘いもの好きなんだなぁと思っただけです」


「分かってないなぁ、女の子はみんな甘いもの好きなんだぞ」


「はぁ」


 先輩は性別が一緒という唯一の共通点に、親近感を覚えてるようだが、僕は心底面白くない。


「高崎さんて、普段何してるの」


 先輩が運ばれてきたアイスをつつきながら藪から棒に質問する。


「んー、何って言われてもなぁ。バイトしてタバコ吸って、そんなもんかなぁ」


「えータバコは体にワルいよ辞めなよ」


「俺だって好きで吸ってるわけじゃねえよ。朝起きたら一服しないと落ち着かねぇんだからしょうがないだろ」


「あーそういう。じゃあさ他のストレス発散方法考えようよ」


「そんなこと考える前に夢の解決が先なのでは?」


「いいの! どうせ一朝一夕でどうにかなる訳じゃないし」


「他って言われてもなぁ」


「例えばジョギングとか。どうせ朝早く起きちゃうんだし健康的な方がよくない?」


「パス。そんな朝っぱらから走る気力なんてねぇよ」


「んー、たけっちは何かないの」


 飲んでた水が気管に入ってむせる。


「っとたけっちて何ですか?!」


「いやほら、きたけじゃ呼びにくいし。そんなことより案だして」


「案て、僕は朝早く起きたときにいつも料理してますけど」


「へー意外、料理とかするんだ」


「は、軟弱な野郎のやりそうなこった」


 軟弱と言われようが、暴力が趣味な女より随分ましだと思う。


「でも、料理か......」


「お、興味でた?」


「こんなガサツなやつが料理なんて出来るわけないですよ」


「てめぇ、言うじゃねえか」


「こらなんで意地悪言うの」


「いやいやいや、人の腹にアザ作るようなやつが料理なんて、人を殴るときみたいにぼこぼこにするのがオチですよ」


「ちょっと!」


 高崎が両手でテーブルを打ち付けながら立ち上がり、辺りが静まりかえる。


「そこまで言うならやってやろうじゃねえか。ただ、もし俺が料理出来るようになったら何でも言うことを聞いて貰うからな」


「そんな条件をのむ義理はないですけど、どうせやれっこないですしノってあげますよ。そのかわりダメだったその時は僕の言うことを聞いて貰いますからね!」


 どうやらこの女に復讐するチャンスが巡ってきたようだ。

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