第20話 魔女参戦‼
やがて訪れるであろう
魔術学園都市は数あれどその目的だけは共通している。
この模擬戦闘授業もそれの一環なのだろう。
来るべき魔女との決戦に備えて、早い段階で学生達に戦闘の経験を積ませる。
成る程。理に叶っている。
しかしだからこそ――
(まじで参加しやがったよあの魔女)
『黙示録の魔女』がその授業に参加するというのは、シュールの一言に尽きる。
『大変長らく待たせたな皆! 第7多目的アリーナの司会を担当するのは大人気MCであり、実況者であるこの俺! MJだぁ!』
観客席にいる学生達の何人かが歓声を上げる。
そのあまりの騒がしさに俺は眉を潜めてしまう。
「……本当にお祭りだな」
「はい!みんな大盛り上がりですよ!」
そう説明するアカツキの顔にもはっきりとした高揚が見てとれた。
冷めた顔をしているのは俺ぐらいか。
半分はこの場のノリに慣れる事がどうしても出来ないこと。
そしてもう半分は――
「(ドヤァ)」
そういった俺の葛藤やら何やらを全部理解していながらも、これから戦闘が行われるフィールドに、渾身のドヤ顔でこちらを見ながら仁王立ちしている魔女が原因だ。
やり過ぎるなよという意味を込めて、睨み付けてやると、アトは小さく肩をすくめると、サムズアップしやがった。
多分「大丈夫よ。問題ないわ」と言いたいんだろうが、まったくもって信用が出来ない。
『記念すべきトーナメントの予選一戦目!選手も入場したみたいたがら一応説明するぜ!この試合のルールは10人のバトル・ロワイアルだぁ! 再起不能にならず最後まで立っていたものが勝者だ!』
……成る程な。フィールドにアトを含めた10人の生徒がいるのはその為か。
考えてみれば当然だ。アカツキの言っていた事が本当ならば、このトーナメントには魔術学園都市のほとんどの学生が参加するはず。
一対一の試合形式ではその大人数を1週間で消費するのは、どう考えても不可能。
だからこそ10人でバトル・ロワイアル形式の予選なのだろう。
(悪くないな)
効率的であるのに加えて学生達に集団戦の経験を積ませる事が出来る。
とても理に叶った魔術使の育成だ。
『そして今回の試合で俺が注目する選手は君だ! ベアト・アーリー!』
「はーい!」
名前を呼ばれ、無邪気に手を上げる幼女……の演技をする魔女。あいつ。早速目立ちまくってやがる。
『キュートな女の子だが、彼女は飛び級で高等部の2年に籍を置けるほどの天才魔術使! 実力は本物だぁ!』
確かにその実力は折り紙つきだ。なんてったって世界を敵に回してる『黙示録の魔女』だからな……なんて事を言えるわけもなく、俺は観客席でそのシュールすぎる光景に、溜め息を吐き続けるしかない。
『そしてそして、地獄からの帰還者! ヴァン・アレクサンダー!!』
「うるせえぞ! ぶっ殺されてえのかくそ司会!!」
次にMJに名前を呼ばれたのは、不良の見本のような男であった。
袖を切り取られた改造制服に、耳につけたピアス。
そして何より――
「なんだけどあの頭は?」
その男のヘアスタイルは、はっきり言って奇抜としか言い表せない。
「モヒカン……だよな?」
現実ではあまり見かけない髪型な時点で目立つのに、その髪をオレンジに染めたヴァンという男は異様な程に目を引いていた。
『髪型もそうだが、彼は何人もの生徒を病院送りにした正真正銘のモンスター! 現在はそのあまりの素行の悪さにトーナメント内のランクも下がり、今では最低ランクにまで落ちてしまったが、彼の実力は本物だぁ!』
「……やばいですよ兄貴」
「見れば分かる」
あの世紀末ヘアスタイルが色々とヤバいぐらいは。
「いや、きっと兄貴髪型のことを言ってるだと思いますけど違うんです。あのヴァンってう奴自体がヤバいんです」
「分かってる。あれだろう? 主兵装が火炎放射なんだろう?」
「いえ、そうじゃなくてあいつ本当にヤバい噂が色々あるんですよ」
「大丈夫だよ」
(どう考えても、髪型以外はに全てにおいてうちの魔女の方がもっとヤバい)
試合に望む奴等にはどうか強く生きてほしい。
何故ならこれから始まるのは試合ではない。
『試合開始だぁ!』
ただの
「悪いが、俺も成績がかかってるんでね! さっさと退場してもらうぜ!」
試合は開始早々大きく動きを見せた。男子生徒の一人がアトに対して向かって行ったのだ。
(まあ、正しくはある)
まずはとにかく数を減らす。多人数の戦闘で弱い奴から狙うのは基本であり定石だ。
「あばよお嬢ちゃん!」
手に籠手を装備している所を見ると、さしずめ強化の系統魔術を使用して、急接近を行った後に、一撃で相手を沈める算段だったのだろう。
その戦法は間違ってないし、ベストなものだ。
なので彼のミスはただひとつ。
(相手が悪すぎた……)
それに尽きる。
『押羅ぁ!』
「ふぎぃぁァ!?」
接近し、拳を叩き込もうとした男の顔面に、突如として出現した拳が叩き込まれる。
「ぶべらぁ!」
圧倒的なパワーを秘めたその一撃を受けた男は口からいくつもの歯を飛び散らせながら、弾丸のように観客席にぶっ飛んで行った。
観客席にぶつかるかに見えた男子生徒は観客席に直撃する前に展開された不可視の魔術障壁にキャッチされ、地面に落下する。
そうか。ああやって観客席の安全を守っているのか等と現実逃避も半分兼ね備え得た感想を抱いた俺とは対称的に、観客席の全員がざわめいていた。
「おい、なんだよあれ?」
観客席の誰かが指をさす。
その指が指し示す先には、アトの傍に守護霊のように立つ魔力で形成された人型の守護者の姿がある。
「嘘だろう? あんなにはっきりとした人型を作れる『形成魔術』はじめて見たぜ?」
「いやでも、さっきあの幽霊みたいな奴、動いて一人ぶっ飛ばしたよな? まさかあれ『操作魔術』でもあるのか?」
「え? じゃあ、あれって――」
(……あの馬鹿)
俺は額に手を置き、深い溜息を吐くしかなかった。
(開幕早々、やりすぎだ)
今アトが行使している魔術はただの『系統魔術』ではない。
それよりももっと高難易度の魔術――『複合魔術』だ。
『おおーっと! こいつはまさかの展開だ! ベアト・アーリーが使用している魔術は形成と操作の系統魔術を複合する事で生み出された戦士だぁ!この場にいる皆なら既に知っているだろうが、系統魔術の複合発動は熟練の魔術使でも難しい高難易度の技だぞ!』
伊達に司会を担当しているわけではないらしい。あのMJという奴、いい解説をするな。
系統魔術は数あれどその基本となる系統は大きく分けて5つの分類に分けられる。
『付与』『操作』『形成』『干渉』『特殊』
これらは『五大系統』と呼ばれ、全ての魔術使はこれら全ての基礎をマスターし、その後自分の適性に合った五大系統の1つを選び、その系統の派生魔術を習得していく。これは魔術使の魔術の研鑽の基本であり王道である。
まあ余程神様に嫌われでもしない限りは『五大系統』の1つしか使えないなどと言うミジンコのような才能を持って生まれてくることはないので、これが王道だと言っても問題ない。
そして基礎を学び、己の適性を見極め、研鑽を積んだ魔術使はその後大きく分けて2つの道に進む。
1つは『特化』の道。
自分の最も適正の高い魔術のみに的を絞り、ただひたすらに研鑽を積んでいく道だ。黒咲 月花がこれに当たる。あの人はただひたすらに『干渉』を鍛え続け、『空間操作』という極みに到達した天才魔術使だ。
そしてもう1つは『複合』の道。
自分の適性の高い2つの『五大系統』の魔術を融合させ、新たな効果を持った魔術を開発していくという道だ。言葉で言うのは簡単だが、その複合魔術を成功させる難易度は尋常ではない。何故なら2つの効果の異なる魔術をまったく同じタイミングと魔力で同時に発動させる必要があるのだ。
過去の大魔術使の言葉を借りるのであれば、『複合魔術の発動は己を2つに分けた後に、左右対称で動きを完全に同調させるものだ』と。
だからこそ俺はこう思うのだ。
(何やってるんだあの馬鹿魔女)
確かにベアトリーチェ・アーリーにとってたった2つ程度の『複合魔術』など大した事ではない。
だが今のあいつはあくまでベアト・アーリー。『黙示録の魔女』ではないのだ。
いくら天才という設定とはいえ、所詮は未成熟な学生の魔術使。熟練の魔術使が一生をかけていくつかしか生み出せない複合魔術をさらっとやってしまうのはどう考えてもやりすぎだ。
「くふふ。面倒だから全員纏めてかかってきてくれると、ベア嬉しいなー」
にこりと天使のような微笑みと共にアトはバトルフィールドの全員を挑発する。
「な!? ふざけんな! いくら複合魔術を使えるからってこの人数に勝てるとでも思っているのか!!」
学生の一人が激昂する。まあ、間違っていない。いくら複合魔術という強力な武器を持っていたとしても所詮は1でしかないのだ。
連携の取れたチームではないとはいえ、8人の魔術使に襲い掛かられたら、ひとたまりもないことぐらい子供でも分かる。
「ええ」
だがそれはあくまで一般的な話。
ベアトリーチェ・アーリーであれば、例外だ。
「――勝つのは私よ」
常識や理屈なんて己の力のみで容易く捻じ伏せるのが
「ちくしょう! やってやろうじゃねえか!!」
挑発に激昂し、一人の男子生徒がアトへと向かって行く。
「く! 俺だって!」
「みんなでやればなんとか!」
「ぶっ倒せるだろう!!」
そいつに触発されたのか、残りの6人の生徒達もアトに向かって行てしまう。
(最早、この戦場にバトルロワイヤルという言葉は存在しないな)
呆れている俺とは対照的に、第7多目的アリーナの盛り上がりは第1試合目だというのに最高峰に達した。
『こいつは思わぬ嬉しい誤算だぞみんな!俺達は今、トーナメントの新たなヒーローの登場を目にしているのかもしれないぞ!!』
……その正体はヒーローを瞬殺する『黙示録の魔女』なんだがな。
「迎え撃ちなさいスター・クルセイダー」
限りなくアウトに近いセーフのアウトな見た目と名前をしたアトの魔力と趣味で形成された蒼き人型の守護者。
『悪羅ぁ!!!!』
そいつは主の声に答えるように拳を掲げると、猛々しい雄たけびを上げながら、向かってくる学生達に向かって行った。
そして
「はぁ……」
この場で魔女の実力の全容を唯一把握している俺だからこそ、これだけを言っておかなければなるまい。
「1対7なんて卑怯だぞアト」
呟きは怒号の歓声に消え、誰にも聞こえなかった。
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