第15話 師弟対決

「先生? あの人が?」

 驚いた顔でこちらと先生を交互に見る梔子に俺ははっきりと頷く。

「ああ。朧先生は俺の恩師だ」

 なにせ、俺に基礎の戦闘技術を叩き込んでくれたのは他でもないあの人だ。感謝してもしきれない。

「カラーリング以外の見た目は鋼ムーンのサルトみたいな人だが……」

「鋼? ムーンサルト?」

「……悪い。例えが悪かったな」

 思わずアトと話す時と同じように話してしまっていた。

 そうだよな。うちの魔女と違って、ふつうの女子は特撮なんて見ないよな。

「ともかく、中身はいい人だ」

「……その人に今私、問答無用で殺されかけているのですが?」

「まあ、ほら、あれで中身は結構頑固な爺さんなんだ」

 梔子とは違い絶花の裏の顔を知っていて尚、仕え続けているがその証拠だ。

『よく喋るようになったなユウ』

 機械の音声が静かに語りかけて来る。

『五年前のお前とは大違いだ』

 声と共に、こちらから距離を離す朧先生。

の間合いまで下がるつもりか)

 会話に意識を向けさせ、相手を殺すための『仕込み』を施す。

 かつての先生の教え通りだ。

 当然、見逃していいものではないが、俺はあえて先生の思惑に乗る事にした。

「四六時中すぐ傍にマシンガン所かガトリングトークしてくる魔女がいれば、嫌でも喋るようになりますよ」

 あまり無視したらあの魔女拗ねるからな。最低限の相手は必要なのだ

『そうか……魔女には得難い経験を積ませてもらっているようだな』

「ほとんど強制的にですがね」

 そこまで話した朧先生は距離を離すのを止めた。

 理由は明白――必殺の間合いまで下がる事が出来たからだ。

『そう言う割には満更でもなさそうだがな』

 先生が両手を上げる。

 すると、機械の腕にある手首の収納口から新たな小太刀が射出され、先生はそれをそれぞれの手に逆手持ちした。

『では魔女との修行の成果を見せて貰おうか』

 話は終わりだと言わんばかりに、我流の構えを取る朧先生。

 俺以上に気配感知に長けている先生の事だ、が間近に迫っているのは当然承知しているのだろう。

 つまり、次の一撃で終わらせるつもりなのだ。

「いいでしょう」

 掌に刺さった先生の小太刀を引き抜く。

 止められていた血が小太刀を抜いたことにより、勢いよく流れ出す。

 首も合わせて、いよいよ生命に危機を及ぼすレベルの出血だが、なんの問題もない。

 



「ですが、勝つのは俺です」



 先生と同じ構えを取る。

「……」

『……』

 かつての師弟なだけあり、互いに手の内は知り尽くしている。

 故に、迂闊には動かない。

 互いに睨み合い、機を待つ。

 そしてそれは――数呼吸の後に訪れた。

『参る!』

 動いたのは先生であった。

 身を屈め、一直線に俺に突貫してきたのだ。

「!」

 故に、俺も行動を起こした。

 手に持った先生の小太刀を、振りかぶり――

(……今だな)

 全力で投擲した。

 狙いは先生の頭。その中央。

 そこには機械の身体であるあの人の唯一の急所である『コア』がある。

『甘い』

 だが当然、先生は防いでくる。

 しかも俺の付与魔術の事をこの世で二番目に知り尽くした先生は、用心深いことに片手の小太刀を投擲する事で迎撃して見せたのだ。

(流石だ先生)

 五年経っても衰えるどころか磨きがかかっている技の冴え。

 それでこそ俺の最初の師だ。

『偽装解除』

 その宣言と共に、先生の機械の両足にとり付けられたバーニアが、脚部装甲の下からその姿を現す。

(あれは、まずいな)

 何度も見た先生の必殺の流れだ。

 数瞬後には火を噴いたバーニアによる加速と、強化の『系統魔術』による加速をした先生が馬鹿みたいな速度で突っ込んでくる。

 それだけでもエグイのに、そこに影を操る先生の『個有魔術』による攻撃と防御が来る。

 まさに必殺の名に相応しい一撃なのだ。

(だが……)

 幸運な事に、俺にはその『必殺』に対して3つのアドバンテージがある。

 1つ目は事前に相手の技の情報を持っている事。黒咲 ユウの時に師であった人の技だ。その詳細まで熟知している。

 2つ目は俺自身が『必殺』の攻撃に事。

 なにせ、即死級の攻撃を息をするかのように平然と容赦なくぶっ飛ばしてくる魔女アトと日常的に戦闘を行っているのだ。嫌でも慣れる。

 この前も――



『今からちょっと時間を止めて、いっぱいナイフとロードローラーを投げるから防ぎなさい』



 何処かの漫画で得た知識を俺で再現してくるのだから、堪ったものではない。

 だからまあ自慢ではないが、必殺の攻撃では絶対に死なない自信がある。

 そして3つ目、最後の1つは――



「エンチャント」



 すでに、先手を打っているという事だ。



再始動リブート

 術式を発動する。

『無駄だ』

 俺の付与魔術を知り尽くした先生が呟く。

 確かに無駄なのだ。付与魔術の弱点は、直接的にしろ、間接的にしろマーキングを施した物にしか影響を与えられない。

 それ故に先程先生は俺の投げた小太刀を直接防ぐことを避けたのだ。

 俺がマーキングを施した可能性のある物に触れるリスクを避ける為に。

 流石はかつての師。俺の事をよく分かってくれている。

 だが先生は1つ大きな見落としをしている。

 それは、先生が俺のかつての師であったと同様に、俺もまた先生のかつての弟子であった事。

 先生の動きは予測済みなのだ。

 故に――先生はする。



『なに!?』



 先生が驚きの声を上げる。

 無理もない。片方の足のバーニアが突然破損したのだから。

 それもの攻撃によって。

『! 弾いた弾を利用したか!?』

 流石は先生だ。振り返りもせずに、俺の攻撃を理解した。

 そう、先生のバーニアを破損させたのは梔子が魔銃で撃ち、小太刀で防がれた弾丸だ。

 弾かれた弾丸はそのまま床や壁に飛んでいき、埋まっていた。

 俺はそこに魔術紋をマーキングし、付与魔術でに過ぎない。

 俺が投げて、先生が弾いた小太刀を利用することによって。

(相手が先生だから出来た事だ)

 俺を知り尽くした先生なら俺の投げた小太刀を直接触れずに、迎撃してくるのは分かっていた。

 だから俺はそこに罠を張った。

 先生が迎撃した俺の小太刀が弾丸が埋まっている床や壁に刺さるようにタイミングと角度を測って投げたのだ。

(まあ、それでれも半分は賭けだがな)

 しかし俺は賭けに勝った。

 計算通りに弾かれた小太刀は狙い通りの床に刺さり、刃に施していた魔術紋を伝播させ、付与魔術を発動させる事に成功したのだ。

 お互いに手の内を知り尽くした相手だからこそ成立した絡め手である。

(だが……)



 問題はここからであった。



『この程度、些事!!』



 そう――この程度では先生を止めること等出来ないのだ。

 片足のバーニアを破損し、大きくバランスを崩し、『個有魔術』を発動するタイミングを逃しながらも、先生は決して止まらない。

 不利を承知しながらも、進む事を決して止めようとしない。

「本当に流石です先生」

 心からの称賛を送る。

 そんな人だからこそ、俺は今でも先生を尊敬している。

 黒咲 ユウの名を捨て、魔女の宿敵兼弟子となった今でも。 

 だからこそ――

「エンチャント」

 加減はしない。

 全力で、殺すつもりいく。

 今の俺を、俺の成長を、先生に示す為に。

 


「オーバー ――っ!?」



 だがその瞬間、横やりが入った。

 いや、正しくはやりではなくであった。

 まさに次の瞬間、ぶつかり合おうとしていた俺と先生の間に剣が割って入ったのだ。

『ぬぅ!?』

 これには流石に先生も、そして俺も動きを止めずにはいられない。

 当然だ。先生は仕える相手、そして俺にとってはある意味で一番の障害となる女が割って入った剣と共にそこに現れたのだから。



「そこまで! 双方、刃を収めてください!!」



 突如として現れた邪魔者に、俺は舌打ちをした。

「思ったよりも速かったな」

 近くにいる事は分かっていたが、想定していた以上の速さは腐っても最高の魔術使と言った所か。

(まあ、空気が読めない所は相変わらずだがな)

 魔女だって空気を読む時があるというのに、その乱入者はこちらの都合などお構いなしに、声を張り上げる。



「この勝負は私、絶花 サヤが預かります!!」



 かつての俺の主であり、世界を救った英雄様がそこにはいた。

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