第33話朝の一時2
「魔女の出した朝食には勝てませんでした……」
(……ああ。知ってたよ)
朝食が終わった。
結果は言う間でもなく、梔子の惨敗。
カップラーメンの方が旨いと言う所か、アトが用意した朝食を梔子は米粒1つ残さず綺麗に平らげていた。
「お粗末様でした。おかわりまでしてくれて嬉しいわナッシー。口ではなんと言っても、身体は正直ね」
「ぐ! 仕方ないでしょう!? 出し巻き卵が! 出し巻き卵がいけないんです! なんですかあのダシがきいたコクのある優しい味付けは! 美味しすぎてご飯が進むんですよ!!」
「ありがとう。最高の誉め言葉よ」
「褒めてません!」
やっぱりこいつら相性いいな。
本人達に自覚はないだろうが、和気藹々と会話の応酬をする二人はとても息が合ったコンビにさえ見える。
(悪くないな……こういうのも)
そんな二人のやり取りを眺めながら、アトが淹れてくれた食後のコーヒーを楽しもうと、カップを持ち上げると――
唐突に呼び鈴が聞こえた。
「来客でしょうか?」
「……の、ようだな」
俺はカップの中のコーヒーを一息で一気に飲むと、カップをテーブルの上に置いた。本当はゆっくりとコーヒーを楽しみたかったのだが、そんな余裕は十中八九ないだろう。
俺達の家に来客が来るとは、そういう事だ。
「絶花か黒咲の人間が今日ここに来客として来る予定はあるのか?」
「い、いいえ。そんな話は聞いていません」
俺の問いに、梔子は困惑した顔で首を横に振った。
(……だろうな)
生真面目な梔子の事だ。そういう予定が入っているなら真っ先に話してくるだろう。
俺も来客を招いた記憶はない。
「俺達を監視している黒咲の人間からの連絡はないのか?」
魔女と俺が不穏な動きをしてないかを監視する為に、数十人の規模で黒咲からは監視役が常に派遣され、配置についていたはずだ。
だがこの質問にもまた梔子は首を横に振るう。
「いえ。連絡はありません」
「そうか……」
妙な話だ。
梔子がここにいるのは、監視役の人間達も当然承知しているはず。何の前情報もない人間がここに来るのなら、梔子に連絡の1つでも寄こしていいものだが……
(来客は想像以上に厄介な相手かもしれないな)
黒咲の監視をすり抜けてきたか、あるいは強引に突破してきたか。どちらにせよ、それらの事をこちらに一切気付かせずに成し遂げた相手となると、相当な手練れという事が予想され――
「いや、待て」
そこまで思考を広げた所で俺はある可能性に気が付いた。
「おいアト」
「なにかしら?」
思いだしたのだ。
普通なら絶対にしない常識外れの行動をするバカを。
さっきからニヤニヤした顔で俺と梔子を眺めている性悪魔女の存在を。
「お前。今朝監視役を排除しただろう?」
普通ならあり得ない問いだ。休戦状態である相手が安心する為に用意した監視役をよりにもよって要警戒対象が一時の思い付きで排除するなど。
「黒咲ユウ。いくらなんでもそれはありえません」
やや呆れを交えた顔の梔子が俺を見る。
当然の反応だ。
俺だって出来れば杞憂であって欲しいと思う。
そんなバカな事はないと、笑い飛ばしたい。
「したわよ」
だがうちの魔女は、そんな笑えないバカを平然とやってしまうウルトラバカなのだ。
「はいいいいいいい!!??」
「……」
驚愕する梔子とは裏腹に、俺は驚かない。
むしろああ、やっぱりと納得していた。
「安心なさいな。大した事はしてないわ。監視役の子達を少し眠らせて、黒咲家の本拠に転移させただけだから」
「いやそれ大事です!」
まったくもってその通りである。
監視役が全員クーリングオフされた黒咲家の本拠は今頃大混乱に陥っているだろう。
「バカですか!? なんでそんな事をするんですか!?」
「……多分、半分はお前の為だ梔子」
「はい?」
意味が分からないと言った風な顔をする梔子に、俺は溜息交じりに説明する。
「同居している年頃の若い少女が、間接的とはいえ監視されるのは、なんか違うんじゃないかしら?よし。元から目障りだったし、この際、綺麗に掃除してあげましょう! ……そんな所を考えて排除したんだと思うぞ多分」
「さ、流石にその思考には無理が――」
「正解よ。流石ねダン」
「――」
あんぐりと口を開け、唖然としている梔子にアトはサムズアップする。
「礼は言わなくていいわよ」
「じょ、女性を殴りたいと思ったのは、生まれて初めてです!」
大丈夫だ梔子。俺なんて毎日だぞ。
「そもそも、監視って普通に犯罪よ? 魔女にもプライバシーってものがあるの」
「……無駄に正論なのが、余計に腹立ちますね」
分かる。すごく分かるぞ梔子。
「大体私、基本的に監視とか出歯亀趣味の類は好きじゃないのよ……ダンの着替えと入浴シーンの記録を除いては」
「いやそれほとんど好きじゃないですか!」
……今度、自室と浴室を徹底的に調べよう。
多分、以前と同じで隠しカメラが大量に出てくるだろうから。
「別に私、疑われても何の問題ないから。それよりもナッシーの方が大事よ」
「いや、だからと言って、ああもう! バカですかあなたは!」
「バカだよこいつは」
常識も定石も通用しない本物のな。
いらぬお節介で、とんでもない事をしでかす奴だからな。
(だが……)
恐ろしい事に、この話にはまだ続きがあるはずだ。
「アト」
「何かしらダン?」
「……もう半分の理由はなんだ?」
「あの、すいません黒咲ユウ。聞き間違いでしょうか? 今半分と言いましたか?」
残念ながら聞き間違いではない
いくら天元突破バカのアトでも、プライバシーの侵害やら何やらの理由だけでいきなり監視役を全員排除したりする暴挙には出ない。
……梔子の件だけでは。
「何かあるのだろう?」
「ええ。あるわ」
「……私はもう既に聞くのが怖いです」
「奇遇だな梔子。俺もだ」
なまじアトのバカさ加減を誰よりも理解している俺だからこそ、余計に冷や汗が止まらない。
「でも説明しなくてもすぐにわかるわ」
「……どういう事だ?」
嫌な予感しかしないのだが。
「鍵は開けておくから、入ってきていいって言っておいたし」
「「は?」」
俺と梔子の声が綺麗にハモるのと、
「えへへ! 来ちゃいました!」
来客は、無邪気な笑みを浮かべた翡翠色の髪をツインテールに纏めた少女だった。
天真爛漫という言葉がこれ以上ない程に似合う少女の名はその髪の色と同じ――
「綾瀬 ヒスイ……」
列車で交流を持ち、クラスメイトでもある少女が、当たり前のように俺達の食堂に入って来ていた。
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