第13話 始業式
魔術学園都市の始業式。
初等部から高等部までの全校生徒が学園の中央にある多目的ホールに集められる。
世界を救った英雄の母校という看板まあってか、その人数は膨大の一言に尽きる。
だがそれだけ大人数を収容していると言うのに、適度な温度、湿度を空調設備は保っている。
最高の魔術使育成機関の名は伊達ではないと言った所だ。
まあ、もっとも……
「であるからして――」
校長の話の長さも最高級なのが玉に瑕だが。
「というわけなのです。であるからして――」
『であるからして――』も16回をカウントした所だぞ。
『まあ、堪えなさいなダン。校長の話が長いのはどこの学校でも共通のお約束だから』
頭の中にアトの声が直接響く。
(念話を使って俺と会話をして暇を潰しているお前にだけは言われたくないな)
『くふふ。それを言われると痛いわね』
とある系統魔術の亜種である『念話』
本来であれば、会話する互いに魔術紋を準備しなければならないのだが、そこは魔女のアト。
本人曰く、何とかしたらしい。
(まあ、魔女だからな……)
その為、式が始まって大体一時間ぐらいが経過した今、俺達はずっと念話で会話をしていた。
『さて、話を戻すわねダン。ニーソックスは人類の宝なのよ』
と言ってもほとんど一方的に俺の頭に直接ニーソックスの講義をされていただけだが。
(おい……いい加減にやめろ。俺には理解するのが難しい)
人の好みの一つとしては理解できる。だが、その良さが俺にはよく理解できない。
絶対領域とか言われても訳が分からんのだが。
『駄目よダン。せっかく学生になったのだから、ニーソックスの良さを理解してないと、学生生活の半分を無駄にしてしまうわ』
(そんな事で無駄になる学生生活なんて滅んでしまえ)
正直、校長の長話以上に役に立ちそうにない講義だが、無視する事は出来ない。
理由は二つ。一つは単純に無視する手段がない事。
付与魔術しかまともに使えない底辺の魔術使である俺では念話を切断することが出来ないのだ。
そしてもう一つはこれがアトの暇つぶしだという事だ。
俺が無視して暇を持て余した魔女が、面倒事を起こさないようにする為だ。
『でもここまで話しても、ニーソックスの良さが分からないなんてね。お母さんちょっと心配だわ』
(ニーソックスの良さが分からないと心配するお母さんの方が心配だよ)
『でも安心しなさい。今日の夜は私がニーソックスの良さを実演で教えてあげるから!』
(ワータノシミダナ)
今日も魔女のせいで睡眠時間が削られそうだ。
『じゃあ、次はニーソックスから見える絶対領域についてもっと詳しく講義してあげ――あら?』
(どうした?)
問いかけて、俺も気が付いた。
校長が壇上から降りている。
(やれやれ。ようやく退屈な話が終わったな)
そしてこれでようやくアトの暇潰しからも解放される。
『残念だけどダン。もっと退屈な話が始まりそうよ』
(なに?)
校長の長話よりも退屈な話など早々ない。
ましてや、基本的にどんな人間も『面白い』と感じるアトがはっきりと嫌悪を示す相手など早々いな――
(いや――)
一人だけいたか。アトとそして俺が『嫌悪』を感じる人間が。
そしてその予想は正しかった。
「お、おい。あれ!」
「ああ、間違いない。サヤ様だ!」
「嘘だろ!? 英雄が来る予定なんてなかっただろう!?」
冷えきった目で見る俺とは対照的に突然現れた『英雄』に、生徒達はざわついた。
新入生である一年生の中には、涙すら流す者さえいた。
『あらあら、まるで崇められてるみたいね』
(みたいじゃなくて、崇められてるんだよ)
なんせ、この場にいる人間にとっては、今の自分の命があるのは魔女を倒した英雄の存在のお陰なのだ。
それが天災の一種とされている魔女を打ち倒した生ける伝説なら尚更だ。
(お前だって魔女信仰者の奴等に崇められてるだろうが)
望んでもいないと言うのに……
『くふ』
(なんだ?)
『別に? ただこれ以上ない適切な例えと思っただけよ』
(……そりゃどうも)
視線を壇上に戻す。
好意や尊敬と言った様々な視線に晒されながら、英雄様は意に介した様子はなく、軽く一礼をすると微笑んだ。
「皆さんおはようございます。絶花サヤです」
それは他人から見れば、見る者を安心させる天使のような微笑みであったのだろう。
だが――
(そうか……)
(五年前経ってもあんたは人形のままか……|お嬢様《・・・》)
自然に壇上を見上げる俺の目は険しいものとなっていた。
……これで何度目になるのであろうか?
『英雄』としての仮面を被るのは。
きっと『彼』なら、今の自分の事を人形と評しただろう。
実際の所自分もそう思う。
「この学び舎で皆さんの新学期が始まる事を、この学園の理事長として大変喜ばしい事だと思っています」
だというのに……いや、だからこそか。
実にそれらしい言葉が、すらすらと口から出る。
「多くを学び、多くを経験し、多くの想い出を作る……この学園でそんな『日常』を過ごしていただきたいと思っています」
滑稽だ。何が『日常』だ。
『彼』の『日常』を食いつぶした自分が何を言っているのか。
「……ここまでは、理事長としての言葉です」
一区切り置く。一つ大きな呼吸をした後、先程よりも声量をほんの少し大きくする。
より感情が籠っていると
「ここからは絶花 サヤとしての言葉です」
役職ではなく、一人の人間として。
そうして聞こえるように、私は言葉を紡ぐ。
だが『彼』には変わらず『人形』だという事が見抜かれているだろう。
「五年前の惨劇……『終末大戦』は皆さんの記憶に新しい事でしょう」
ここは少し悲しそうにする――必要はない。
「『魔女』が起こしたあの戦争は今も尚、世界に多くの傷跡を残しています」
五年前のあの事件での私の悲しみは本物だ。ここだけは私は『人形』ではなく、『絶花サヤ』として喋る事が出来る。
「世界の6割の魔術使の命が奪われてしまったのもその一つです」
ああ、そしてその6割にも数えられる事のない犠牲者も存在する。
「この中には、あの戦争で家族を失い、思いだすのも辛い方もいるでしょう」
『彼』もその一人。
いや、『彼』こそがその犠牲となった最たるものだろう。
「ですが、だからこそ忘れてはならないのです。我々人類と世界が存続しているのは、彼等の存在があったからだという事を」
そして『彼』がいたからこそなのだと。
(……そうだよ)
真に英雄に相応しいのは自分ではない。
本当に相応しいのは――
「戦いはまだ終わっていません。いえ、終わる事はありません」
そうだ……なに一つ終わっていない。
「……くふ」
笑いが聞こえたような気がした。
今の自分を笑われたような気がした。
いや、実際嘲笑われたのだろう。
他でもないこの場にいる『魔女』に。
「第二第三の『魔女』が現れた時、世界の守り手となるのが、我々魔術使の使命です」
ああ、分かっている。笑われて当然だ。
魔女から見れば、さぞ滑稽だろう。
最後まで戦う事が出来なかった女が、戦いはまだ終わっていないとほざいているのだ。
滑稽以外のなにものでもない。
「その来たるべき時が来た時、この学園で過ごした日々はきっとあなた達の力になるはずです」
嘘だ。そんな物は力にならない。
『魔女』の前では、全てが無意味。
魔術も。
想い出も。
愛情すらも。
何もかも残らず塵と化す。
(勝てるわけ……ない)
魔女に勝てるのはきっとただ一人……
「……」
今も尚、殺意すら籠った視線で自分を睨みつけてきている『彼』しかいない。
「この学園での日々が一つでも多く未来の力になる事を心から願っています」
その言葉で締めくくると、私は逃げるように壇上から去った。
「……」
壇上から
『落ち着きなさいなダン』
(俺は冷静だ)
あの女のヘタレた姿なんて見慣れている。
今更それを見た所で何も感じない。
『それは五年前の……でしょう?』
(……)
アトの言葉を、俺は否定できなかった。
予感はあった。
あのヘタレ女が、五年前の事件を引きずったままなのではないかと。
だが、現実は予想よりも遥かに悪かった。
(まさか、あそこまで悪化しているとはな……)
引きずる所か、あいつの時間は五年前で止まったままだ。
成長どころか、変化すらしていない。
『気持ちは分かるけど、抑えなさいなダン。この後、あの子と二人っきりでお話しするんでしょう?』
(……ああ)
この後の英雄様との会合する予定はアトにも話した。
どの道、アトにはバレる事だ。
それならば最初から話し、こちらの共犯者になてもらった方が色々と都合がいい。
『センサーや探知系。そして監視とクラスメイト達からの認識は誤魔化してあげるけど、本当に私がついていかなくても大丈夫なの?』
(なんだ、また保護者気どりか? 心配しなくても俺は我慢強い方だ)
殺意を抑える術なんて嫌という程、知っている。
(それに、お前が近くにいたんじゃ、英雄様はビビッて話も出来ないだろう)
これも嘘ではない。表向きは世界を救った英雄様はその実、心の底から魔女を恐れている。
『それは、そうだけど……』
まだ心配なのか、アトは食いついてくる。
俺はため息を吐くと、
(アト。これは俺の戦いなんだ)
はっきりと拒絶の言葉を心中で口にした。
(黒咲 ユウとしての最期のケジメでもあり、ダンテ・アーリーとしてのお前以外との最初の戦いでもあるんだ)
これを乗り越えなければ、俺は一生
(だから頼む)
『……分かったわ』
完全に納得したわけではないだろう。
しかし、アトは俺の意志を尊重してくれた。
それがとても嬉しかった。
『ならダン、一つだけ覚えておきなさい』
(なんだ?)
『あなたが最も憎むべき相手はこの私よ』
(……)
『意味は分かるわね?』
(ああ)
分からない訳がない。
黒咲ユウ
ダンテ・アーリー
そのどちらであったとしても、最も憎むべき相手は
そうでなければならないのだ。
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