第2話 DEAD END DREAM

『死』を想起させる言葉を聞いた瞬間、僕は今すぐここから出ていきたかった。だが、万が一ということもあるので、いくつか質問してみることにした。


「殺されるて、誰にですか」


「それは毎回違うんだけど、最後は追い詰められて二人とも殺されちゃうの。私が先だったり、あなたが先だったりも全部バラバラだけど必ず死ぬ」


「夢の始まり方は?」


「街中だったり、家だったり、お城みたいなところから始まったりもしたかな。他にも私達以外に仲間みたいな人がいるんだけど、最初っからみんなボロボロで、それでもみんな戦わなくっちゃって言うの」


「で、最後は全滅と......」


「そう......」


 しばらくの間僕達は話そうとせず、時計の針の音だけが二人の間に響いた。


「ご、ごめんねこんな話して。でも、どうしても誰かに聞いて欲しくて、私もうどうしたらいいか分かんなくってそんなときにあなたを見かけたから」


「いえ、いいんです気にしないでください」


「でも、やっぱり信じられないよね。多分、どこかであなたの姿をみて夢に混合してきたんだと思う」


「それだったら友達とか家族が出てきてもおかしくないですよね。でも、そうじゃないんですよね?」


「うん」


「そしたら、偶然とかたまたまとかそんなちゃちな話じゃないと思います」


「それじゃあ!」


「信じるかどうかは置いといて、嘘ではないと僕は思います」


 すると、急に先輩はボロボロと涙を流して泣き始めてしまった。なにかまずいことでも言ったかとオロオロしてると、今度は涙を拭いながらケタケタと笑いはじめた。


「違うの違うの、あまりにもあなたが申し訳なさそうにするからおかしくって」


「な、こっちは心配して」


「うんわかってる。ありがとうね」


 その笑顔はマドンナの名に恥じず、自分が今紙音 真咲 の部屋にいることを瞬時に自覚させられた。


「それじゃあどうします、この後」


「どうするって、もうすぐ親帰って来るし続きはまた今度ね」


「あ、そうですか......」


「なに露骨に残念がってるのよ。もしかしてなにか期待してた?」


「そ、そんなわけないじゃないですか! じゃ僕帰りますんで」


「あ、玄関まで見送るね」


「ここで大丈夫ですから、失礼します」


「そう? じゃ気を付けてね」


 玄関で靴を履きながら夢の話を思い出す。殺されるか、先輩も自分も周りの人間も、みんな殺される。戦って死んでいく。


 まさかな。


 玄関を出ると、二回の窓が開く音がして振り替える。そこで嬉しそうに手をふる先輩の姿が見える。こっ恥ずかしくなりながら軽く会釈をして帰路に着いた。


 家に着いても夢の話が頭から離れることはなく、明晰夢やら予知夢と関連がありそうなことを調べるが、ほとんど似たり寄ったりで今日も手がかりは無い。


「やっぱダメか~」


 こんなことをし始めてもう何日になるだろうか。図書館に行ったりもしたが結果は芳しくなく、僕の不安を払拭するには至らなかった。


 先輩の話を聞いてなにか新しい発見でも出来るかと期待したが、僕のそれよりも大雑把なものであった。だが、同じ思いをしている人間が少なくとも周りに一人いると言うのは孤独を癒すには十分すぎるものである。


 今日はよく眠れるかもしれない。


「もうここも抑えきれないぞ! 限界だ、撤退する!」


「撤退たってどこに逃げるんだよ! ここを落とされたら敵が雪崩れ込むぞ!」


 そうしてる間にも次々に仲間が倒れていく。シールドを展開している者も疲労の色がみえ、限界は目前である。


「ダグラスだぁ!」


 目を向けると警告を発した者は既に宙を舞っていた。この期に及んで警告など意味をもうなさない。あるのは絶望の知らせだけ。


 前面を鋼鉄に包んだ巨大な兵士は、我々の攻撃をものともせず一歩一歩確実にバリケードに迫ってくる。


「後は頼んだ」


 隣の名前も知らない仲間がそう言って、身一つでバリケードの外に出る。手のひらから火炎を打ち出し、剣を手に取り刀身に光を宿す。彼の一太刀は装甲を砕きその身を切り裂いた。


 そして今日も彼は腹を貫かれて死んでいく。身を守る術を無くしても、まるで死の概念が無いかのように敵は前進を続ける。


 周りを固めていた仲間も半分に減り、もう誰も奴の動きを止められない。前列の奴から順だ、一人一人撃たれるかもしくは吹き飛ばされるかして殺されていく。


 いよいよの距離に迫ったとき、どこにそんな勇気があるのか、使い方も知らない剣を抜き奴に突進する。


「うおあああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 またこれだ。毎晩毎晩何のための戦いなのか、何を守ってるのか知らされずに死んでいく。目が覚めてやっと夢だとわかる。


 スマホが通知を知らせ、画面を見ると先輩からだった。内容は一言『またあの夢をみた』。衝動的に返信しそうになるが、思いとどまる。


「僕も同じ夢をみたよぉ! てか。それで何が解決するのさ」


 何も解決しやしない。あるのは一時的な平穏とそのあとにくる無限の恐怖だけ。ゴールが見つからなければ延々と傷を舐め合うのがオチだ。


 時計を見ればまだ五時半。日曜日に起きるような時間じゃない。寝直そうにも目がさえてしまってしかたがないので、水を飲みに降りる。


 先輩も今頃こんな思いをしているのだろうか。気の効いた言葉でも返信すべきなのだろうが、生憎そんな気分にはなれない。いくら毎日同じ夢を見ようが、それに慣れることはない。


 水を飲み終わると、米を磨ぎ、卵を焼く。親より早く起きるようになってから毎朝の習慣だ。そのお陰で家族が朝食を食いっぱぐれなくなったのはあの夢の唯一の利点だろう。


 自分が死ぬ夢、調べると吉兆だったり幸運なんだのと連なってでくる。その通りだとすれば僕は毎日幸せらしい。


「ふざけるなよ、これのどこが幸せだって言うんだ」


 それに答えてくれる者は誰もいない。いやまてよ、幸運なら一つ。あの先輩とお近づきになれた。あながち間違ってもいないのかもしれない。ようやく心に余裕が戻ってきたところでスマホを取り出す。


『おはようございます。大丈夫ですか』


 彼女なぞ居た経験がないので、これが精一杯の気遣いある返信である。すると、すぐに返信がかえってきた。


『うん大丈夫。ごめんね起こしちゃったかな?』


『僕も丁度起きたところなんで気にしないでください』


『早起きなんだね。いつもそうなの?』


『早起きは三文の徳なんで実践してるんですよ』


『何それ(笑)じゃ、なにか良いことでもありましたか~?』


『そうですね、朝一で先輩とお話しできたくらいですかね』


 そう送信した後何だか気恥ずかしくなりスマホをスリープさせる。ポコンと通知を告げるが無視してテレビをつけた。


「身元は不明で、現在も捜査がつづけられています。続いては天気予報です」


 今日は曇りか。気温もあまり上がりそうに無いし家でゆっくり過ごす方が良さそうだが、どうせ悶々としてるのが関の山だろう。


 いっそのこと夢の話を持ち出して先輩を誘ったらどうだろう。そんな考えが一瞬よぎったが、どう想像してもうまくいかないのでそれが自分の限界なのだろう。


 だが、先輩があの話をしたのも何か縁を感じる。今日は思いきって遠くの図書館にでも調べに行ってみよう。


 これはあくまでも先輩のためであって、僕の夢とは関係ない。何故なら僕の夢に先輩は出てこないからだ。

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