第5話  禁術

「……」

 俺は自分の耳を疑った。

 今あのフードを被った魔女信仰者は、確かに言ったのだ。



 アトの事を『魔女』だと。



「くふふ。なんの事かしら?」

本来ならこの場で一番驚くはずのアトは動揺する所か、愉快そうに微笑む。

流石の肝の座り様だ。伊達に世界すべてを敵にまわしているわけではない。

「ふえぇ。お兄ちゃんびっくりしちゃったね? あの人、訳の分からない事言ってるよー」

わざとらしい猫なで声で、俺とフードの男へ煽ってくる様はいつもと変わらない。

というか、平常運転すぎて腹が立つぐらいだ。

「とぼけなくていい。君達の正体は既に知っているさ」

 魔女信仰者は顔を覆うフードを下ろし、素顔を晒した。

「はじめましてだな。『黙示録の魔女』ベアトリーチェ・アーリー。そして、その弟子ダンテ・アーリー君」

 露になった容姿はとても整っていた。

 20代前半位の男。金色の長髪に青い瞳。

 特徴的な顔だが、その顔に、見覚えはない。

 だとすれば、アトの関係者か?

「あら随分なイケメンね。ダン。あなたの知り合いにこんな美形がいるなんて知らなかったわ」

 どうやら違うらしい。

 というか――

「知っているくせに、わざとらしくとぼけるな出歯亀女」

「あら。ストーキング主義の女の子ならみんなやってると思うわよ?」

 人の記憶を覗き見て来るストーカーがいて堪るか。

 そんな世紀末レベルのストーカーは間違いなくお前だけだ。

「改めて確認するが、本当にあれはお前の知人じゃないんだな?」

「さあ? 私、興味ない子は覚えてないから」

「はぁ」

 そうだなそういう奴だよお前は。

 しかし、ならやはりこいつはアトの関係者なのか?

「あんた……」

「誰だね君は!?」

 少しでも情報を得ようとした俺よりも先。

 唯一この場でその質問をする必要のない神父が、何度も瞬きをしながら、男を見ていた。

「そうだったね。君にも初めましてと言わなければならなかったね神父」

 目に見えて動揺する神父の事が愉快でたまらないと言った風に、男は微笑む。

「そしてご苦労様。君とトオル君はいい道化だったよ。おかげで、私の思い通りに事が進んだ……」

「ふざけるな! 思い通りだと!? 司祭様はどうした!? いや、そもそも――」

 信じられないと言った顔で、神父は叫ぶ。



「何故、私は君を司祭様だと思っていたのだ!?」



(……どういう事だ?)

 まるで、今の今まで神父が司祭と呼んでいた相手が今は別の者に見えているようではないか。

「それが私の力なのだよ。最も君程度の男に理解する事など出来ないだろうがね」

 男は片手を上げると、小さく呟いた。

発現アバター

 それは聞き覚えのある詠唱。

 聞き間違えようのない『個有魔術』の発動時の言葉。

「ご苦労様神父」

 労うように、微笑みを浮かべながら、



「もう死んでいいぞ」



 男は、はっきりとそう言った。

「!?」

 そして男の言葉を聞いた神父は驚愕に顔を歪ませた。

「身体が――!」

「そう。もうその身体はもう君のものではない」

 神父は立ち上がった。

 だがそれが神父の神父の意志ではない事は彼の顔を見れば明らかだ。

 今、神父の身体は金髪の男によって操られると見て、間違いない。

(精神干渉の系統魔術か?)

 精神干渉の系統魔術。

 それを極めた者は、発動対象の意志を残したまま、身体のコントロールを奪えると聞いた事がある。

 一瞬で人の身体のコントロールを奪える程の精神干渉の系統魔術。

 厄介なことは間違いない。

(だが……)

 生憎そんなものはアトに何度もやられている。耐性も対抗策も俺にはある。

 何か

「いいえ違うわダン。精神干渉の系統魔術じゃない」

「……アト?」

 珍しく真剣な顔のアトが、神父を指さしていた。

「よく見なさいな」

「?」

「魔力暴走が完全に止まっているわ」

「!」

 指摘され気が付く。

 神父の身体の崩壊が止まっていた。

 という事は、あれは精神干渉の系統魔術などではない。

 そんな生易しいものでは、断じてない!

「アト」

「なにかしら?」

「……弟子として一応聞くが、あれはあり得る事なのか?」

「ありえないわね。少なくとも私が知る限り前例はないわ」

「……」

 やはり世の中、一筋縄ではいかないようだ。

「アト。少し離れてろ」

「あらあら。怖い顔。そんなにあの金髪の坊やが怖いの?」

「ああ」

 目的が分からないという点で俺はあいつに恐怖を抱いている。

 もし、奴の目的が俺達に本当に挨拶をしに来ただけなのだとしたら、奴は相当な危険人物だ。

 なにしろ、挨拶の為に列車に乗った人間たち全てを巻き込む事を選んだのだから。

 そして魔女信仰者とはいえ、神父たちを当て馬のように利用もした。

(いや待て)

 妙ではないか?

 あの男は神父に死んでいいと言った。

 だがその言葉とは裏腹に、神父の身体の崩壊を止めている。

 明らかな矛盾である。

(何故だ?)

 理由があるはずだ。

 残虐で危険な男が、自らの個有魔術を使ってまで神父を助けた理由。

 それは――

「!!」

 一つ思い当たる。

 普通ではありえない。

 だが、ここまでのことをやってのけた人間なら、やらないことはない。

 いや、むしろやりかねない・・・・・・

「どうやら君は気付いているようだねダン君」

 金髪の男は笑いながら告げる。

「そうだよ。これから神父を『起爆』させる」

「……お前!」

 自分の最悪の予想が的中していた事が、俺の焦りを加速させる。

 まさか本当にあの禁術・・を使う気なのか?

「起、爆!? いったい、な、にを!?」

「うるさいぞ神父。敗者となったお前にもう用はない」

「ぐぅ!?」

 金髪の男が指を鳴らすと、神父は虚ろな目となり、その表情から感情という人間性が消えた。

「一体なにをだって? 決まってるじゃないか」

 にこりと、金髪の男は微笑み、人形となった神父に対して、先程の答えを言った。




「事前に君の心臓に仕込んだ術式を起動させて、役立たずの君を人間爆弾として有効活用させてもらうんだよ」




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