第14話 影の襲撃者
始業式の後、生徒達は各々のクラスに入り、クラスで始めてのホームルームを迎える。
そこでは、軽い自己紹介と連絡事項が主な内容となるそうだが……
俺はそれには向かわずに英雄様と会うために、数ある校舎の中でも『絶花』の関連者しか入る事が許されない言われるS2棟に来ていた。
「他のところに比べて、警備システムが、段違いで厳重だな」
5年前はここまで大袈裟な警備をしていなかったはずだ。
「『絶花』の方々――特にサヤ様が多くの時間を過ごされる場所なので当然です」
扉の指紋認証に、自らの手をかざしながら、俺の案内人は非難するような目を送ってきた。
「それと、失礼ですよ。あなたの時はどうか知りませんが、今のサヤ様は世界を救った英雄なんですから」
魔術学園都市の制服を身に纏った梔子の言葉に俺は肩をすくめる。
「……そうだったな」
表向きはそういう立ち位置だったなあのヘタレ女。
「開きました。行きましょう」
「おう。ありがとな」
何か気に障ったのか、ぴたりと梔子は動きを止めた。
「勘違いしないで下さい。別にあなたを助けているわけではありません」
「お、おう。それは分かっているとも」
あくまで仕事で梔子が俺に同行してくれるのは勿論理解している。
だが助かっているのは事実なのだ。こんなにも面倒な認証が必要であったのだ。梔子がいなければ穏便な方法ではたどり着けなかっただろうから。
「……本当に分かっていますか? 私がここにいる本当の意味を?」
そう言った梔子の目はこちらを試しているようであった。なので俺は呆れながらも真面目に答えてやる。
「ああ。俺の案内役兼何かあった時の処刑人って所だろう?」
梔子の左右の太ももにはホルスターが巻かれており、そこには彼女の得物である魔銃と小太刀がそれぞれに収められている。
俺に不審な動きがあれば、彼女はそれを用いて躊躇いなく攻撃してくるだろう。
「……それが分かっているなら、私に礼を言うのはおかしくないですか?」
「いいや?」
何もおかしくはない。
「アトが言っていた。礼を欠く人間は自分が大きな見落としをしても気付けない人間だ……とな。逆に礼をちゃんと言える人間は見落としをしていても気付く事の出来る人間なんだと」
「……魔女の言葉とは思えませんね」
「そうか?」
むしろあいつらしいと俺は思うがな。
複雑な顔で頭を振ると、梔子は止めていた足を動かし始めたので、俺もそれに続く。
「しかしこうも堂々と歩いて誰にも会わないと言うことは、人払いは済ませているのか?」
「はい。『黒咲』として命じさせていただきました。今この棟にいるのは私とあなた。そしてサヤ様だけです」
「手回しがいいことで。というかお前、そういう命令を出せるという事は、黒咲ではそれなりの地位にいるんだな」
「当たり前です。私の上にいるのは、月花お姉様と『絶花』の皆様だけです」
「そうか……」
随分と厚待遇になったものだ。
(俺達の時とはえらい違いだ)
嬉しいような、悲しいような……複雑な心境だな。
(ということは――だ)
「今俺達を殺そうとしている襲撃者の事も知らないわけだ」
「え?」
こちらを振り返った梔子の目が見開かれる。
おそらく見てしまったのだろう。
『……』
音もなく忍び寄った黒で塗り潰された影で形成された影人間が俺の背後にいるのを。
そしてその手に、漆黒の小太刀が逆手に握られてるのを。
(一体、何時の間に!?)
音ばかりか、気配さえなかった。
魔女の弟子である黒咲ユウが不審な動きがないのか、魔術によるトレースを行っていたにも関わらずに――
その者は黒咲ユウの背後に立っていた。
「逃げて!!」
その手に握られた漆黒の小太刀にほとんど反射的に梔子は叫ぶ。
だが――
「いや、狙われているのはお前もだ梔子」
「!?」
冷静な声で言われ、梔子もそこでようやく気が付いた。
自分の背後にもまた、何かがいることを。
そしてそれに気が付いた時は、もう手遅れであった。
『動くな』
「!」
感情の感じられないない機械音声。そしてそれと共に首に押し付けられた物に、梔子は動きを止めるしかなかった。
『動けばその首もらい受ける』
押し付けられたのは刃。黒咲ユウの背後にいた影人間の所持していた物と同じ漆黒の小太刀であった。
「あなた、何者ですか!」
「死神だよ」
答えたのは背後の人物ではなく、自分と同じく背後から刃を首筋に押し付けられた黒咲ユウであった。
「今まで優等生だったお前が知らないのも無理はない。この人は裏方専門の暗殺者だからな」
「裏方専門の――暗殺者?」
そんな人がどうしてここに!?
『黒咲 梔子』
「!」
背後から聞こえた声。それは感情の籠らない機械音声のはずなのに、身がすくんでしまいそうになるほどの威圧感があった。
『貴様は絶花を裏切り、魔女の味方となった』
「な!? 私は裏切ってません!」
濡れ衣にも程がある。自分が絶花を裏切るなどあり得ない。
『では何故、魔女の弟子であるあの男をサヤ様の元に連れて行こうとした?』
「それは――」
言いかけて、梔子は口をつぐんだ。
言えない。言えるわけがない。そのサヤ様に頼まれたからだと。
英雄であるサヤが魔女の弟子である黒咲ユウに会う事を希望したから等と言える訳がなかった。
『沈黙は己の罪を認めたと認識する』
刃が先程よりも強く首筋に押し付けられる。
だが梔子は決して真実を話そうとはしなかった。
例え冤罪を着せられる事になっても、仕える主の顔に泥を塗る事は出来ないと考えたからであった。
「理由は言えません。ですが、私は絶花も黒咲も裏切っていません」
『そうか……』
梔子は自らの首が切断されるのも覚悟した。
『血は繋がっていなくても、やはり兄妹だな』
だがどうしてか押し付けられた刃の力が少し緩んだ。
『昔のお前を思い出したぞユウ』
「勘弁して下さい」
「その名はもう捨てたんです。あなたならこの意味を分かってくれるでしょうに」
『そうであったな』
面識があるのか、二人の会話には壁を感じさせない何処か気安い雰囲気がある。
『では、魔女の弟子ダンテ・アーリーよ。貴様はこの状況をどう切り抜ける?』
「魔女の宿敵兼弟子ですよ」
そうですねと、何かを諦めたと風にため息を一つ吐くと、
「とりあえず大人しくやられる事にします」
そう言うと、黒咲ユウは押し付けられた刃に自らの首を押し付け――
「何をやって――」
躊躇いもなく、引いた。
「!!??」
刃によって切られた黒咲ユウの首筋の血管から鮮血が巻き散る。
「何をやっているんですか!?」
驚愕し、思わず声を上げる梔子。
しかし――
「チャンスだぞ梔子。抜け出せ」
「!」
己の首を自傷した黒咲ユウの言葉に、はっと気づく。
自分への拘束が僅かに緩んでいる事を。
「っ!!」
腰のホルスターから魔銃を抜くと、梔子は背後に向かって躊躇いなく発砲した。
計三発の近距離からの連続発射。
『!』
しかし襲撃者は手に持った小太刀でその全ての弾丸を防いでみせる。
「くっ! まだ!!」
引き金を再び引き、残った弾を全て叩き込む。
『疾っ!』
だが防がれる。
まるで吸い込まれるかのように、全ての弾丸が襲撃者の小太刀の刃に弾かれてしまう。
「化け物ですか!?」
思わず梔子が叫ぶ。弾の再装填をしようと、ホルスターに手を伸ばそうとし――
「!?」
そこで梔子は気が付いた。最短で距離を詰めた襲撃者の手にあった筈の小太刀がない事に。
「あ」
そして自分のすぐ近くに、その漆黒の小太刀がある事を。
(投擲……された? いつ?)
何が起こったのかさえ分からない神業。
反応さえ許さない技を見せつけられた梔子は、自分の喉に向かってくる小太刀を認識しながらも、防ぐことが出来ない。
(やられる!)
数瞬後に自らに訪れるであろう死に恐怖し、梔子が瞼を閉じる。
だが――
「相変わらず容赦がないですね」
「え?」
死は訪れなかった。
「黒咲ユウ!?」
梔子の傍にいつの間にか彼はいた。
そればかりか、飛来していた小太刀を自らの手の平で受け止めていたのであった。
「無事か?」
「な、なんで私を庇ったんですか!?」
漆黒の刃によって貫かれた黒咲ユウの手の平からは、おびただしい量の血が流れていた。
首の出血も合わせて、命に支障があるレベルだ。
「別にお前を庇ったわけじゃないさ。ただあの人にこれ以上身内を殺させたくないだけだ」
「身内?」
「ああ。あの人もお前と同じ『黒咲』だ」
「!?」
梔子が驚き、襲撃者を見る。
『変わらんなお前は』
機会音声と共に、襲撃者は着ていた外套を脱ぎ捨てた。
露わになった姿に梔子は息を飲む。
明らかになった襲撃者の全身は鋼鉄に覆われていた。
最初は鎧かと思った。魔術師の中には魔術防壁を仕込んだ
だがすぐに気が付いた。その襲撃者はそんな生易しい存在ではない事を。
「魔道機使!?」
生命体と魔道制御系の技術を融合させて生まれたサイボーグ魔術使。
梔子も存在は知っていたが、実物を見るのは初めてであった。
『そうやって己の身を省みずに他人を助けようとするから、全てを失うのだ』
「そんな自己犠牲をした覚えはありませんが、もし百歩譲ってそうだとすればきっと師匠に似たんでしょうね」
『ベアトリーチェ・アーリーか?』
「いいえまさか。あの魔女からは習う事は大抵禄でもない事ですよ」
「なので」と、黒咲ユウは困った風に笑った。
「もし自己犠牲なんていうのを俺が学んだとしたら、それは最初の師匠であるあなたですよ……黒咲 朧先生」
――――時計の針は少し戻る。
(暇だわ)
始業式を終えたベアトリーチェは、自分の所属するクラスで暇を持て余していた。
クラスでは担任教師の挨拶が終わり、今は一人一人が簡単な自己紹介を行っている所だ。
(暇すぎるわ)
だがしかし、ベアトリーチェは退屈であった。
クラスの中には何人か『面白そうな』者もいたが、それでもベアトリーチェは興味を持てなかった。
何故か?
(……ダンが傍にいないなんて)
それはとても単純でどうしようもない理由であった。
先程回ってきた自分の自己紹介でも言ったが、趣味がダンテであるベアトリーチェにとって、今の状態は大変好ましくない。
(といっても、今回ばかりは着いて行くわけにもいかないしね……)
ダンテと英雄の因縁を全て承知している身としては、同行するわけにはいかない。
ダンテの言った通り、あれは彼が自分の力で乗り越えなければならない壁なのだから。
(我慢しないとね)
魔女だって空気を読むときはあるのだ。
「ダンテさん。あなたの番ですよ?」
(あら、もうダンテの自己紹介なのね)
担任教員である女教師(名前を覚えていない)がダンテの席を見ている。
クラス全員の認識を支配し、ここにダンテがいると錯覚させているとはいえ、何も返事がないと不審に思われるだろう。
なので、適当にダンテの自己紹介を考えてクラスの全員に認識さえないとならないのだが……
『いいかアト。くれぐれも俺を悪目立ちさせるなよ。目立たない地味な奴としてクラスの奴等に認識させろ』
別れる時にしつこい程に、念を押してきたダンテをベアトリーチェは思いだす。
(さて、どうしましょうか?)
本当なら、「ただの人間には興味ありません!」から始まるインパクトのある自己紹介にしてやろうと思っていたのだが、釘を刺されたので、流石に自重するとしよう。
(よし。決めたわ)
ベアトリーチェは、自らのイメージした光景を、クラスに認識させる。
その光景とはーー
『ダンテ・アーリー。好きなものは妹。嫌いなものは妹以外。趣味は妹。以上だ』
そう言い終えると、ダンテは着席した……ように認識させた。
「「「………」」」
クラスのベアトリーチェを除く全員が沈黙した。
「えと、あの、ダンテ君? 冗談だよね?」
若干目を逸らしながら、教師が再び尋ねてくるので、ベアトリーチェは止めの一言をクラスの全員に認識させた。
『妹さえいればいい』
「「「…………」」」
今度こそ誰一人として喋ろうとすらしなかった。
それどころか、誰一人ダンテのいる場所に目を合わせようとしない。
それを見たベアトリーチェはーー
(完璧ね)
満足そうに頷いていた。
(目立たない所か目を逸らされてるし、自己紹介もほとんど妹のこれ以上ないほどに地味なものーーくふふ。我ながらいい仕事したわ)
明日のダンテの反応が楽しみだと、ベアトリーチェは一人、微笑するのだった。
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