第21話 魔女参戦‼2

「分かってはいたが、話にならんな」

 第7多目的アリーナのVIP専用の観戦室には英雄 絶花 サヤとその祖父である絶花 鉄心が第一試合――即ち、魔女の試合を観戦していた。

「魔女に半端な集団戦を挑むなど下策以外の何ものでもない。もって、数分といった所か」

「……上機嫌ですねお祖父様」

 普段は寡黙である祖父の饒舌ぶりにサヤは口を挟む。

「やはり魔女の戦闘には興味がおありですか?」

「当然だ。儂はを超えるために生涯を捧げてきたのだから。例え児戯にもならん試合だったとしても、魔女の戦闘記録をとる貴重な機会には変わりない」

「いつも言っているであろう?」と鉄心は頬を吊り上げながら目を細める。

「データは多い方がいい」

「……」

 サヤは何かを言いかけるが、結局は喋らずに押し黙った。

「しかし貴様は不機嫌そうだなサヤ。何が気に入らない? ああ。ひょっとして梔子と魔女の件をまだ納得していないのか?」

「……はい」

 梔子へのペナルティ、そして魔女のトーナメントへの参加を認めたのは全て鉄心の一存で決められた事だ。

 サヤとしてはどちらも容認できる事ではない。

 魔女の件はまだいい。彼女の戦闘記録がいかに貴重なものかはサヤとて理解はしている。

 だが梔子の件は別だ。

「お祖父様、本当に梔子ちゃんとユ……ダンテ君を戦わせるおつもりですか?」

「梔子本人がそれを望んでいるのだから致し方あるまい」

「だからと言って、負けたら黒咲から除名するのはいくらなんでもあんまりです」

 梔子がこれまでに絶花と黒咲に見せた活躍と成果は本物だ。なによりサヤ自身が梔子個人を好ましく思っているのだ。いつもは祖父に従順なサヤも今回ばかりは黙ってはいられない。

「何度も言いますが、昨日の一件の責任は私にあります。梔子ちゃんに罪はありません」

「……そういう所がまだ甘いと言っておるのだサヤよ」

「どういう意味ですか?」

 呆れたように溜め息をつくと、鉄心ようやく画面から顔を離し、サヤに向いた。

「いい加減気付け。昨日の一件のペナルティなど、方便に過ぎない。儂は最初から梔子と裏切り者を争わせるつもりであった」

「!」

 驚くサヤに、鉄心は首を横に振る。

「言ったであろう? データは多い方がいいと。あの裏切り者が魔女の宿敵を自称しているのはただの戯言に過ぎないと儂は考えておる。だが、来るべき魔女との決戦の時に無粋な横槍を入れられても、興が冷める」

「故に必要なのだよ」と、鉄心は頬を吊り上げる。

「奴を確実に抹殺するための手段が。そして我等絶花にはそれに最も適したカードを所有しているではないか」

「……それが梔子ちゃんですか?」

「いかにも。流石の奴も?」

 そう言った鉄心に、後ろめたさや罪悪感は欠片も存在しない。

 それが余計に、彼の冷酷さを際立たせていた。

「これはテストなのだサヤよ。来るべき時に、梔子が我等の矛となりえるのか、それともあの裏切り者のように我等の道を阻む邪魔者でしかないのかのな」

「お祖父様!」

 聞いていられなかったサヤは立ち上がると、祖父を睨み付けた。

「あまりにも、非情すぎます!」

「当然だ。非情にならなければ魔女には勝てん」

「ですが!」

「ですがではない。そして何を忘れているのだサヤよ」

「何を――!」

「!!」

 その言葉の意味を理解したサヤは、開きかけていた口を閉じた。否。閉じるしかなかった。

 思い出したのだ。



『お願いユウ君』



 自分の罪を。

 自分が絶花であることを。

「そうだ。それでよいサヤよ。貴様は儂の言う通りに動けばよいのだ。そうすれば今度こそ勝たせてやる」

「……」

「さあ、それでは観戦に戻ろうではないか。このような試合でも貴様が魔女を打倒するための糧となろう」

「…………はい」

 それ以上は何も言わなかった。

 ただいつも通りの彼女に戻った。

 偽りの英雄。祖父の命令に忠実に従う人形として。

 サヤは、試合の観戦に戻った。

 試合はちょうど激昂した1人が魔女に対して雷撃の『操作魔術』を放った所であった。




 アトの『スター・クルセイダー』は自らの魔力を人型の姿に固定する『形成魔術』とそれを操る『操作魔術』の二つを融合させる事で生まれた『複合魔術』だ。

 あの青い守護者に何度もボコられた経験者である俺から言わせると、あれほどシンプル・イズ・ベストという言葉が似合う『複合魔術』はない。

 敢えて比較的扱いが簡単な『形成魔術』と『操作魔術』の二つをブレンドする事で、ただひたすらに純粋なパワーとスピードを突き詰めた魔術なのだ。

 今は加減しているからそれ程ではないが、『スター・クルセイダー』の拳の一撃は人間の頭蓋骨をいとも簡単に粉砕する。耐久性も尋常でない程硬く、並大抵の魔術では傷1つつける事すら出来ない。

 故に――

『悪羅ぁ!』

「なにぃ!?」

 生徒の一人から撃たれた電撃を『スター・クルセイダー』は拳の一撃で弾き飛ばしてしまった。

「俺の魔術を拳一発で弾くのか!?」

 驚愕する男子生徒に溜息を吐く。

 仕方のないことだが、今戦場にいる生徒達はアトの事を欠片も分かっていない。

 あの性格の悪い魔女がただ魔術を弾くだけなど? そんなわけないだろう。

 他の魔術使がいる所に計算して電撃を弾いたに決まっている。

「ぎぃいいいいああああ!!!」

 案の場、別の方向からアトに接近しようとしていた生徒に直撃した。

(……やはりな)

 となると、次のアトの狙いは1つ。

「な!?」

 挑発に乗り、真っ先にアトに突撃を敢行したあの男子生徒。

「すま――」

 意図した事ではないとはいえ、自分の撃った魔術で味方に被害を及ぼしたのだ。動揺をするのは自然な反応だろう。

 だが、魔女の前ではその一瞬の隙が命取りだ。

『悪羅!!』

「がぎぃ!?」

 一瞬で距離を詰めたスター・クルセイダーのアッパーカットが男子生徒の顎にクリーンヒットする。

(あれは痛いよな……)

 俺が受けた時とは違い、加減されているのが唯一の救いだが、もう戦闘には参加できないだろう。

『瞬く間に二人を瞬殺ぅ! ベアト・アーリー。このまま全員をノックアウトしてしまうのかぁ!?』

(……終わったな)

 先行した二人の瞬殺は、ただの数の減少ではない。

 魔術使と呼ばれていても、所詮は人間。予想外な事態に直面すれば、動揺もするし、動きも鈍る。

 ましてや今戦場に立っているのは、精神的に未熟な学生魔術使達だ。

 そのマイナス作用はより大きく表れてしまう。

「うそだろ!?」

「あっという間に二人も!?」

 実際、フィールドに立つ学生達の動揺は酷いものであった。

 動きが鈍る所か、あろうことか戦場で仁王立ちする奴までいる。

 後はただの蹂躙であった。

『悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅!!!!』

 動きを止めた奴から『スター・クルセイダー』の餌食となり、同じ場所に固まっている奴等には拳の連打が叩き込まれる。

 物の数分で8人の学生魔術使達は全員、ノックアウトされてしまった。

『だがまだ一人、そんな彼女の猛攻を防ぐものがいるぞぉ!』

 そう。ただ1人アトへの共同戦線には参加しなかった奴がいた。

 あのヴァンとかいうモヒカン頭の男子生徒だ。

「やっと邪魔者がいなくなりやがったか」

 待ちかねたと言わんばかりに、手の骨を鳴らしながらモヒカン君は好戦的な笑みを浮かべた。

「これでようやく暴れられるぜ」

「怖気づいたんじゃなかったんだ」

 闘志に満ち溢れたモヒカン君にアトも嬉しそうに微笑む。

「当たり前だろう。ちょっとばかし強力な複合魔術を使えるからって、いきがってんじゃねえぞクソガキ」

 ……見た目は子供。中身はババアなんだがな。

 しかし大丈夫かあのモヒカン君。魔女に挑発などした日には、倍して返されるぞ。

「私も正直待ちかねてたんだよ?」

「あん?」

「ヘアスタイル的に、いつ火炎放射器持ってヒャッハーしてくれるのかなって期待してたのにお兄さん何もしないんだもん」

 言いやがった。いや言うとは思ってたけど、あんなにはっきりと言ってしまうとは。

「あぁん!? 何の事言ってやがるんだコラぁ!」

 対するモヒカン君は額に青筋を立てながらキレる。 

 ……どうやらあのモヒカン君、煽り耐性はあまりないらしい。

 となると、アトの奴は畳み掛けてくるな。

「え? お兄ちゃん、その髪、コスプレじゃなかったの? ピンクでモヒカンって言えば世紀末で聖帝の軍のあの人しかいな――」

 続くアトの言葉は燃え盛る炎によって遮られる。

 モヒカン君が魔術を用いて炎を放ったのだ。

「むう。人の話は最後まで聞くべきだよお兄さん」

「やかましい! 散々煽りやがって、燃やされてえのかクソガキ! この髪の色は地毛だ!!」

 ワナワナと怒りで肩を震わせるモヒカン君は、片手に『操作魔術』によって炎を球体に圧縮すると、その炎球を振りかぶり、



「このヘアスタイルはかっこいいからだ!」



 アトに向かって投擲した。

「やっちゃえスター・クルセイダー」

『悪羅ぁ!』

 中々の速度で迫る炎球に、アトはスター・クルセイダーを向かわせる。

 だが――

!!」

 スター・クルセイダーと炎球が接触する直前に、炎球が分裂した。

 それらはまるで意思を持っているかのようにスター・クルセイダーをすり抜けると、後方にいるアトに殺到する。

『おおっとぉ! ヴァンの十八番オハコである火炎系の『操作魔術』が炸裂かぁ!?』

 いや、炸裂はしない。アトは直撃する寸前に分裂した炎球の全ての弾道を見切り、無駄のないステップで全て躱す。

「ち。見た目と同じですばっしこい奴だな」

「凄いねお兄ちゃん。炎の操作に長けてるんだね」

 見直したと言わんばかりに拍手を送るアトに、モヒカン君は好戦的な笑みを浮かべる。

「おうよ。『操作魔術』が得意なのはお前だけじゃねえ」

 確かにモヒカン君が先程見せた『操作魔術』は素晴らしいものであった。

 アトのスター・クルセイダー複合魔術とは違い、『操作魔術』の単独のため、そこまで複雑な変化は行えないだろうが、それでも炎に変換した魔力を球の形に固定後、任意で分裂させるのは、簡単な事ではない。

(少なくとも、『操作魔術』の中でも中の上程の難易度はあったはずだ)

 それをあの短時間でいとも容易くやって見せるとは。あのモヒカン君、見た目は世紀末だが魔術使としての実力は本物のようだ。

「悪いがちまちま火遊びをやるのは趣味じゃねえんだ。次で確実に終いにしてやる」

 モヒカン君はそう言うと、今度は両手に炎球を作り出した。

「気が合うねお兄さん! ベアも速攻で派手にやるのが好きだから、次で終わりにしてあげるね?」

 ソウデスネ。戦闘に関しては究極の大雑把&豪快女だよなお前。

 なんせ、攻撃が避けられるなら、避けられない範囲攻撃を全方向全域に叩き込めばいいなんていう訳の分からん理屈を鼻歌混じりに実行する奴だからな。

「抜かせやクソガキ!」

 やはり先に動いたのはモヒカン君であった。

 彼は一直線にアトに向かって駆け出したのだ。

『おおっと! ここに来て、特攻かぁ!』

(……いや)

 おそらく違う。あれは――

「やっちゃえクルセイダー!」

『悪羅ぁ!!』

 突っ込んでくるモヒカン君に、アトはスター・クルセイダーを迎撃に向かわせる。

 にやりと笑うと、モヒカン君は両手の炎球を合わせ、叫ぶ。



立ちやがれファイヤーウォール!」



 瞬間、彼の前に炎の壁が立ち上がった。

『悪羅ぁ!!』

 その壁にスター・クルセイダーは拳を叩き込み、容易く破壊する。

 だが――

『悪羅!?』

 破壊した先にモヒカン君の姿はなかった。

(やはりただの目くらましか)

 最初の集団戦に参加しなかった男が無策で突っ込むとは到底思えなかった。

 見た目とは裏腹に、

 必要以上にアトの挑発に反応していたのはこの目くらましへの布石だったのだろう。

 見た目とは裏腹に策士なモヒカン君に、俺は評価を改める。

(となると――)

 次のモヒカン君の動きは一つ。

「悪ぃなクソガキ」

 モヒカン君の姿は、既にアトの背後にあった。

「これがだ」

 やはりそう来るか。

 実にうまい手だ。

 炎の壁の目くらましを使った直後に自らに身体強化の魔術を施し、アトの背後をつく。

 これでモヒカン君は一瞬とはいえ、奇襲とスター・クルセイダーの無力化の両方をやって見せた。

「こいつで本当に終いだ!!」

 片手に炎球を出現させたモヒカン君は、それをアトに叩き込もうと振りかぶる。

(確かに終わりだな)

 ここまでのモヒカン君の動きは素晴らしいものであった。

『操作魔術』も作戦も。

 だが――



 魔女に一矢を報いるには程遠い。



「がぁ!?」

 今まさにアトに炎球を叩き込もうとしたモヒカン君を攻撃が襲った。

「なん、だと!?」

 正面のアトでも、離れた位置にいるスター・クルセイダーによるものでもない。

 それは、その一撃は――



『悪羅ぁ!』



 突如として現れたスター・クルセイダーによってもたらされた攻撃であった。

「てん、めぇ……」

 後頭部を殴打され、前のめりに倒れるモヒカン君に、アトは微笑む。

「惜しかったねお兄さん」

 驚くのは無理もない。普通、学生が難易度が高い『複合魔術』を同時に発動することが出来るなどとは思わない。

(まあ、ヒントはあったんだがな)

 アトはいとも簡単に複合魔術を発動し、維持していたのだ。

 そこから彼は想像するべきであった。

 アトがひょっとしたら『スター・クルセイダー』を何体も出せるのではないかと。

 そうすればここで終わることはなく、一矢報いることぐらいはできただろうに。

「でも、本当に凄いよお兄さん。あなたと戦えただけでこの試合には意味があった」

 本音……だろうな。

 アトは心からモヒカン君を称賛しているのだ。

 あいつは魔女ではあるが、誰よりも人間好きな奴だ。

 尊敬に値する人物や行為には素直に称賛をする。

 だからこそ手強いのだ。

 俺の超えるべき宿敵兼師は人の心を持たない怪物ではなく、人の心を持った魔女なのだから。

「ちっ。余裕を見せやがって。やれよ」

「いい覚悟」

 アトはモヒカン君に近付くと、足を上げる。

「ヴァン・アレクサンダー」

「あん?」

「お兄さん……ううん。の事は覚えておくわ」

 最後にベアトではなくベアトリーチェとしての言葉を告げた後に、アトはモヒカン君……いや、ヴァンの頭に上げた足を振り下ろし、彼の意識を刈り取った。

「今はおやすみなさいな」

 そうして試合の決着がついた。

『き、決まったぁ!!! 第一試合を制したのは、ベアト・アーリー!! 『複合魔術』をまさかまさかの同時発動するという離れ技さえもやってのけた彼女は正に――』

 怒号の歓声と共に、司会のMJが何かを言っているが、俺は興味がなかった。

「……」

 アトも同様なのだろう。フィールドから去りながら、彼女は一瞬観客席の俺に目を向けると、挑発めいた笑みを向けてきた。

(分かっているさ)

 念話をするまでもない。

 その笑みの意味はこうだ。



『あなたも勝ってみせなさいな』



「元よりそのつもりだ」

「え、どうしたんですか兄貴?」

 アカツキの問いには答えず、俺もまた観客席から立ち上がると、これから始まる戦場へと向かって行った。



「勝つのは俺だ」



 俺もまた黒咲との因縁の対決、その初戦に勝利する為に。

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