第5話 乱入部員

 突然の訪問者に一同顔を見合わせて固まってしまう。誰かの知り合いだと思い順々に目配せするが、二人とも心当たりはないようだ。


「おい、黙ってねぇで何とか言えよ」


 ドスの効いた声で詰められ思わず萎縮してしまう。二人の知り合いでないならこの不良の目的はなんだろうか。もしかしてお礼参りとか。


「まあそうカッカするなよ。僕たちになにか用かな」


 流石年上だけあって、物怖じ一つ見せず若村さんが間に入ってくれる。


「てめぇがここの代表か」


「いや、俺はそういうあれじゃないけど」


「んだよ、なら引っ込んでろ!」


 不良が若村さんを掛けて押し退けて前に出てくる。突然のことに力負けしてしまったようだが、すぐに向き直り不良を止めようと肩に手を掛けた。先ほどまであまりいい気分では無かったが、今は若村さんが頼もしく見える。


「ちょっと待てよ」


「気安く触んじゃねぇ!」


 不良が手を払い除けると、そのまま後ろ足で爪先を踏みつけ若村さんの表情を歪ませた。そして、若村さんが自分の足に視線を移した瞬間、不良は身を翻しネクタイを掴むと一気に体を引き寄せた。


「いいか、てめぇに用はねえがこれ以上邪魔するようだったら容赦しねえからな」


「な、なにを」


「返事は?!」


「は、はひ」


 こうなってはもうだめだ。完全に闘争心を削がれた若村さんは、ネクタイを放されると小さく悲鳴を上げながら逃げるように教室を出ていった。


「で、どっちがここの代表だ」


 そう言って、獲物を見定めるように俺と先輩を睨み付けてくる。代表とは恐らく部長のことを指しているのだろうが、その場合必然的に先輩のことになる。


 先輩を見ると唇が小刻みに震え、歯の擦れる音も聞こえる。そのとき、先輩が僕にウィンクをして見せた。そして、意を決したのか勢い良く椅子から立ち上がると不良に向き合う。男として情け無いが、今とても先輩が輝いて見える。


「あ、あの」


「あぁ?!」


「こいつが部長です!!!」


 先輩の指が僕の方をむく。


「ええええええええええええ?!?!!」


「てめぇか!」


 不良がぐるりと首を曲げ鋭い眼光をぶつけてくる。


「や、ちが、先輩?!」


 先輩に訴え掛けようとしたが、目の前の机が蹴飛ばされ不良が前に立ちふさがり逃げ場を失う。


「てめぇがあんなふざけたポスター貼りやがったのか!」


「そうです! そいつが文章も考えました!」


 先輩の中では既に僕が生け贄になることが決まっているようで、間髪いれずに裏切りの援護射撃が飛んでくる。


「そ、いや違う」


「何も違うもんか!」


「はぃすみません」


 もう味方は居ない。ああ、このまま訳も分からずミンチにされるに違いない。殺意に満ちた視線に、ゴリゴリと寿命が削られていく気分だ。


 不良の顔が大きくなったと思ったら、首根っこを掴まれ立たされていた。いよいよ死を覚悟する。


「いいか、一度しか言わないから良く利けよ」


「はぃ」


「てめぇが犯人か?」


「は?」


 みぞおちに強烈な痛みを覚え、思わずよだれが出てくる。どうやら痛烈なグーパンチをお見舞いされたらしい。


「最近全然寝てなくてただでさえ頭にきてんだ、あんまりイライラさせんなよ。どうやってんのかは知らねぇがてめぇが糞みたいな夢の原因なんだろ?」


「うっゆ、夢?」


「そうだよ! 毎晩毎晩あの夢を見せてんのはてめぇだろ! あんなポスターまで貼っておちょくりやがって何のつもりだ! あぁ?!」


「ちょっと待って!」


「なんだてめぇも邪魔する気か?」


「そ、そうじゃなくて。夢てもしかしてあの、殺されるやつ?」


 いきなり不良の手が首からはなれ、椅子に腰を打ち付けた。


「なんだ、こいつの方が話がはええじゃねえか。知ってること全部話せよ」


「いやあの、知ってるて言うか私もね見るの同じ夢を」


「はぁ?」


「毎晩毎晩みんな殺されて、最後に私も殺されて、そう言う夢をずっと見てるの。もしかして、あなたもそうなの?」


 不良が頭をかきむしる。


「あのなぁ、女だからって殴られないとでも思ってんのか」


「違うの! ほんとに」


 この流れは不味い。あれは相手が誰であろうと容赦しないタイプだ、殴られた本人が言うのだから間違いない。


「待って本当なんです。とりあえず落ち着いて話を聞いてください」


 正直理不尽な暴力にはらわたが煮えくり返っているが、あんな裏切り者の先輩でも殴られるところはみたく無いもので、そうなるよりましだと頭を下げる。


「......調子狂うな」


 そう呟いたのが聞こえ、頭を上げると不良は窓に向かっていた。そのまま窓を半開きにすると、ポケットから箱を取り出した。


「あの?」


「ちょっと黙ってろ」


 箱を開けると中から白い棒を摘まみ口に咥え、ライターを片手に慣れた手付きで火をつける。タバコだ。


「名前は」


「へ?」


「名前だよ名前」


「黄竹です」


「紙音です」


 吐いた煙が窓から風に流れて消えていく。気のせいかさっきよりいくらか落ち着いた顔つきになっている気がする。


「はぁ、湿気た部屋だな」


「はぁ」


「で、一体あの胸くそ悪い夢はなんなんだよ。なんか知ってんだろ」


「いや実は、僕たちもつい最近この活動を始めたばかりで、何も分かってないんです」


 不良は何も言わず、じっとこちらを睨み付ける。


「すみません......」


 思わず謝ってしまった。


「じゃ、なんであんなポスター貼ったんだよ」


「それは私と同じ悩みを持ってる人がいると思って、そもそもこの部活だって悩みの解決のために作ったわけだし」


「嘘ついてないだろうな」


「ないない」


「ないです。もう殴られたくないですし」


 吸っていたタバコをサッシに押し付けると、ピンと窓の外に跳ね飛ばした。


「はぁぁぁぁ、なんだよ。俺はてっきりお前らが嫌がらせしてんのかと思ったんだけどなぁ。くっそ」


「顔も知らない人にそんな高等な嫌がらせするわけないじゃないですか。見るからに怖そうだし」


「あ?」


「なんでもないです」


「じゃあ、誤解も解けたしそろそろお帰りになられては?」


「は? 何いってんだよ。おい黄竹、机戻せ」


「はあ」


 何故被害者の僕が机を戻さねばならないのか、滅茶苦茶文句を言ってやりたいがここで死にたくはないので、ひっくり返った机をもとに戻す。


「戻しました」


 そう伝えると、無言でこちらに向かって来て、僕の座っていた椅子にドカッと腰をおろした。


「なに突っ立ってんだよ。原因解明すんだろ、お前も机持ってこいよ」


 先輩と顔を合わせる。訳が分からないと言いたげに先輩は目を見開き、僕も首を振って答える。


「え、てことは入部するってこと?」


「そうだよ、悪いか?」


「や、全然そんなことないですよ。ねえ先輩」


「う、うん」


 嘘だぁ! こんな結末があってたまるか。絶対に嫌だしこんなことになるなら先輩が殴られてる方が幾分か良かった。


 バダァン! とまたしても教室の扉が轟音を立てる。正直もう振り替えるのも嫌だが、見ると体育教師の林田が立っている。


「ゴラァ! 高崎またお前かぁ!」


「やべ!」


 跳ねるように立ちあがると、半開きになっていた窓に手を掛けて全開にすると同時に床を蹴り、スカートがフワリと浮き上がる。


「またな!」


 悪夢のような台詞を吐いてそのまま外へと逃げていった。白だった。

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