第3話 正夢研究会
「一体全体何がどうなってるのか詳しく聞かせて貰おうじゃないか」
登校早々、嫌にきつく肩に手を回しながら聞いてくるのは、友人の花田である。
「何がって、なんの話だよ」
「とぼけちゃって、紙音先輩の話だよ。誤魔化そうたってそうはいかねぇぞ。さぁ何があったか白状しろ!」
腕のちからがギリギリと強まり、僕の体を締め上げるような勢いである。彼はバスケをやるのだが、貧弱な体の僕からすれば部活で鍛えられた筋肉は凶器になりえるのだ。
「わかったわかったから、離してくれ」
「それでこそ友達だ。一限まではまだたっぷり時間があるからな」
前の座席にいくと、自分の席でもないのに我が物顔で背もたれに腹を向けて堂々と腰かける。こいつは人のプライベートに首を突っ込んだりと昔から遠慮のないやつなのだ。
「つったって、お前が期待するようなことはなにもないからな」
「それはこっちで判断するから、いいから話せ」
「じゃ話すけど、土曜に先輩の家に呼ばれたんだよ」
「ちょっと待て、いくらなんでも急過ぎるだろ。昨日今日の仲で、いきなり家に?」
「僕もそう思ったよ。もしかしたら何か裏があるんじゃないかって」
「で、行ったのか? まさか行かなかったなんてことは」
「まさか、世の健全な男子高校生なら誰だって行くさ」
「それでどうした」
彼はだいぶ興奮しているようで、背もたれがギシギシと音を立てるほど前のめりになって話を聞いてくる。
「落ち着けよ。そんで部屋に案内されてさ、いやーヤバかったね。もう部屋中良い匂いがすんの。あの時ほど産んでくれた親に感謝したことはなかったね」
「かー! 羨ましいなぁおい」
そう言って椅子をガタガタ揺らして全身で興奮を表現してくれる。
「んでもって先輩と二人きりでさ、もうその時の興奮たらないよね。もう心臓バクバクよ」
「それでそれで」
「それで」
それで、何を話す。先輩が毎晩夢にうなされ、そんな中で俺にシンパシーを感じたことを話すのか? それは違うだろ。そんな話をすれば先輩の沽券にかかわるし、僕はそんな波風を立てるようなことはしたくない。
「それで、あとは他愛もない世間話して解散した」
「は? それだけ?」
「だから期待するような面白いことはなかったって言ったろ。第一会って間もないのに何かある方がおかしいだろ」
「じゃ、なんでそんなお前をわざわざ誘うんだよ」
「知らねぇよ本人に聞け」
「んだよつまんねえな」
予鈴がスピーカーから響き、自分の席に戻っていった。友人の興を削ごうがこの判断は間違っていないはずだ。そもそも、夢の下りを含めたところで、それ以上に面白いことは起こらなかったし、先輩と曖昧な関係にあるのはかわりないのだ。
だが、そんな気を回していたのはどうやら僕だけだったようだ。授業もおわり部活に向かった友人を見送り、帰るまでの少しの間一人教室であーでもないこーでもないと物思いにふけっていると、ガラリと教室の扉が開いた。
「よかったまだ居た」
「先輩!? どうして」
「どうしてって君がメッセージ無視するからじゃない。それより聞いて聞いて」
「いやこんなところ誰かにみられたら不味いですって」
「不味いってなんで?」
「それはその......」
言葉に詰まって視線をずらすが、机を軽く叩いてこちらを向けと主張してくる。
「男の癖にうじうじしない」
「はぁ、まあなんすか、そのあいつら最近仲が良さそうだなぁみたいな噂が流れたり」
「ふーん、じゃ黄竹君は私と仲良くなりたくないんだ」
「いやそんなわけないじゃないですか!」
ワッと視線を上げると、そこにはニタニタと意地の悪い笑顔を浮かべる顔があった。
「へー、仲良くなりたいんだぁ。ふーん」
「そ、そんなことより用事があって来たんじゃないんですか」
「そうそう! やっぱ作戦会議には部屋が必要でしょ? だからこの度部室を借りました!」
イエーイ、と一人で拍手しているが、話の主旨が見えてこない。
「いやいやいや、拍手してよシラケるじゃん」
「いやシラケますよ! そもそも作戦会議てなんのことですか? 部室て?」
「や、だから夢の話に決まってるじゃん」
「決まってないですよ!」
「とにかく、もう決まったことだから。ほら部室行くよ!」
ああなるほど、話は一向に見えてこないがこの人がこういうタイプの人間なのだとは良くわかった。抵抗は無駄と悟りあとをついていくと、一階角の部屋までやってきた。ここは普段滅多なことがなければまず誰も来ないような場所だ。
「さ、今日からここが私たちの部室もとい作戦会議室です」
先輩は威勢良く扉を開けると、埃ぽい空気が廊下に流れ出てくる。
「あー、先輩命令です。教室の窓を開けてきなさい!」
「えー」
「先輩! 命令!!」
何故一年遅く産まれただけで肺を埃で満たさなければならないのか疑問は尽きないが、埃の海に身を投じる。
「窓全部開けましたよ!」
「良くやった」
手入れもろくにされていない、木製の古い椅子と机を並べ、掃除用具入れから萎びた雑巾を取り出すと、廊下の水道で濡らして軽く机と椅子を拭く。
「はー、意外とまめなんだね。でもなんで机が横並びなの」
「特に理由はないですけど」
「ふーん」
すると、先輩は机を持ち上げ向きを変え始めた。
「ほら、黄竹君も向かい合わせて」
「嫌ですよ必要ないですし」
「あるあるある! その方が作戦会議ぽくなるし」
結局教室の真ん中に向かい合うように机を並べると、満足したように黒板の前に立った。
「やっぱ必要無かったじゃないですか!」
「いーから、んんっそれではこれより第一回作戦会議を始めたいと思います!」
「その前に一体なんの部活なんですか」
「よくぞ聞いてくれました。名前はズバリ正夢研究会です!」
「正夢って」
あの夢に関することとは言っていたが、ポジティブな表現をしたのは意外である。先輩はどうやらこの一連のことをそう捉えているらしい。
「いやー私一回くらいこんなことやってみたかったんだよねぇ」
喜びを噛み締めるようにそう言って黒板の前を行き来するが、先輩の言う『こんなこと』に付き合わされる身にもなって欲しいものだ。
「で、その正夢研究会はなにする場所なんですか」
「そう、それを今から二人で決めようと思うの。何か良い案ない?」
「案も何も、あの夢に関することなんですから夢の正体を突き止めるとか、どうすればこの夢を止められるのかとかで良いんじゃないですか」
「ふむ、なるほど」
先輩は短くなって端にやられたチョークを手に取ると、箇条書きに黒板に書き始める。
「他には何かある?」
「他にって、丸投げしてないで先輩も考えて下さいよ。そもそもこれ先輩の問題なんですから」
「はい後輩は文句言わない。それじゃ多数決取ります。夢の正体が知りたい人、はい!」
一人芝居のように先輩が手を上げる。
「夢の止めかたが知りたい人」
「じゃ、そっちで」
「それじゃあ夢の正体を突き止める方で決まりでーす!」
「それじゃあって多数決の意味ないじゃないですか!」
「だって私の問題だって言ったのは君だもーん」
一通り満足がいったのか、こちらに戻ってくると、机に座って鞄からノートを取り出した。
「もう黒板は使わないんですか」
「もう疲れたしパス。それじゃ次は部員の募集方法を考えたいと思います」
「え、部員増やすんですか」
「当たり前じゃん。部員二人とか少なすぎて部として認められないし。あれー? もしかして二人きりになれなくなるから嫌なのかな~?」
「僕もう帰っていいっすか」
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