第22話 不測の事態

「調子はどうだ梔子」

「お姉様!」

 第七多目的アリーナの控え室……一部の成績優秀者や魔術学園都市にとって特別な人間のみに使用が許されるその部屋で試合で使用する魔銃の最終チェックを行っていた梔子に月花が来客として訪れた。

「よろしいのですか? 今日は鉄心様の護衛だったはずでは?」

「その鉄心様にお暇を出されたのだ。サヤ様と試合を観戦するから、護衛である私は必要ないとな」

「そうなのですか」

「ああ。だから今の私はただの暇人だ。気にせず、試合の準備を進めてくれ」

「分かりました」

 机の上には解体した魔銃のパーツが並べられ、その一つ一つを入念に確認する梔子に月花は苦笑する。

「懐かしいな」

「何がですか?」

「いいや。昔ユウの奴も、絶対に負けられない戦いの時は己の武器を念入りに確認していたなと思ってな」

「……」

 ピタリと梔子の動きが一瞬止まる。

「……それは、とても不本意です」

「すまない。端から見れば慎重すぎるようにも見えるぐらいに武器をチェックする姿があいつと被ってな。許せ」

 言葉とは裏腹に月花に反省は見受けられない。どこか嬉しそうに、梔子の様子を見ている。

「……一つ質問をしてもよろしいですか?」

「ん?」

 ふと疑問が湧いた梔子は、何でもない質問をするように月花に問いかけた。

「お姉様はこれからの試合、私と黒咲ユウどちらが勝つと思われているのですか?」

 月花の今の目に映っているのは自分なのか、それとも自分の姿を重ねる事で見ている彼の過去の姿か。

 直接聞ける質問ではない為、それに近しい問いを梔子は月花に行った。

「お前だと即答してやりたいが……正直難しい問いだな」

「梔子お前は天才だ。魔術使としての才能であれば、ユウはお前の足元にも及ばないだろう」

「はい」

 それは間違いない。付与魔術しか扱えないあの男に、自分が魔術の才で劣っていることはあり得ない。

「しかしだからこそ、なのだ」

「……」

 それも間違いない。付与魔術しか使えないあの男に、圧倒的優位であるはずの自分が圧勝した姿を、どうしてか梔子は想像できないのだ。

「列車でのユウと『魔女信仰者』の戦いはお前も見たな?」

「はい」

 あの魔女とその弟子がこの魔術学園都市に来る際に発生した戦闘は梔子も見ていた。

「あの戦いを、お前はどう見た?」

 個有魔術によって身体を硬質化させた『魔女信仰者』の神父と、付与魔術しか扱えない黒咲ユウの戦い。

「奇跡のような逆転劇です」

 多分、それが一番あの戦いを評するの相応しいはずだ。

 誰が見ても相性は最悪であった。だが、それでも黒咲 ユウは勝利して見せた。

 その圧倒的不利からの逆転は奇跡と言うしかない。

「そう。だがな、奴にとって奇跡とは日常だ」

「奇跡が日常……ですか?」

「ああ。昔からそうなんだよ」

「お姉様……」

 過去を懐かしみ微笑む月花に、梔子の心の何かが

「忘れるな梔子――私の弟でお前の兄は筋金入りのジャイアントキリングだ」

 相手が格上であればあるほど、強くなる。黒咲ユウはそんな男なのだと、月花は真剣な顔で言う。

「奇跡は起きるものではなく、起こすものだ」

「え?」

「ユウが昔言っていた言葉だ。ありきたりな台詞だが、あいつはそれを本当に実行してしまう」

 だから気を付けろと、月花は警告する。

「格上であるお前は、奴にとって最も刈りやすい相手だ。気を抜けば、奇跡の一つや二つを起こされて、逆転――いや、されるぞ」

「……はい。分かりました」

 月花が自分に伝えたかった事も。

 そして伝えようとはしなかった心に秘めた想いも。

「行ってまいりますお姉様」

 パーツのチェックが終わり、組み立てた銃をホルスターに入れると梔子は月花に一礼をした。

「必ず勝ってみせます」

「ああ。期待しているぞ梔子」

 微笑みと共に送り出してくれる姉。

 だがその目にはやはり自分の姿は映っていないような気がした。

 故に梔子は再度、己にも誓いを立てる。

 裏切り者でありながら、今だ姉の弟であるあの男に勝利し、姉に認めてもらう事を。

 本当の意味で黒咲 梔子となる為に。



『さあ、盛り上がってきた所でいよいよ来たぜみんな!! 今回は我等が学園都市の天才がトーナメントに電撃初出場! そう言わずと知れた彼女――黒咲 梔子だぁぁぁ!!!!』

 司会のMJの言葉に同調するかのように、観客席から大歓声が沸き上がる。

 バトルフィールドに立った俺はそれに苦笑した。

「普段は参加していなかったのか?」

「トーナメントより黒咲としての責務を優先していましたから……ですが、今日は全力で勝ちに行かせていただきます」

 一般学生でしかない俺の問いに、梔子が答えたのが意外だったのか、これから争う事となる他八人の学生達は驚いたように俺達を見る。

『そしてもう一人の注目の選手はダンテ・アーリー! そう! 第一試合で圧倒的な実力を我々に見せつけてくれたあのベアト・アーリーの実の兄だぁ!』

 ……アトのせいで俺も無駄に目立つはめになったか。

『その実力はまったくの未知数! 妹と同様に兄もまた今日トーナメントの伝説となるのか!?』

「……なるんですか?」

「無理だな」

 賭けてもいい。絶対ならない。

 俺の魔術使としての実力は『黙示録の魔女』も認めるぶっちぎりの底辺だからな。

「百歩譲って伝説になれたとしても、それは確実に黒歴史――」

 そこまで言いかけた俺は不意に背後を振り返った。

「……どうしました?」

「いや……」

 ふと妙な視線を感じたような気がした。

 どこかで覚えのある忘れようのない独特で特殊な視線を。

『それではみんな準備はいいか!』

 いや多分気のせいだろう。

 今はそれよりもこれから始まる試合に集中するべきだ。



『試合――開始だぁ!!!』



 MJの宣言。



 それと同時に異変は起こった。



「え!?」

 梔子の身体の周囲に幾つもの魔術紋が浮かびあがったのだ。

(……いや)

 周囲に魔術紋が浮かび上がっているのは、梔子だけではない。

……か)

 俺の周囲にもまた梔子と全く同じ魔術紋が浮かんでいる。

 魔術紋の形状とそこに込められた膨大な量の魔力を見る限りこれは――

(強制空間転移だな)

 空間転移魔術の更に上。対象物を術者の望む場所に強制的に転移させる滅多にお目にかかる事のない超上級魔術だ。

 アトの奴に普段から使われ、慣れている俺はこの魔術に対処する事も可能だが――

「な、なんですかこれは!?」

 動揺している梔子にはそれは不可能。

 俺と梔子の周囲に浮かんでいる術式がまったく同じなのを見る限り、飛ばされる所はおそらく同一。

 そこまで分析をした俺は既に決断を完了していた。

(いいだろう。

 あえて何もせずに、これを仕掛けた奴の思惑通りに事を動かしてその上で叩き潰す。

(……我ながら脳筋だな。魔女の奴に毒されすぎたか)

 俺らしからぬ強引すぎる作戦に苦笑し、観客席にいるアトを見る。

「くふふ……」

 観客席の誰もが驚いている中でそいつだけは全く動じず、微笑んでいた。あいつにとってもこれは不測の事態のはずなのにだ。

(相変わらず可愛げのない女だ)

 これから宿敵兼弟子が何者かの魔術で連れ去られるというのに、心配の1つもしようとしない。

 それどころか俺の無事を確信しているのが、余計に可愛くない。

 まあ、間違ってはいないのだが。

『一体これはどうなって――』

 司会のMJの言葉は最後まで聞こえることはなく――




 俺と梔子は強制的に転移させられた。



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