第4話 エンチャントオーバードライブ

(何故だ?)

 全ての攻撃手段が無意味と理解したはずの少年。

 だが戦意を喪失する所か、その少年の瞳には静かだが激しい闘志の炎が燃え上がっていた。

(何故なのだ?)

 絶望的な状況のはずだ。

 白旗を上げたとしても、誰にも後ろ指を立てられない程に、どうしようもないはずなのだ。

 なのに……

「……」

 どうして「勝つのは俺だ」と言わんばかりにこちらを見て来るのだ?

(何故諦めない?)

 分からない。あの少年が何を考えているのかが、まったくもって理解できない。

「……行くぞ」

 少年が一歩を踏み出す。

 それは処刑台へ上る囚人のように、自ら死地へ赴く一歩の筈だ。 

「ぬ――」

 だが神父は、少年の一歩に合わせて無意識の内に一歩後退していた。

(恐れていると言うのか?)

 自分があの少年を。

「!」

 少年が来る。

 真っ直ぐにこちらに。

 だが無駄だ。今度こそ、確実に粉砕する。

 神父も前へと出る。

 ぶつかり合えば、『個有魔術』により鋼の強度を持っている神父が勝つのは明白だ。

「エンチャント・ブースト」

「ぬぅ!?」

 だが突如として、少年が加速・・した。

 先程と同じように足元に魔術紋をマーキングし、加速の魔術式を発動したのだろう。

(はやい!)

 想定外の速度に、拳を出すのが遅れる。

 しかし、こちらには最強の鎧がある。

 これがある限り、傷つけられることはな――

「悪いが、狙いはあんたじゃない」

「!?」

 否。そもそも少年は衝突すらしなかった。

 自ら身体をずらし、ぎりぎりの所で拳を躱すと、そのまま駆ける。

(しまった!)

 そこに来て、ようやく少年の狙いを神父は悟った。

「司祭様を狙うつもりか!?」

 



(うまくいったか)

 神父の横を通過しながら、俺は自らの読みが正しかった事を理解した。

 やはりあの神父は近接タイプ。幅広い魔術を使用し、柔軟に戦闘を行える汎用型の魔術使ではなく、俺と同じで一つを極めた特化型の魔術使だ。

 そうでなければ、自らの上司である司祭に危害を加えようとしている突破した俺の背中に、何らかの遠距離攻撃用の魔術を行使するはずである。

「待て!!」

 しかし、神父は魔術を行使しようとせず、出遅れながらも自らの足で俺の後を追いに来ている。

(……だが流石にはやいな)

 誤算だったのは、想定していた以上に神父の速度が速かったことだ。

 俺の付与魔術による急加速を凌ぐ速度を一瞬で出すと、俺を追いかけてくる。

 司祭に辿り着く前に、あの神父の拳に粉砕されるのは目に見えていた。

 それを理解しながら、俺は足を止めた。

「!?」

 突如停止した俺を見、神父の顔が驚愕に歪む。

 だがいい。

 これでいいのだ。

 何故ならば俺の目指していたゴールは『ここ』なのだから。

 足元に落ちている物を拾い上げる。

「それはトオルの!?」

 そうだ。こいつはあんたの部下が落とした短刀だ。 

(悪いな神父様。さっき狙いはあんたじゃないなんて言ったが――あれは嘘だ)

 元より、狙いはあんた一人なんだよ。

「エンチャント」

 手に入れた武器に付与魔術を施す。

「無駄だぞ。少年!!」

 ああ、理解しているとも。

 武器を手に入れたとしても、それに付与魔術を行っても、無駄だ。

 あの最強の盾は越えられない。

 ならばどうすればいい?

(簡単だ)

増やせば・・・・いい。

 越えられないなら、越えられるまで強化すればいい。

 1が10に勝てないのなら、10を超えるまで1を足し続ければいい。

 子供でも分かる簡単な理屈だ。

 故に――



「オーバードライブ」

 


 普段1つの魔術紋をマーキングする所を10に増やし、発動する。



「馬鹿な!?」

 ああ、馬鹿だと思う。

 体内の魔力を殆ど流し込んだせいで、脳を捩じりきられていると錯覚するほどの激痛が頭にするし、短刀の柄を持った左手は付与魔術で発生した熱で、燃えると溶けるが同時に発生し、激痛と喪失感を同時に味あわされる。

 だが、それだけだ。

 気合と根性で耐えられる程度・・の犠牲に過ぎない。

 それだけで馬鹿を奇跡に昇華できる。

「ぬぅ!!」

「!」

 向かってくる神父に対し、俺は付与魔術で十段階強化した短刀を逆手に持ち、地を蹴り――



「ぬぅああああ!!」

「疾っ!!!」



 交錯した瞬間、短刀を一閃させた。




 二人の男が交錯し、離れる。

「勝負ありね」

 呟いた魔女の言葉を肯定するように、ぼとりと列車の屋上になにかが落ちる音がした。

「……ぬ、ぅ!」

 それは神父の腕。付与魔術で強化した短刀は遂に最強の鎧を纏った彼の腕を切り捨てたのだった。

 


 だが、その代償は決して安くはない。



「っ!」

 ダンの持つ短刀と、それを持つ手が同時に砕け散った。

 当然だ。あれだけの魔力を一ヶ所に集め、術式を発動したのだから。むしろ腕全体が砕け散らなかっただけましだ。

 これでダンの左手は使えなくなってしまった。

(絶対絶命ねダン)

 既に右手は行動不能。

 つまりこの後の戦闘は両手なしで戦わなければならない。

(なのに――)

「……」

 ダンに一切の動揺はない。

 それがどうしたと言わんばかりに、敵である神父を見据えている。

(……ああ)

 妬ける・・・。とても妬ける・・・

 あの目はいつも自分が独占しているのに、今は自分以外の者にその目が向けられてしまっている。

(堪らないわダン……)

 だから妬ける。嫉妬で気が狂いそうだ。

 宿敵としては今すぐ神父を始末して、あの目を一人占めしてしまいたいという衝動に駆られるが、

(いいや。我慢。我慢よ……)

 師としての自分はそれを抑える。

 これはあの子にとって必要な戦いだ。

 だからここは耐えなければならない。昂った衝動は別の形でダンに発散させてもらうとしよう。

 だが、流石に少し堪えきれないので――

「くふ」

 ダンに抱き着く。少し距離があったが、一歩・・で埋められる程度の距離だ。なんの問題もない。

「やめろバカ」

 鬱陶しそうに顔をしかめるダンに、頬が緩んで仕方がない。

 こういう釣れない態度も、たまらなく愛している。

 こうしているだけで楽しく、嬉しい。

「見事だ少年」

「……」

 だからとてもいい気分の所に水を差されると、いつも以上に不快に思ってしまう。

 やっぱり消してやろうと思い始めた所で――

「やめろよアト」

 ダンに止められる。

「……分かってるわ」

 相変わらず絶妙なタイミングで止めてくる。

 残念だ。もう少しタイミングがずれていれば、空気の読めない神父様は肉塊にできていたのに。

 まあ、その余波で列車ごと壊してしまってダンに怒られていただろうから、結果オーライか。

「私の『個有魔術』を『系統魔術』で突破したのは君が始めてだ」

 まあ、そうでしょうね。

 『個有魔術』は魔術使の魂から発現したその人間だけの魔術。

 当然術者との適正は最も高い。一般的に扱えるように開発された『系統魔術』よりも強力な効果を発揮するのは必然だ。

 まあ、私のダンのようにたまに『例外』もいるのだが。

「魔術使として、君と戦えた事を誇りに思う」

 だがと、切り離された腕を拾い、神父はそれを傷口に押し当てた。

「むん!!」

 体内の魔力を解放した。

「あら」

 すると切断面はすぐにくっついてしまった。

 あれは『個有魔術』と回復系統の『系統魔術』の合わせ技ね。

 腕を切り離されたというのに、すぐに元通りに出来るなんて大したものだわ。

「この勝負は私の勝ちだ」

 誇るわけでもなく、ただ事実を口にするように神父は自らの勝利を宣言した。

「確かにその通りね」

 笑いをこらえながら、私も同意する。

 ダンの渾身の一撃は相手を撃退する所か、自身の左手と魔力をほとんど使うという自滅に終わった。

 対する神父は腕を斬りおとされながらも、既に修復完了。ダメージはない。

 誰の目から見ても勝敗は明らかだろう。

「くふ」



 だがそれはあくまで、一般的・・・な話。



「くふふ」

 神父の相手は私の愛しい宿敵兼弟子。

 そのような逆境を覆してしまう逆襲者リベンジャーなのだ。

 常識など不必要。

 定石など無意味。

 故に、この勝負の勝敗は既に決しているのだ。



言ってあげなさいな・・・・・・・・・ダン」



「……」

 ダンは無表情。喜びも悲しみもない。

 いつもそうだ。

 ただ起こった事実と、これから起こるであろう事実を背負いこみ――



「俺の勝ちだ。神父」



 私の最愛の男は、あるがままの事実を口にするのだ。



「何を言って――!?」

 神父の顔が苦痛に歪む。

 成程。もう効き始めた・・・・・のか。

「馬鹿な!? なんだこれは!!?」

 それは一言で表すならば、崩壊であった。

 神父の身体が、ダンに攻撃を受けた箇所から塵となって崩れていく。

 激痛による叫びをあげながら、神父は列車の天井に膝をつける。

「一体、何をしたのだ少年!?」

「……」

 ダンは答えない。ただ辟易とした顔で己の左手を見ている。

魔力暴走マナクライシスよ」

 なので、かわりに私が答える。

「魔術使のあなたなら当然知っているわよね神父の坊や?」

 魔術使にとって最も身近にある死。

 それが魔力暴走。

 魔術を行使するには、必ず魔力が必要となる。

 それは大小に限らず、唯一不変のルールだ。

 魔術使は体内に流れる魔力を使用し、魔術を行使しているのだ。

 だが当然、リスクもある。

 それが魔力暴走。

 過度な魔力行使。己の身の丈に合わない魔術を行使した時、その反動は、魔術使に返ってくる。

 因果を歪めた代償に、魔力暴走が起こった者の身体は塵となって崩れ落ちていく。

「ば、ばかな! そんなはずはない! 自分の限界は自分が一番よく知っている!」

 信じられないのも無理はないわね。魔術使は自分の限界を見極め、ボーダーラインを越えないように、常に意識して魔術を行使している。

 神父の坊やような壮年の魔術使なら尚更だ。

「ええ。あなたに落ち度はないわ」

「ならば何故!?」

 何故と言われてもね。相手が悪かった……それに尽きる。

「エンチャント・オーバードライブ。付与魔術の過剰発動によって付与した『強化』という属性が、あなたにも付与されたのでしょうね」

 それにより、本来超えるはずのない境界線を超えさせられ、魔力暴走が引き起こされたのだ。

 強制的・・・に。

「そ、そんな魔術……聞いた事ない……」

「当然でしょう」

 この術を何度も受けた経験者である私が保証する。こんな極悪な魔術が出来るのは、私の宿敵兼弟子以外にはあり得ない。

「光栄に思いなさい神父」

 ダンがこの付与魔術を使ったのは私以外では初めてだ。

「あなたはダンが奥の手を使う程度・・には強かった」

 ダンの課題にしては少々物足りないが、余計な添え物もついているようだし、これで満足するとしよ――


「いいや。そう簡単にはいかないぞ魔女よ」



 あら?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る