第19話 舎弟

 人間関係を築いていく上で重要になってくる第一印象。

 心理学ではそれを『初頭効果』と呼ぶらしい。

 更に第一印象とは出会った瞬間に決まり、一度形成された第一印象を払拭するのは難しいらしい。

 これを『メラビアンの法則』と呼び、その後の評価や好感度にも大きく左右するのだとか。

 まあ、何が言いたいのかと言うとーー

(……終わったな。俺の高校人生)

 自分の所属する教室に入り、午前の全ての座学を終えた俺は悟った。

 昨日アトがなにかをやらかしたことを。

 多少は問題が起きるかもしれないと予想はしていたがーー

(俺を見るクラスメイトの目が完全に不審者を見るそれだ)

 まさかここまで大惨事になっているとは。

 この俺とした事が侮っていた。魔女のトラブメーカーぶりを。

『怖い顔ねダン』

(誰のせいだと思ってる)

 念話で語りかけてくるアトに溜め息をつく。

 アトの奴は低い身長の都合上、最前列で授業を受けているのだが、俺の表情を完全に認識してやがる。

『あらあら。まるで私が悪いような物言いね』

(まるでじゃない)

 まさにその通りだ。

(お前、昨日どういう認識をクラスの奴等にさせたんだ?)

 色々言いたいことはあるが、まずはこうなった原因をはっきりとさせるのが先決だ。

 それによってはこれからの対応が大きく変わってくるからな。

『別におかしな事はしてないわよ?』

(昨日こいつらに認識させた事を、今の俺に認識させる事は可能か?)

『簡単に出来るわ。十数秒で全部見せて上げる』

(頼む)

『ついでに私の魅惑のストリップシーンも……』

(断じていらん)

 いいからさっさと大事な所だけを見せろ。

『相変わらずつれないわね』

『まあ、いいわ』と告げると、俺の頭の中に幾つかの情報が流れ込んできた。

 頭の中に直接情報を流し込まれるといっても、苦痛は全くなく、どちらかというと映画を鑑賞する感覚に近い。

(流石に最初はやらかしてないな )

 冒頭は全く問題はない。

 確かにアトは俺を目立たないようにクラスの奴等に認識させようとしている。

 この調子で自己紹介も乗り切れば、本当に何の問題もなーー



『好きなものは妹。嫌いなものは妹以外。趣味は妹』



 ……ん?



『えと、あの、ダンテ君? 冗談だよね?』

『妹さえいればいい』



 んんんんんんんんんん?????



『完璧でしょう?』

(どこが!?)

 今明らかに誰が見ても致命的なミスがあったよな!?

『え?』

(いや、なんでお前がナチュラルに驚いてんだ!? 自己紹介だよ! 明らかにおかしいだろう!?)

『ちゃんと自己紹介してたじゃない。シスコンの』

(シスコンの自己紹介!?)

 そりゃあ変質者を見るような目でクラスメイトから見られるわ! どう考えてもやべえ奴だからな!

『安心しなさいな。こんな事もあろうかと、私に秘策があるわ』

(やめろ。死にたくない)

 賭けてもいい。絶対録なことにならない。

 そして俺の祈りは届かず、午前の授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

「お兄ちゃーん!」

 教師が教室を退室するのも待たずに、アトは俺の方に突貫してきやがる。

「お昼だね! 一緒にご飯食べよー!」

(……何の真似だ?)

『お昼になった途端、大好きな兄の元に一直線に向かう甘えん坊な可愛い妹よ』

 俺にはこれから俺を破滅へと導く魔女悪魔にしか見えないのだが?

「今日はお兄ちゃんのリクエストのお弁当だよ!」

 手に持った風呂敷に包んだ弁当箱を俺に突き出してくる自称甘えん坊な可愛い妹に、俺の顔がひきつる。

(ちょっと待て。誰がいつリクエストした?)

 これ、お前が勝手に作ったやつだよな?

『合わせなさいなダン。大丈夫よ。後悔はさせないわ』

(もう俺は既に昨日お前に俺の不在を任せた事を後悔しているんだが?)

 だがアトの目立つ行為のせいで、周りの注目を集めている今、確かに合わせるしかない。

「そうか。楽しみだな」

「うん! それじゃ、ジャジャジャジャーン!!」

「!?」

 そこにあったのは、この場に限り、追い討ちと死体蹴りを同時に行えるような最強最悪の兵器。




「ラブラブ弁当だよ★」



 現れた弁当。

 まず目にはいるのは、海苔で作られた『お兄ちゃんLOVE』の文字。そしてご飯の上にハート型に盛り付けられたそぼろ。ハートのだし巻き玉子。ハートのハンバーグ……その他多数のハート。

 ハートだらけというか、ハートしかない明らかにやべえ弁当であった。

(こんの魔女がぁぁぁぁぁぁアアアア!!!!!!)

『一度やってみたかったの』

 それは最早、いとも容易く行われるえげつない行為の一言に尽きる。

「う、わぁ……」

「え、なにあれ?」

「嘘だろう? あれを自分の妹に作らせてるのかよ?」

「流石にキモすぎる……というか、むしろ怖い」

 その威力を証明するかのように、クラスメイトの俺を見る目が、不審者から異形のモンスターを見るような目となった。

(もうだめだ。おしまいだ)

 俺の学生生活は2日目にして完全に終わーー

「流石です兄貴!」

「え?」

 てっきり全員から引かれてると思っていたが、ただ一人だけ例外がいた。

 俺よりも少し背が高い大柄な男だ。茶色に染められた髪は短髪で仕上げられており、意思の強そうな瞳はまっすぐにこちらを見つめていた。

「お前……誰だ?」

「そんな!? 俺の事、忘れたんですか兄貴?」

「ああ、忘れた」

 嘘である。そもそも聞いてすらいない。

「まじですか! なら、もう一度改めて自己紹介させていただきます! 俺、神崎 アカツキです!」

 クラスメイトーー神崎アカツキは、歯を見せて笑みを浮かべ、



「好きなものはロリ! 嫌いなものはロリ以外! 趣味はロリ鑑賞! ロリさえいればいい紳士です!」



 …………うん。

「誰だこの不審者?」

 思わず素で近くにいたアトに聞いてしまった。

「変態という名の紳士さんなんだと思うよお兄ちゃん!」

「あぁ! 黒髪ロリっ子のベアトちゃんの無邪気な罵りーー紳士である俺にはご褒美です!」

 いや、紳士要素が皆無なんだが?

「そうなのー? やっぱり変態さんだね!」

「あぁ! もっと言ってくださいベアトちゃん! いえ、ベアト様!」

「えっとー……この変態雄豚野郎。床にひれ伏しなさいな」

「ぶひぃ!!」

 まじで床にひれ伏す自称紳士。っていうかアト。お前ちょっと素が出てるぞ。

「……取り合えず、普通に立って話してくれないか。それとアト。お前ちょっと黙ってろ」

 お前が喋るとこの変態が変に興奮して話にならん。

「了解です兄貴! しかし流石は兄貴の妹さんです。圧倒的なロリ力にこのアカツキ、最高にハイってやつです!」

「……ロリ力ってなんだ?」

 あれか? 戦闘力的なあれか?

「いやだなあ兄貴。ロリ力と言えばロリ力ですよ。それとも兄貴ほどの紳士となれば、ロリ力の計測は不要ってことですか? 流石は兄貴です!!」

「……人の話、聞いてくれる?」

 ていうか、さっきから気になっていたんだがーー

「なんで俺の事を兄貴と呼ぶ?」

「? だって俺はあなたの舎弟ですよ? 兄貴と呼ぶのは当然じゃないですか」

「……」

 いつお前は俺の舎弟になったのだ?

「俺、感動したんですよ。昨日のあなたの自己紹介に」

「……え?」



『好きなものは妹。嫌いなものは妹以外。趣味は妹』



 ……感動する要素どこ?

「あの時あなたは自分のシスコンという性癖をまったく隠そうともせずに、クラスのみんなに暴露しました……その姿に俺は惚れたんです」

「すまん。まるで意味が分からない」

 惚れる要素があるか?

「だから決めたんです……俺はこの人の舎弟になろうと!」

「……なんでそうなるんだよ」

 そろそろ頭が痛くなって来たぞ。

 そして分かったぞ。こいつはあれだ。アトとは別のベクトルで話を聞かない奴だ。

「そして昨日兄貴は俺が舎弟になる事を認めてくれたじゃないですか!」

「いや、俺は了承してなーー」

 そこまで言いかけて気がついた。

 そうだ……昨日こいつが認識していた俺というのはーー

『私だ』

(お前だったのか……じゃないわこの馬鹿魔女! なにとんでもないことをしてくれてるんだ!?)

 明らかにこいつはヤバい奴だぞ!? しかもマジもんの!

「さあ、午後は忙しいですし、早速ランチタイムにしましょう兄貴にベアトちゃん!」

「おー! 」

「お、おう……」

 無駄にテンション高いなお前ら。



 てっきり食事中もロリロリうるさいと思ったが、意外にもアカツキは静かであった。

 それどころかサンドイッチを食べているだけというのに、ひどく絵になる。

 よくよく見れば、一つ一つの動作に育ちのよさが見える上品さまでもが垣間見える。

「そう言えば、兄貴達は午後のトーナメントには出場するんですか?」

「トーナメント?」

 朝に梔子も言っていたな。

「なんだそれは?」

「ああ、すいません。トーナメントっていうのは、学生達が呼んでる愛称で、正しくは合同魔術模擬戦闘授業ですね」

「合同魔術模擬戦闘……実戦でもするのか?」

「はい。それをトーナメント形式でやってくので『トーナメント』って呼ばれてるんですよ」

「……よければでいいが、詳しく説明して貰ってもいいか?」

「勿論です! 兄貴のためなら、いくらでも語っちゃいますよ! 今の俺のマイブームはロリっ子の鎖骨です! 服の隙間から見えるあの部分がそこはかとないエロスをーー」

「アリーナの説明だけ頼む」

 お前の性癖暴露はまたの機会に聞いてやるから。

『くふふ。面白い子ねダン』

(……まあ、普通ではいないタイプだよな)

 ヤバい性癖と突然それを暴露しだす事を除けば、そここまで悪い奴ではなーー

『鎖骨のエロさを理解しているとは、この子出来るわ』

(そっち!?)

 マニアックすぎるだろうお前らの性癖。

「了解です! アリーナっていうのは兄貴の言うとおり、一言で言えば実戦形式の授業なんですが、志願した生徒だけが行う自由参加型の授業です」

「志願はいつ行うんだ?」

「午後の授業が始まる前ならいつでも出来ますよー。学園都市から支給された『DMD』はお持ちですか?」

「ああ。これの事だよな」

 胸ポケットに入れていた携帯端末を出す。

『DMD』正式名称はDigital Mana deviceだが大抵は略した名前の『DMD』と呼ばれている。

 と言ってもこれ自体は別に珍しいものではない。魔術と科学のハイブリッドである現代において、大抵の人間が所持している携帯端末だ。

「その中に最初からインストールされてある『選択授業』のアプリケーションを起動して下さい。すると一番上の項目に合同魔術模擬戦闘授業の項目があるはずです」

「分かった」

 言われた通りに『選択授業』のアプリを起動すると、確かに合同魔術模擬戦闘授業の項目があった。

「そこをタップして参加するか参加しないかを選んで下さい。参加するを選んだ場合は、午後にバトれます」

「……えらくあっさりしてるんだな」

 いくら授業の一環とはいえ、魔術を使った戦闘を行うのだ。場合によっては死人だって出るだろうにここまで簡単に参加出来ていいものなのだろうか?

「まあ、模擬戦闘って言っても、安全は約束されていますからね。使用する武器は非殺傷武器だけですしね」

「だが魔術による危険はどうなる?」

 殺傷能力のある魔術なんてそれこそくさる程ある。

「そこも大丈夫です。一流魔術使である先生達が常に戦闘を監視していて、生徒に命の危険が迫った場合は、戦闘に強制介入して模擬戦闘授業を終了してくれますし」

「そんなに怯えなくても大丈夫だ」と言いきるアカツキに俺は何となく理解した。

「成る程な。つまり学生達にとってこのトーナメントはお祭りみたいなものなのか」

「1ヶ月の最初の1週間は必ずやるので、結構な頻度なんですが、それでもかなり盛り上がりますね」

「それは初体験だな」

「え?」

「いや、すまんこっちの話だ」

 血生臭い戦闘しか経験した事がなかった身としては、少々違和感を覚えただけだ。

「そんなに参加者は多いのか?」

「はい。非参加者は試合を見たレポートを提出しなければならないんですけど、これが結構面倒でしてね。最低でも3試合は見て、試合の流れや使用された魔術の詳細などを、書かなければならないんですよね」

「それは確かに面倒だな」

「その点参加者はレポート免除だし、成績以外で功績を残すチャンスでもあるので、参加した方が断然お得です」

「お得か……」

 模擬とはいえ戦闘。

 それに対するアカツキの考えは、全体的に軽いと考えてしまうのは、俺の方がおかしいからなのだろうな。

(これがなんだ)

 異常なのは俺の方だ。

「それに成績上位だと、学園都市同士の交流戦に選抜されるらしいです」

「成程な」

 魔術学園都市はアーカムだけではない。近場では『サン』や『ムーン』といったここよりも歴史が深い魔術学園都市だって存在する。それはある意味で当然だ。魔術学園都市は魔女に対抗するための魔術使の育成という目的で生まれたのだ。

 各地にいくつも存在し、貴重な人材を集められなければむしろおかしい。

「だからまあ、名目上は自由参加って事にはなってるけど、魔術学園都市のほとんどは参加しますね。かく言う俺も参加しますし」

「ほう。なら俺が参加すれば、お前と当たる事があるということか」

「兄貴、初参加でしょう? なら今日は無理ですね」

「何故だ?」

「同じランクの奴としか対戦が起きないようになってるんですよ。だから兄貴の今日の対戦相手は、試合をしてもランクが上がらなかった奴かそれとも兄貴のように、初参加の人かですね」

「黒咲」

「え?」

「黒咲 梔子のランクは高いのか?」

「いやいやまさか。あの人は『黒咲』ですよ? トーナメントなんかに出場するわけないじゃないですか。実際今までも参加した所を見たことないですし」

「成程な」

 

 俺は思わず苦笑した。



『決闘は午後。『トーナメント』でつけましょう』



 梔子のその言葉の意味がようやく分かった。

 俺の『DMD』の液晶画面には参加済みの文字が映っていた。

 俺は参加を押したのではないにもかかわらずにだ。

(どうやら魔女の宿敵兼弟子には戦う以外の選択はないらしいな)

 まあ元よりそのつもりだから問題はないがな。

「しかし、クラスの奴等のほとんどがいないのは妙だと思ったが、トーナメントのせいか」

 食事が始まって少し経てば、ほとんどのクラスの奴等はどこかに行ってしまった。

 おそらくトーナメントのための準備を始めたというわけか。

「綾瀬 ヒスイちゃんもいないしね!」

「ヒスイ? ああ、一昨日に列車であった奴か」

 そう言えば、午前の授業が終わった直後から姿がなかったな。

「今日一緒にお昼食べようと思っていたのに、ベア残念だよ」

「明日にでもまた誘えばいいだろう」

 そして出来れば、二人だけで食べて俺の所には来ないでくれ。

 お前がいる限り、俺の学生生活に平穏が訪れる事がないことは、今日だけで十分に理解した。

「兄貴! 俺はお役に立てました?」

 ……そう言えば、こいつもいたか。

「ああ。貴重な情報をありがとうアカツキ。これは礼だ」

「おっほ! メイドイン幼女の出し巻き卵! ありがとうございます兄貴! 一生ついていきます!!」

「それは勘弁してくれ」

 恍惚とした顔でだし巻き玉子を頬張るアカツキに、わりと本気でそう言った。

「俺もさっさと食うか」

 午後からはあの梔子とやり合うことになる。特別な準備をするつもりはないが、模擬戦闘授業を行う場所の下見ぐらいはしたい。

「ねえねえ。お兄ちゃん」

「なんだ?」

 これ以上ない程の猫なで声を出してくるアト。

 その様子に俺は嫌な予感を感じた。

「なんだか面白そうだよねー」

「何がだ?」

「もうー分かってるくせにー」

 嫌な予感は既に確信へと変わっていた。

「おい。アトまさかお前……」

「くふふ! そのまさかだよお兄ちゃん!」



「私も『トーナメント』に出場するよ!」



 俺は額を押さえて天井を仰ぎ見るしかなかった。

 そして思った。



 あ、このトーナメント終わったなと。




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