白昼夢

猫護

第1話 運命

 火薬の臭い混じりに僕たちの力が交差する。鋼鉄を身に纏おうとも恐れは消えず、それでも朽ちていった同郷の友を思えば足は自然と進む。あの悪逆無道の者共を討ち滅ぼすまで、死ぬわけにはいかないのだから。



 はっきり言って憂鬱である。先輩のことが気にくわない訳ではない。むしろ好意に近いものを抱いているくらいだ。


 原因は周囲の反応である。今もこうしてる間にあらぬ噂が吹聴され憎悪と奇異の念を膨らませているかと思うと居ても立ってもいられない。


 何か秀でた才能を持っているとか、容姿に優れているのか何にせよ、校内でもこの場にお呼ばれする条件を満たせる男はそう多くないだろう。


 自分はそれを満たせているかと言われるとそうではない。だから、不思議でしょうがないのだ。


 今まさに僕をもてなそうとお茶を用意して階段を上る足音が聞こえる。嬉しい反面なぜ自分のような不釣り合いな者がこの場にいられるのか皆目見当もつかず、いくつかの憶測が泡となって消える。


 それでも必死に理由を探して、自分を納得させようと、ことの発端から思い出してみることにした。


 昨日の昼休みまではいつもと変わらなかった。朝起きて学校に行き友人と挨拶を交わす。昨夜は何の番組を見ただとか、SNSの流行りだとか知識の欠片もない話を始業を待つ。


 ここまでは何も変わらない、ただ良くある高校の風景の一部に過ぎなかった。だが、昼休みに入り食事も済ませた頃事件が起こった。


 トイレにでも行こうかと廊下に出ると、突然上級生が話しかけてきたのだ。普通はただ先輩が後輩に絡みに来ただけのなんの変哲もない光景であるが、わざわざそんなことを事件だなんだと強調したあげく回りくどく表現したりはしない。


 その上級生が紙音 真咲しおん まさきだからいけなかったのだ。二年生の彼女は一顧傾城字の如く、流れるような黒髪はまるで彗星のように輝き男子生徒たちは魅了され、同学年から一年生、さらには三年生に至るまで彼女を知らない者はまずいないのだ。


 そんな学内の美醜の概念を破壊してしまうような存在を、男子達が放って置くはずがなく、入学してからこれまで週に一度は誰かしらに告白されているらしいと逸話が生まれるほどである。


 にも関わらず、今日にいたるまで彼女はそのことごとくをはねのけてきたのである。そんな彼女が一介の生徒である自分に話しかけてきたとあって心のなかは大騒ぎであった。


 だが、胸が高鳴ったのも束の間、すぐに我に返ると、まあ同じ学校の生徒なのだから何かしら用事があっても不思議ではないと、この時はさほど気にはしなかった。


「はあなんでしょうか」


 と、わざとぶっきらぼうな挨拶をした。こんな廊下で誰がみているのか分かったものではないので、下手に馴れ馴れしく接して男子達の反感を買いたくなかったのだ。


 しかし、そんな気遣いは次の言葉に無為にされてしまった。あろうことか「連絡先を教えて欲しい」などと言ってきたのだ。


 ただでさえ目立つ先輩が一年生の廊下に居るとあって、ちらほら集まってきていた生徒がざわつきはじめる。が、そんなことを気にもせず、半ば強引に連絡先の交換を済ませると、放課後連絡するからとだけ言い残して足早に去っていってしまった。


 奇異の目に晒され居たたまれず、用を足すのも忘れて教室に駆け込むと、気の知れた友人にもこんなことは言えないと思いつつ、連絡先一覧の先輩の名前を何度も確認した。


 それで終われば良かったのだが、あんなに人目のあるところでやり取りをしたものだから、すぐにこのクラスにもその話題が転がり込んできた。


 その後の教室の有り様と言えば、やれなんであいつがなどと言われ、普段話すこともない生徒に絡まれ、気がつけば友人からは今まで受けたこともないような憎悪を向けられたりと、午後の授業はほとんど頭に入ってこなかった。


 結局そのあと逃げるように家に帰ると、すでに先輩から連絡が来ており、『話があるから明日家に来てほしい』とあるではないか。これまで異性の家に行ったこともなければ、相手があの先輩とあっては、このときばかりは期待より恐怖の方が勝った。


 一体スマホ越しでは話せない内容とは何なのか聞いてみたものの、直接でなければ話せないと全く教えて貰えなかった。


 宗教であるとか、その類いの勧誘かとも思ったが、これを逃せば二度とこんな機会は訪れないと自分の欲望が騒ぎ立てた結果、気がつけば『行きます』と送信していた。


 それで今にいたるのだが、ここまで昨日のことを思い出してみても、やはり呼ばれるような覚えはない。


「おまたせ~。緑茶でよかった?」


「大丈夫です。いただきます」


「そんなにかしこまらなくてもいいのに」


「はは、すみません緊張しちゃって」


 嘘ではない。あの先輩が居るのだ、しかも目の前に。相手に聞こえてしまうのではないかと思うくらい心臓ははね上がり、いま飲んでいるものが緑茶なのかなんなのか味すら分からないのである。


「で早速本題なんだけど、黄竹君は運命て信じる?」


 やはりその方向の話だったか。冴えない男だと簡単に騙されるだろうと思ったのだろうが、そうは問屋が卸さない。


「いや、あんまり信じないですね。先輩はそういう類いのものが好きな口なんですか?」


「ううん、私もどっちかって言ったら信じてなかった方なんだよね。占いだったり迷信だったりは好きだけど、もちろん本気にしたりしてこなかったし」


 なるほど、今までは云々からのこれに出会ってからは一辺したんだと、強調して懐柔しようと作戦立ててきたか。


「でもね、変な話だと思うかもしれないけど茶化さないで聞いてくれる?」


「はあ」


「その......夢を見るの。将来の夢とかそういう話じゃなくてね、こう何て言うか毎晩毎晩おんなじような夢をここ最近見続けてて、景色はころころ変わって一見違う夢に見えるんだけど内容は一緒。最初はそんなに気にしてなかったんだけど、こうも立て続けに見るようになってくると段々気味が悪くて、でもこんな話誰にしていいか分からなかったし、友達に話すわけにもいかなしって」


「でも、だからって僕に話す理由は無いじゃ無いですか。というか相談相手としては最悪にも程があると思いますよ」


「私だって何もなければ名前も知らなかった人に話したりしないよ。だけど、あなたは違う」


 やはり来たか。なんだか回りくどい話だったが、他人と比べて特別感を出すのは常套句だ。


「ずーっと同じ夢だったのに、ある日突然そのなかに黄竹君にそっくりな姿の人が出てくるようになったの。それからも毎回その人が出てきて、そんなとき学校であなたの姿を見てほんとにびっくりしたんだから」


「た、たまたまてこともあるかと」


 だが、先輩は大きく首をふって否定する。


「絶対違う! だってそれまで会ったこともない人が夢にでてきて、それが同じ学校の人だったってそんな偶然ある?」


「あるかもしれないですよ」


「ないない絶対ない! でね私これは運命なんだってそのとき思ったの。黄竹君だってこんな体験したら運命だって思うでしょ?」


 よくもまあこんなにつらつらと出てくるものだと感心すら覚える。この手の勧誘話が出来る人は、将来飛び込み営業でもすれば大成するかも知れないと思いながら、ここらでボロを出してやろうと揺さぶりを掛けてみる。


「じゃあ聞きますけど、その僕が出てくる努ってのはどんな内容なんですか」


 すると、急に先輩の顔が曇りはじめ遂には俯いてしまった。なるほど、テンプレートだけ並べて肝心の中身は考えてなかったと見える。しかしまぁ、あんなに憧れの存在だったのに蓋を開けてみればこの有り様とは、『人は見かけによらない』をこんな形で実感はしたくなかったものだ。


「信じてくれる?」


 思い詰めた顔を持ち上げたかと思ったら、そう一言発してきた。


「聞かないことにはなんとも」


「そうだよね。じゃあ、話すよ」


 どうせ下らない即席の与太話だろうが、話の種に聞いてやろうじゃないか。


「私達がね、殺されるの」

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