第31話 同居開始!?
「はい!!」
勢いよく答える梔子。
「って、え?同居?」
だが、すぐに我に返ると恐る恐る黒咲月花に訊ねる。
「い、いくらなんでも冗談ですよね?」
「当然だ」
「で、ですよね。重大任務が黒咲 ユウと同居なんてそんなバカなことがありませんよね?」
「これが冗談を言っている顔か?」
「バカなことがありました!?」
これ以上ないぐらいに真剣な顔を向けてくる姉に、彼女が本気で言っている事を梔子は理解したのだろう。
……正直、同情する。
「ど、どういうことですかお姉様!? どうして私と黒咲ユウが同居するなんていうことになるのですか!?」
困惑した顔で、月花に詰め寄る梔子。
「ふむ。では説明しよう」
だが詰め寄られた月花はどこふく風で、咳払いと共に話し始めた。
「はっきり言ってまともなやり方では内通者を短期間で炙り出すのは不可能だ。相手はこれまで我々に気付かれずに、情報を外に流し続けてきた相手だからな。そう簡単には尻尾を出さないだろう」
「だが」と、月花は大きく息を吐く。
「生憎、こちらもあまり長い時間をかけるわけにはいかない。相手は手段を選ばないテロリストだ。列車を襲撃された時のように一般人に危害が及ぶような事件を起こされたら堪らないからな」
「だからこそ早急に敵の身柄をおさえる必要があるのですね」
「ああ――幸いユウの情報のおかげで奴等に尻尾を出させる餌に気付くことができた」
「餌?……それはなんですか? 」
「お前の後ろにいる奴だ」
……さっきからそこでドヤ顔ピースしてるヤバい奴だよ。
「え?」
「どうも。いつもニコニコあなたの後ろに這い寄る魔女ベアトリーチェよ」
「ベアトリーチェ・アーリー!?」
梔子の背後には、いつの間にかアトが立っていた。
魔女の神出鬼没さにいちいち気にしていては身が持たない事ぐらいは、梔子だって理解し始めている。
だが、
「な、なんであなが私の本を持ってるのですか!?」
アトが今手に持っている物を見た梔子は過剰に反応した。
……多分、文庫本だろう。垣間見える表紙には派手で露出の高い美少女がステッキを構えている姿がうつっていた。
「いやあ、ナッシーの部屋を物色していたら、まさかラノベの『魔法少女アトリ』が全巻フルコンプリートされてるとは思わなかったわ」
ああ、どこかで見覚えがあると思ったら、あれか。
というか、それが全巻部屋にあるということは、梔子の奴はひょっとしてーー
「いやあああああアア!!!」
突如として、梔子の絶叫が部屋に響き渡る。
「返して下さい! 今すぐ返して!!」
必死な顔でアトを捕まえようとするが、魔女は持ち前の身体能力と体さばきでひらりとかわしてしまう。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。私もこれには詳しいのよ」
「どうでもいいです!」
ベアトリーチェの手から本を引ったくると、胸にかき抱き、涙目で魔女を睨み付ける。
「これは違うんです! 友達が偶々薦めてきて、邪険にするのも申し訳ないので、借りてただけなんですよ!!」
そこまで言うと、梔子は振り返り、念を押す壁に寄りかかる黒咲ユウをも睨み付けた。
「分かりましたね!?」
「……いや、俺は何も言ってないんだが」
「分、か、り、ましたね!!??」
「……了解した」
強引に威圧だけで押しきると、梔子は再びベアトリーチェに視線を戻しーー
「へえ。それならクローゼットに入っていた魔法少女アトリコスプレセットも、友達から借りたのね?」
一瞬で表情を凍りつかせた。
「っ! っっ!!」
口をパクパクと開き、言葉にならない声を上げる梔子だったが、やがて電池が切れたように、床にへたりこんだ。
「もう駄目です。お仕舞いです。わ、私のクールで優秀なイメージが……」
「……クールで優秀?」
どちらかというとくそまじめでポンコツな方のイメージが――
「……ナッシー」
そんな気落ちした梔子の肩にベアトリーチェは手を置くと、
「このコスプレ自撮り写真とてもクオリティが高いわよ」
満面の笑顔で、止めを刺した。
「――――」
羞恥がすべての感情を超越したのだろう。なんの反応もせずに虚ろな目で放心している。
……深く同情する。
「話を戻していいか梔子」
「どうぞお姉様 、こんな私に出来ることがあればなりと」
あまりよくない方向で覚悟が完了してやがる。
「敵の狙いは魔女。これまでの敵の行動から私もこのユウの直感は正しいと思う」
「では私は魔女の護衛をすればいいのですか?」
「いいや。護衛ではない。お前はいてくれるだけでいい」
「……それはつまり、牽制ですか」
考え込むように、腕を組んだ梔子は結論を口にした。
(……流石に聡い)
あれだけの説明で大体の理由を理解するとは。
「そうだ。お前が私の直属であることは、敵も理解している。そんなお前が必要以上にユウや魔女と行動を共にしているのを見ればどう思う?」
「……黒咲 ユウとお姉様が協力関係を結んだ事を勘づく」
「――そうすれば、慎重な敵は情報を集めようと必ず動いてくるだろう」
「そこをおさえるのですね?」
「うむ。その通りだ」
説明を終えた黒咲 月花は、話をまとめた。
「分かるな梔子。お前がユウのそばにいることは、我々が炙り出そうとしている犯人にとってこれ以上ない牽制となるのだ」
「……分かりました」
話を聞き終えると、梔子は迷いを捨てた顔で立ち上がった。
「そういう事情なら仕方ありません。私も腹をくくります」
「そうか。お前ならそう言ってくれると思っていたぞ」
「では早速、部屋に帰って荷造りをしてきます」
「ああ、その必要はないわよ?」
再びアトが口を挟んできた。
「ど、どういう意味ですか? ベアトリーチェ・アーリー?」
嫌な予感を感じたのだろう。覚悟を決めていた顔を引きつらせる恐る恐る尋ねる梔子に対して、アトはどこまでも魔女であった。
「よかれと思って、ナッシーの住んでる部屋の家具一式を、この部屋に転移させておいたわ!」
「か、きぇ!?」
梔子の口から奇声が漏れる。
それもそのはず、あの後嫌な予感がすると言ったダンテの先導の元、魔女の所へと向かった梔子は見てしまったのだ。
まあ無理もない。いくら覚悟を決めていたとはいえ、流石にこれは予想外だろう
「というか、鈍いわよナッシー私があなたの部屋の物をぽんぽん出してた時点で察するべきでしょうに」
「そんな伏線だけで分かるわけないでしょう!?」
「ダンなら分かるわよ?」
「そ、そうなのですか?」
「ああ」
俺は頷く。
虚ろな目となっているのを自覚しながら、頬を無理やり上げる。
「お前もそのうち慣れる」
「慣れたくありませんよ!?」
共同生活をするとなると、最初はそこらへんで真面目な梔子は苦労するだろうな。
馬鹿の次元が違うからなうちの魔女は。
「じゃあ早速部屋に案内するからついて来なさいな。折角だし、ピンクの照明がついて、ベッドも回転する特別仕様にしましょう!」
「絶対にやめて下さい! って、はや!?」
「くふふ! 捕まえてごらんなさいな」
「待ちなさい!!」
既に部屋から出て行き、廊下を凄まじい速度で走るアトを梔子も追いかける。
部屋には俺と黒咲月花だけが残された。
「意外と名コンビなのかもしれないなあの二人は」
「かもな」
ボケ役とツッコミ役で。
「まあ、梔子がここからいなくなってくれたのは好都合だがな。ユウお前に今更言うまでもないとは思うが――」
「分かっている」
言われるまでもない。
「梔子の同居……本当の目的はあいつの護衛だろう?」
「……流石だなユウ」
今回の一件で敵は梔子を、俺にぶつけてきた。
だがそもそもおかしいのだ。
(何故わざわざ梔子を選んだ?)
梔子が優秀なのは間違いない。
だが俺の実力を測りたいなら、もっと適任がいたはずだ。
ここにいる黒咲月花や絶花サヤなどと言った実力者がこの学園都市にはいる。
傀儡としてぶつけるならそちらのほうがいいはずなのだ。
となれば、答えは1つ。
「金髪は何か特別な理由があって、あえて梔子を選んだ」
「うむ。私も同意見だ。だからこそ、お前には梔子の護衛を頼みたい。なにしろ今の黒咲には信用できるものがいないのでな」
「梔子が狙われる理由に心当たりはないのか?」
「あったら話してるさ」
「……だといいがな」
疑いの目を向けてやると、黒咲 月花は苦笑した。
「信用ないな」
「あんたは黒咲だからな」
疑うなというのが無理な相談だ。
「黒咲といえば――よかったのか?」
「何がだ?」
「決まっている……」
「お前の過去を知った梔子の記憶を魔女の記憶操作で消してしまった事だ」
「……」
分かっていてあえて惚けたのだが、食い下がってくるとはな……
黒咲 月花らしくないと思いながらも、俺は彼女の問いに呆れてみせる。
「おかしなことを言う。黒咲の当主であるあんたなら俺の過去は梔子に絶対に知られたくない事実じゃないのか?」
「その問いの答えはYESだ。お前の過去は黒咲の暗部そのものだからな」
言っている事とは裏腹に、気遣うような目で月花は俺を見て来る。
「だが姉としてはNOだな。妹にはお前の真実を知らせても罰は当たらないと思うが? このままではお前は梔子に恨まれたままだぞ?」
「は……」
思わず花で笑ってしまう。
何を言うかと思えば、そんなことか。
「必要ない」
誰かに恨まれるのは得意分野だ。
(これまでも)
――これからも。
それが今回は相手が妹だったというだけの話だ。
「……相変わらず不器用な奴だ」
沈黙し、口を開こうとしない俺にその心中を悟ったのだろう。一際大きな息を吐くと、黒咲 月花は俺に背を向けた。
「そうなったお前を説得するのは姉である私が一番よく知っているからな。今回は諦めて退散するとしよう」
そう言うと、黒咲月花は部屋から出て行く。
「ああ、それともう一つ」
だが部屋から出る直前で、どうしてか足を止めると振り返り、俺を見て来た。
「ただの確認なんだが、いいか?」
「なんだ?」
「魔女の記憶操作で消したのは、本当にお前の過去の真実だけか?」
「何故そんな事を聞く?」
一切の動揺は出さずに、俺はその質問に質問で返した。
「いや根拠はない。なんとなくだな」
月花の表情に特別な変化はない。
こちらを探っている様子も見受けられない。
だが俺はそれでも念には念を入れる事にした。
「ただの勘かよ。あんたらしくないな」
「ただではないさ――姉の勘だ」
冗談を口にするような気軽さであったが、俺は笑わない。
否。笑えない。
……彼女の言う姉の勘とやらが、これ以上なく厄介なものだから。
「役に立たない勘だな」
「そう言ってくれるな。何か隠し事をしているように思えたんだよ。まあ、確かめようがないのだがな……なにしろ、第七孤児院が跡形もなく消滅してしまったせいで、確かめようがない」
「文句なら俺ではなく魔女に言え。気まぐれに破壊したのはあいつだからな」
……という事にしてもらっている。
(余計な借りをアトに作ってしまった)
だが背に腹は代えられなかった。
あの地下にあった『アレ』の痕跡を知られるわけにはいかなかった。
他でもない黒咲月花にだけは。
「だが何か見られて困るものがあったと疑うのも無理がないとは思わないか?」
「好きに思え。疑うだけ自由だ」
「そうか」
「そうだ」
互いの視線の交錯は一瞬。
だが俺はその一瞬がひどく長く感じた。
「……ではな。妹を頼んだぞ」
やがて黒咲月花の方から視線を外すと、今度は部屋から出て行った。
臆病者の俺は彼女が十分に離れたのを見計らってから呟いた。
「……言われるまでもないよ月姉」
守って見せるさ。
今度こそ絶対に、俺の家族を。
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