第32話 朝の一時

 俺は朝が苦手だ。

 低血圧なせいか、目覚めが悪く、起きるのが億劫なのだ。

 布団の中から動きたくないなどというがらにもない甘えた事を考えてしまう程だ。



「いいから返して下さい!」



 だがそんな俺でも館中に響き渡るほどの大声が聞こえれば、話は別だ。

 小心者の俺の意識はアト以外の人間の声には過敏に反応し、強制的に脳を活性化させる。

「……梔子か」

 まだそれほど聞き慣れない声ではあったが、先程の声は間違いなく昨日から共同生活を始めた彼女のものであった。

 それが階下から聞こえた。

「やれやれ……アトめ。また何かやらかしたのか?」

 あの基本は冷静な少女に大声を出させる事態にまで状況をややこしくする奴を、俺は1人しか知らない。

「……行くか」

 二度寝をしたい所だが、流石にそういう訳にもいかず、俺は欠伸を噛み殺しながら、ベッドから降り、アトが用意していた制服を含む着替え一式を身に付け下に降りる。



 声がしたのは、食事をしている食堂だったはずだ。

 だが今更ながら来る必要はなかったのかもしれないなと俺は思い始めていた。

(……なんだかんだいって馬が合いそうな二人だったし。大事にはならないだろう)

 喧嘩しているのなら仲裁に入ろうと思ったが、いらぬお節介だったかもしれない。

 そう思い、食堂に入った俺は――



「もう許しません!風穴を開けてやります!!」

「くふふ。出来るかしら?」



(……なにこれ?)

 今正に命の奪い合いが始まらんとしている場面に遭遇した。

(完全に修羅場が出来上がってやがる)

 楽観視しようとしていた数秒前の自分をぶん殴りたくなった。

 とにかく状況を把握しようと、観察を始める。

「やっぱりあなたは人類の敵です! ここで私が引導を渡してやります!」

 魔銃を構え、臨戦体勢に入った梔子。

「くふふ。やれるものならやってみなさいな」

 湯気が立っているプラスチックカップを持ち、余裕の顔で挑発するアト。

「……いや、分かるかバカ」

 想像の遥か斜め上を行くカオスな場面に、まともな状況把握も出来ずに、思わずぼやくと、今正に殺しあいをしようとしていた二人がこちらを向いた。

「あらダン。おはよう」

「……おはようございます」

 アトは微笑みながら、梔子は不機嫌さを微塵も隠そうとしない表情で、それぞれが挨拶をする。

「おはよう……朝から元気だな」

 皮肉を込めてそう言ってやると、アトが意地の悪い笑みを浮かべた。

「あらあら。元気なのはダンの方じゃないかしら? 寝坊助なあなたが自分で起きてくるなんて、滅多に見られるものじゃないわ」

「……そうかい」

 起きたくて起きたわけじゃないんだかな。

 出来ることなら今すぐベッドに戻って二度寝を実行したいぐらいだ。

「……コーヒーを頼めるかアト。ちゃんと目を冷ましたい」

「そう言うと思って少し前に淹れておいたわ」

 アトの片手には、珈琲が入ったマグカップがいつの間にか握られていた。

 おそらく、空間操作の系統魔術で別の空間に保存していた物を引っ張りだしたのだろう。

 渡されたマグカップに俺は思わずにやりと頬を歪めてしまう。

「ブレンドコーヒーか」

「ええ。今日のダンはそういう気分なように思ったからよ」

「ふん。お見通しと言うことか」

 魔女に見透かされるのはいい気分ではないが、ブレンドコーヒーを飲みたかったのは、紛れもない事実なので素直に口許に運ぶ。

「 ブレンドを変えたか?」

「あら、流石ねダン。飲む前から分かるのかしら?」

「ああ。香りが違う」

 前にアトが淹れてくれたものよりも、香りがいい。

 珈琲の飲み方には単一の産地の名前がついているコーヒー豆でのみ淹れられたコーヒーを「ストレート」といい、それに対し、複数の産地のコーヒー豆を、割合を決めて配合したものを「ブレンド」という。

 前者は産地ごとの特徴や個性を味わうことができ、後者はブレンドが上手く出来れば、ストレートコーヒーだけでは出せない風味を作り出すことが出来る。

 と言っても簡単な事ではない。何十種類もあるコーヒー豆の風味を飲み分け、記憶し、焙煎の段階でそれぞれのコーヒー豆の風味がどのように変化するかを理解していなければ、ブレンドを考えることはできない。

 つまりブレンドは、よほどコーヒーに精通したプロでなければ、なせる技ではないのだ。

「ええ。どうかしら?」

 挑戦的に微笑むアトに、俺は受けて立つとコーヒーを飲む。

「ん」

 モカの風味や特徴が感じられ、コクが深まり、飲んだ後の余韻も深く長く感じられる。

 俗に言うバランス重視でありながら、俺の好みに合わせて完璧に調整された配合……

「悪くない」

 むしろいい。よすぎる。

 相変わらずコーヒーの淹れ方だけは完璧だなうちの魔女様は。

「また淹れてくれ」

「らじゃー」

 俺の返事に満足したのか、機嫌を良くしたアトはあざといウインクを返してきた。

「……あの、急いでいるので、そういうのは後でやっていただけませんか?」

 俺達の会話を聞いていた梔子が、どうしてかジト目で睨んできた。

「そういうのとは?」

 コーヒーの余韻を堪能していた俺は、梔子の言葉に我に返った。

「ことある事に惚気を見せつけてくる所です」

「? 惚気ている所あったか?」

 俺としては普通に会話していただけなのだが。

(気が立っているのは間違いない……か)

 アトの珈琲のおかげでようやく頭が本調子になってきたのか、先程より多くの情報を収集する事が出来る。

 なにかがあったのは確実で、おそらくその原因を作ったのはやはりアトの奴だろう。

(どちらにせよ、まずは梔子を落ち着かせるのが先決か)

 朝から銃の発砲音など聞きたくもないしな。

「なにがあったんだ梔子? まあ、どうせうちの魔女がまた何かやらかしたんだとは思うが」

「あらあら。まるで私がトラブルメーカーみたいな言い方ね。傷ついちゃうわ」

 まったく傷ついていない顔で、そんなことをほざきやがる魔女に、俺は溜め息をつく。

「秒速でトラブルをメイクするお前がそうじゃなかったら、なんて呼べばいい?」

「スーパーウルトラセクシィ美少女ベアトリーチェ?」

「よし分かった。今日からお前の名前はスーパーウルトラトラブルババアベアトリーチェだ」

「やっぱり惚気てるじゃないですか!!」

 どうしてか、梔子が先程聞こえた時よりも大きい声を張り上げる。

 何故か梔子の怒りが更にヒートアップしている。

「そういうのいいですから! はやく返して下さいベアトリーチェ! モタモタしていると、麺が伸びてしまいます!」

 ………ん?

「麺?」

 そういえば、アトの奴は片手にカップを持っていたな。

「……まさかとは思うが、アトが持っているカップラーメンが今回の騒動の原因か?」

「そうですよ!」

 それ以外に何があると言わんばかりに答える梔子。

「この魔女が私の朝食であるカップラーメンを奪ったんです!」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は眉間をつねりながら、改めて確認する。

「お前はカップラーメン1つで銃をぶっぱなそうとしたのか?」

「違います!」

 力強い否定を受け、俺は逆に安堵した。

 そうだよな。いくら未熟な所があるとはいえ、黒咲の人間が銃を持ち出して怒りを露わにするなどあるわけが――

「1つじゃありません! 沢山です!!」

「お、おう……」

 あってしまったようだ。

「これを見て下さい!!」

 梔子は制服の胸ポケットから幾つもの小さな物を床に落とした。

「私がストックしていたカップラーメンをこの魔女はこんな姿にしたんですよ!」

「……成る程な」

 床に落ちた物の1つを拾うと、それはたしかにカップラーメンであった。

 ただし、縮小し100分の1にまで縮められたミニマムサイズだが。

「これでどうやって食べろと言うんですか!?」

「安心なさいな。私は完璧主義だから。それ、ちゃんと食べられるわよ?」

 相変わらず妙な所でこだわるなうちのバカは。

「全部食べても、一食分にもなりませんよ! っていうか、どうやってお湯入れろって言うんですか!?」

「もうしょうがないなー。ナッシー君は」

 唐突にドラ声を出し始めると、アトは先程コーヒーカップを出したように空間操作の系統魔術で物を別空間から引っ張り出した。




「……テレテッテッテーン! ス~ポ~イ~ト~!」




「科学の実験でもやれと!?」

「超エキサイティングでしょう?」

「食事でエキサイトなんてしたくありませんよ!!」

 黙って様子を窺ってたが、改めて確信した。収集がつかないなこれ。

 珈琲の香りを楽しむ事で、現実逃避していたかったが、放置すると延々と言い争いをしていそうだ。

(……この騒動の原因もこれまでの二人の会話で大体分かったしな)

 俺は覚悟を決めると、明らかに苛立っている梔子に声をかける。

「1ついいか梔子」

「なんですか黒咲 ユウ!」

 持っている銃ごと勢いよく俺の方を向く梔子。

 これは少しでも話す事をミスると発砲しかねないなと思いつつ、俺は口を開いた。

「もう一度事の発端を思い出して話してくれ」

「なんでですか!?」

「いいから頼む」

 おそらくそれで今回の騒動の原因がはっきりとする。

 アトの奴は頭のネジが万単位で飛んでいる異次元バカだが、理由もなく相手が嫌がる行動をする事は絶対にない(ただし俺に対する悪戯を除く)。

 それが気に入っている梔子なら尚更だ。

(……となると、答えは1つ)

 俺にもよくやってくるいつものお節介だ。

「分かりました。始まりは、私が食堂に降りたんです」




 朝早くに起きた梔子はレジ袋に今日の食事を入れると、食堂に降りた。

 広い食堂だ。3人で暮らすには広すぎる食事をとるスペースに、梔子はやや辟易とする。

(やはり、ここで食事はとりたくありません)

 いい機会である。昨日は色々あって言えなかったが、今日ははっきりと言う事にしよう。(ちょうどようですしね)

 食堂近くの調理場。気配を感じた梔子は警戒しながら、そこに入ると、案の定

「あらおはようナッシー。早起きなのね感心だわ」

 髪を後ろに揺い、シンプルなデザインのエプロンを着用したベアトリーチェが調理をしていた。

「……おはようございます。あなたこそ、朝が早いんですね」

 時刻はまだ早朝。

 誰もいないと踏んでここに来た梔子はその先客に、思わず身構えてしまう。

「主婦の朝は早いのよ 」

「……主婦?」

 少女――いや、下手をすれば幼女にも見える幼い姿をしたベアトリーチェが言うと犯罪の匂いしかしない。

「朝ご飯の支度にお昼のお弁当の用意でしょう? それに晩御飯の仕込みもしておかないとといけないから、大変なのよね」

「……そう言う割には嫌そうではないですね」

 言葉とは裏腹に、ベアトリーチェは楽しそうに台所で料理をしている。

「私、家事全般が好きなのよ」

「……」

 同性でも眩しく感じる心からの笑みで答えるベアトリーチェに、梔子は何とも言えない気持ちになる。

(本当にこの人は黙示録の魔女なのでしょうか?)

 鼻歌混じりに楽しそうに料理している姿は、年相応の家庭的な可愛らしい美少女にしか見えない。

「くふふ。今日の弁当はラブ文字尽くしの弁当よ。ダンがこれを開けた時の反応が見ものだわ」

 ……かなり腹黒だが。

「ナッシー。朝ごはんは何がいいかしら?」

 お玉を片手に、そんな事を言ってくるベアトリーチェに、梔子は溜め息を心中でつく。

(この人は本当に自分が人類の天敵である天災黙示録の魔女という自覚があるのでしょうか?)

「折角の共同生活を始めての最初の朝食ですもの。ナッシーのリクエストに答えるわ」

「その事ですがベアトリーチェ・アーリー」

「ナッシーならダンと同じアトでいいわよ?」

「……」

 前々から思っていたのだが、どうしてこの魔女は自分に対して親しげに会話をしてくるのだろうか?

「……ベアトリーチェ」

「ガードが堅いわねナッシー」

 ベアトリーチェは残念そうな顔をするが、梔子にとってこれが最大限の譲歩だ。

「後で黒咲 ユウにも言いますが私達は本来敵同士で、相容れない存在です」

「ええ、そうね」

「一時的な協力関係とはいえ、必要以上に馴れ合うべきではないと思います」

「あらあら。それで?」

「食事は自分で用意して、自室で一人で食べます。なので間違っても私の分は用意しないで下さい」

「なん……だと?」

 どうしてか、ベアトリーチェは持っていたお玉を床に落とした。

「いや、なんでそんなにショックを受けているんですか」

 予想外なオーバーリアクションに、やや面くらいながら梔子が尋ねると、ベアトリーチェは「当然でしょう!?」と頭を抱えながら叫んだ。



「それだと、私が母親でダンが父親でナッシーを娘とした幸せな家族の食卓の妄想リアルプレイが出来ないじゃない!」



「どんなおぞましい事を考えているのですかあなたは!?」

 駄目だ。分かっていたがやはりこの魔女は駄目だ。

 黙示録の魔女の名は伊達ではなく、頭の中が常に黙示録。常人では理解不能な思考回路をしている。

「まあ聞きなさいな。ジャンルはラブコメよ。私達は仲のいい家族。仲睦まじく暮らしていたわ」

「……妄想話、まだ続くんですね」

 聞きたいとは一言も言っていないのだが。

「生活も安定した時に、私がナッシーに告白するのよ『私のお腹の中にあなたの妹がいる』と」

「は、はあ……それで?」

「それを聞いたナッシーは私を殺そうとするのよ」

「なんで!?」

 今の話の何処に殺害を決意する要素があった!?

「最愛の父を母にずっととられ続け、更に娘という立場をも独占できなくなったナッシーは嫉妬と憎しみに狂い、私を殺そうとするのよ」

「どんだけサイコパスなんですか私」

 もう暗雲しかない展開である。

「そしてやがてナッシーは自らの殺意を実行にうつす。ある日包丁で私を殺めようとしてくるのよ」

「すいません、ラブコメ要素どこですか?」

 ここまでサスペンスかホラー要素しかない。

「そんなナッシーに私は同じく包丁で迎え撃つの」

「……バトル要素は加わりましたね」

 肝心のラブコメ要素は相変わらず一切ないが。

「そして、ナッシーに勝利した私は颯爽とこう言うの……逆に考えるのよナッシー。親子丼プレイをやっちゃってもいいさと」

「びっくりするほど最低ですね!?」

「あらナッシー。親子丼プレイの意味が分かるなんておませさんね」

「ぐっ!?」

「くふふ」

 にまにまと腹黒い笑みを浮かべるベアトリーチェに、梔子は自分が弄られている事を悟った。

「もうあなたの妄想話には付き合っていられません! とにかく! 私は自分のことは自分でやります!」

 これ以上弄られることを嫌った梔子は、強引に話を切り上げると、ベアトリーチェにそう言う。

「まあ、いいんじゃないかしら?」

「え?」

 てっきりもっと何か言ってくると思っていた梔子はいささか拍子抜けしてしまう。

「無理強いは趣味ではないもの。あなたがそうしたいならそうしなさいな」

「……意外とあっさり了承しますね」

「当然よ。私は娘の反抗期に理解があるお母さんだもの」

「まだその話続いていたですか!?」

 冗談でも魔女の娘なんて、絶対にごめんだ。

「まあ、その話はまたの機会にじっくり話をするとして。それで、朝は何を食べるのかしら?」

「私としてはじっくりされたくないんですけど……朝食ですか? カップラーメンですけよ」

「え」

 にこにこと笑顔を浮かべていたベアトリーチェが固まった。

「なんですかその反応は?」

「……まあ、たまにはいいんじゃないかしら? 十年に一度ぐらいのたまには」

「それ、たまにはすぎませんか?」

「ちなみにお昼はどうするつもりなのかしら? まさかとは思うけど、学食のラーメン?」

「いや、なんで学食のラーメン前提なんですか。ちゃんと自炊しますよ」

「えらいわナッシー!」

「……どうして満面の笑み?」

「お母さん。ちょっと心配しちゃったわ。家事とかあまりしなさそうなナッシーでも、ちゃんとお弁当は作れ――」

「?お弁当なんて作りませんよ?」

「……ホワイ?」

「いや、だからなんでそんな反応?」

 先程からよく分からないリアクションを取ってくるベアトリーチェに呆れながら、梔子はレジ袋に入れていたを出す。

「お昼はこれです。新商品のカップラーメン。コラーゲンたっぷりで身体によくて女性からも人気だそうです」

「……」

「なんで黙ってるんですか?」

 酸欠の金魚のように形のいい口を何度もぱくぱくさせていたベアトリーチェだったが、

「まさかまさかの夜もカップラーメンなんて言わないでしょうね」

 何とか絞り出すような声でそう尋ねて来たので、梔子は眉を潜める。

「馬鹿にしてるんですか?」

 いくらなんでも三食カップラーメンなどは有り得ない。

 夕食は別にちゃんと準備してるのを証明するために、梔子はレジ袋からを取り出した。



「夜はカップ焼きそば大盛です」



「………」

「1週間分のインスタント食品は既に買い込んで部屋に置いておきました。なので、私の食事は必要ありません」

「よく分かったわ」




「あなたも家族よ」




「そうして私はナッシーの所持していたインスタント食品を全部縮小させて、苦し紛れに食べようとしていたカップラーメンも没収したというわけ」

「……」

 流石の俺も何も言えなかった。

「いくらなんでも横暴です! 私の食事を全部パーにして!」

「ちゃんと責任はとるわ。あなたの食事は私が全部作ってあげる。健康的で美味しい食事をね」

「……成る程な」

 事情は大体分かった。

 俺はカップに残った珈琲を飲み干すと、アトに告げた。

「不本意だが共同戦線だアト。ここは俺に任せて、お前は健康的で上手い朝食を梔子に用意してやってくれ」

「勿論よ」

 アトは頷くと、使命感に満ちた顔で厨房へと向かって行った。

「黒咲ユウ! どういうつもりですか!?」

 信じられないといった顔で梔子が俺を見てくるが、それはこちらの反応だ。

「悪いが梔子。公平な立場から聞いて今回の件に関しては、少々強引な手を使った以外ではアトの奴に非はない」

 それほどまでにお前の食生活は酷すぎる。

「な! 私になにか非があると言うのですか!? ありえません!」

「それが気付けない時点で、アウトだよ」

 これはまともに説得するのは不可能かもしれないな。

「分かった。なら、1つ提案させてくれ」

 ……少々卑怯な手を使わせてもらう。

「これからはアトの用意した料理を食べて、それでもカップラーメンの方がいいと心の底から言えるのなら、俺がお前の好きに出来るようにアトの奴を説得すると約束しよう」

「別にあなたの手を借りる必要はありません」

「ほう? それではお前ならあの異次元バカを説得できるのか?」

「う……」

 ここまででアトの奴に何度か振り回され、あいつの性格を少し理解して来たのだろう。

 梔子は自信がないのか、怯みを見せる。

「よく考えてみろ。いつもはただの異次元レベルのバカだが、あいつは腐っても魔女だぞ? 何かの会話の拍子であいつがキレた場合、お前責任とれるのか?」

「そ、それは……」

 申し訳なく思いつつも、一瞬出来た僅かな心の動揺の隙を俺は更に言葉でこじ開ける。

「最低でもこの魔術学園都市は地図から消える羽目になるぞ?」

「う、うぐぐ……」

 断れないように梔子を俺は追い詰める。

「私が言えなかった場合はどうなるんですか?」

「アトの作った料理を素直に食べろ。ただし、

 さて、これだけ言えば梔子なら後は分かるだろう。

「……つまり、それ以降のベアトリーチェが出した食事の中でどれか1つでも私がカップラーメンの方が美味しいと心の底から言えたら、あなたは魔女を説得してくれるということですか?」

「そうだ」

「……何を企んでいるんですか?」

 案の場、馬鹿ではない梔子は破格の条件である俺からの提案に梔子は警戒する。

 だが悪いがその反応も想定済みだ。俺はおどけるように肩をすくめてみせた。

「別に何も企んでないさ。ただ協力者であるお前と護衛対象であるアトが不仲では、俺も動きづらくなるからな」

 こればかりは嘘偽りない本音だ。

「少々引っ掛かりますが、分かりました。なら今から魔女を説得する方法を考えておいてください」

「ほう?」

 それはつまり――




「絶対、魔女の用意した朝食に負けたりしません!」




 その結果がどうなったのは、言うまでもあるまい。

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