第4話 招かれざる客

 女子生徒が二人、向かい合って話している。


「正夢研究会?」


「そ、自分の見た夢について調べてるの」


「また飽きもせずそんな変なことやって、そんなんじゃ折角の美貌が泣くよ」


「えー、でも後輩も出来たし楽しいよ。綾香も入る?」


 一人が額に手を当てて首を振る。


「まーなんでもいいけどさ、変人扱いされないように精々頑張れよ」


 そう言って席を立って鞄を掴んだ。


「あれもう行くの」


「真咲も部活作ったんなら早く行きな。それじゃね」


 返事を待たずして、どこへ行くとも告げずにそのまま教室を出ていった。


「私も行きますか」


 *


 無理矢理部員にされたのだから、毎日顔を出さねばならない理由はないのだが、やはり足が向いてしまう。


 自分本意な部分が露呈しようとも、美人な先輩と話せるのだからと部室に顔を出してしまうのは、これは男としてどうしようもない本能なのだろう。


 昨日と同じように机にを並べ、暇なついでに黒板を掃除していると先輩が姿を現した。


「あれもう先に来てたんだ」


「ええまあ、基本暇ですから」


「じゃあ毎日来れるね! あそうそう、昨日のあれ見た? 『都市伝説を追え!』て番組」


「あーやってましたね。見てないですけど」


「ちょいちょい、仮にも正研の部員なんだからもっとオカルトにのめり込んでくれないと」


「正研なんて略したりしてますけどまだ正式な部活じゃないじゃないですか。で、それがどうしたんです」


「日本の地下奥深くに眠る地下神殿て話だったんだけど見てないならいいや。それより今日はどうする?」


「どうするって、昨日部員の募集の仕方を考えてくるって話になったじゃないですか」


 それを聞いて先輩はハッと口に手を当てて驚いたような素振りを見せる。


「もしかして考えてきてないんですか」


「いやー、だって都市伝説見てたし。それより考えてきたんでしょ、教えて教えて!」


 そう言って席に着くと、こっちに来るように手を招いて催促してくる。それに応じて、メモ帳を取り出し机の真ん中に広げて見せた。


「発案した本人が呑気にテレビを見てたってのに、真面目に考えてきた僕がバカみたいですよ」


「そんなことないよ、いやー優秀な後輩を持って幸せだなぁ」


 調子のいいことを言ってメモを手に取ると、意外にも真剣な顔つきで文を読み始めた。


「どうですか、僕は良い案だと思いますけどね」


「んー、正直言って微妙かなぁ」


「どうしてですか」


「だって、この面談形式で入部希望者を募るとか、夢についての相談形式で目星をつけるとか、二人だけでやるのは時間がかかりすぎるじゃん」


「まあ、確かにそうですけど」


「それになんの実績もない部活に相談しに来てくれる人はいないでしょ」


「その点は大丈夫です。先輩の名前を出せばきっと嫌と言うほど来るに違いありませんよ」


 先輩は首を大きく横にふるとともに、大袈裟に手をバタつかせ拒否の姿勢を見せる。


「いやいやいや、そんな私の美貌で釣るようなことはしたくないし、第一美人の安売りなんてもっての他よ!」


「はぁ」


 これまでの先輩の言動や、僕のような後輩と交友を持つものだから、てっきり自分の容姿に関して無関心だとばかり思っていたのだが、自分が優れた容姿を持っていると自覚しているのは意外であった。


 だが、鼻にかけたような言い方が少々癪に触ったので、少し意地悪をしてみる。


「僕は別に先輩が美人だから人が来るだろうなんて言ってないんですけどね。なんでそう思ったんですか?」


 罰の悪い顔を見せ目をそらしてしまった。


「うっ、いやそれはそのー、言葉のあやというか。でも実際そうでしょ? 私かわいいし、それをあてにして計画たてたんでしょ」


「まあそうですけど」


 すると、うってかわって魚が水を得たようにイキイキし始め、あの維持の悪い笑顔を向けてきた。


「今私がかわいいって認めたよね!」


「や、それは」


「へぇそういう風に私のこと見てたんだぁ。ふーん」


 人の揚げ足取るつもりが自分の足を取られるとは、人間慣れないことをするものではない。


「とりあえずその事は一旦置いといて、僕の案が気に入らないなら代替案を出してくださいよ」


「えー置いとかなくていいのに~」


「いいから!」


「こわーい。んーとそうだなぁ、やっぱり掲示板にポスター貼るのが手っ取り早いし良くない? 勿論私の名前は無しでね」


「それだと普通の人が来ちゃいますよ。毎晩ぐっすり眠れてる悩みのない人が」


「んー、じゃあもう正直に書いちゃえば? 毎日自分が死ぬ夢を見る人募集中て」


 それの文面だとただの痛い奴か、奇人変人の集まりと捉えられかねないが分かって言っているのだろうか。


「そもそも、この学校に先輩と同じ悩みを持つ生徒が居るとも限らないんですよ」


「ううん、絶対いる。私が君を見つけたような運命にまだ出会っていない人が必ずいるはず! だって青春てそういうものでしょ」


 その不吉な夢に心踊らせる青春論は先輩独自の物のように思えるが、なんにせよよくこんな恥ずかしい台詞を物怖じせず言えるものだ。僕なんて面と向かって運命だなんだと言われているだけで表情を崩しそうなのに。


「あ、運命てそういう意味は含んでないからね」


「忠告されなくったって分かってますよ。まあ部長がそう言うなら従いますけど、ほんとに先輩の名前はいれなくていいんですね?」


「それは絶対無理!」


 先輩の名前もないような滅茶苦茶なポスターを貼ったところで、絶対に人っ子一人来やしないが、この空間に邪魔が入らないのならそれはそれで、僕が特別でいられる期間が延びるのだからいいのかもしれない。


「じゃ、文面はちゃんと考えてくださいね」


 それからいくつか募集の文章を考え、一つ案が出る度なるべく人の常識から外れないように、それでいて決して人の興味を刺激させないような言葉に直していった。


 そうして出来上がったのが、『毎日死ぬ夢を見る人のみ募集中。場所は一階廊下奥角の部屋』の簡潔な文章と最後小さく右下に正夢研究会の名前。


 おおよそ部員募集のポスターとは思えない構成でどう考えても人目を引くことは出来ない。それに加えて既に新入生に対する勧誘活動も終わった時期であり、ただでさえ面白みのないポスターに時期の悪さも相まって向こう一年は誰も来ないだろう。


 ポスターを貼ってから三日目遂にこの日までここを訪ねる生徒は居なかった。


「ぬぇぇぇ! ほんとにちゃんと貼ってきたの?! 全然誰も来ないんですけど」


 机に上半身を押し付け、足をバタバタさせながら不貞腐れた先輩がそう嘆いている。


「ちゃんと貼りましたよ。正面玄関から職員室前の掲示板に至るまで貼りに貼りましたよ」


 机に潰された胸に視線が行きそうになるのを我慢しながら、やることはやったのだとアピールする。


「じゃーなんて来ないの! やっぱり文章が寂しすぎたんだよ」


「いやいや、あれくらいの方が逆に人目に止まるんですよ。テレビでもやってました」


 そんなことテレビでやるわけがない。


「まだ一週間たってませんし、もう少し待ってみましょうよ」


 失意に沈む先輩を横目に、秘かにこの状況が続くことに心踊らせていた。


 だが、それも数秒の内に砕け散った。戸を叩く者が現れたのだ。


「紙音こんなとこに居たのか」


「若村じゃん。どーもどしたん?」


「どうしたって、これから皆で遊びに行くんだけど来ないかなって」


「やー、今日はいいかなまた今度誘って」


「そう固いこと言うなって、この前もそうやって断ったじゃん。な、な、絶対楽しいから」


 一体いきなり現れたこの男は誰なのだろうか。やり取りを見るにどうやら先輩と親しい仲だらしいが。


「あの、先輩この人は?」


「あー、同じ教室の若村君」


「どうも」


「初めまして一年の黄竹です」


「ごめんね、今ちょっといいところだから」


 一度断られているのにどこをどう切り取ったらちょっといいところになるのか分からない。自分の感性を疑ってしまいそうになるほどの都合のいい主観を持っているようだが、人の気持ちを汲み取ることをしたことがないのだろうか。


「いやーほら私部活で忙しいし」


「部活て何もしてないじゃん。こんな寂れた教室にいるより外でた方がいいって」


「えー」


 先輩がちらりと視線をこちらに送ってくる。もしかすると僕に気を遣って断ってくれているのかもしれない。万が一そうならば気を遣ってもらう覚えはないので気にせず行ってきてもらいたいが、そう思いつつ言い様のないふつふつとした醜い感情が沸き上がってきているのも事実である。


「ほらみんなも待ってるし、週末くらい遊ぼうよ」


「いやーでも」


 バダォン!!!とまるで引戸をぶち破ったような音が鳴り響き心臓がはねあがる。他の二人もなにが起こったのか分からないようで扉の方に視線を移す。


 そこには校則をモノともしない服装に髪を金に染めた目付きの鋭い女子生徒、そう、ヤンキーと呼ぶにふさわしい姿があった。


「オメーらが正夢研究会か!!」

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