第6話 必殺の矛

 禁術というものがる。

 魔術社会である現代では、日々様々な魔術を研究、開発しているのだが、その中で生み出してしまった危険すぎる魔術。

 ある禁術は死者をアンデットとして蘇生し、術者の下僕として使役させた。

 またある禁術は、一夜で一つの都市を火の海にした。

 そしてあの金髪が神父に施したであろう『ヘブンズゲート』もまた、最悪の禁術であった。

 何より恐ろしいのは、この術は魔術師の心臓に吸収と爆発の術式を仕込だけで、出来上がってしまうということだ。

 五年前。この魔術を考案した天才魔術師は、第四次黙示録大戦が始まる直前にこの魔術を全世界に発表した。

 そしてこう主張したのだ。魔女と決戦をする魔術師全員に、この魔術を施すべきだと。

 いくら魔女に勝つためとはいえ、そのような非人道的行為を魔術協会が受け入れるわけはない。

 その術ーー『ヘブンズゲート』はすぐさま禁術として認定された。

 そして交渉が決裂した事により、強硬手段に出ようとした魔術師を粛正した。

(だから……)

 あれを使える人間はもうこの世にはないはずだ。

 考案者の魔術使と、その一派。そしてその家族達は協会の『粛清』を受け、誰一人としてこの世にはいない。

(……そのはずなんだ)

 


 他ならぬ粛清をこの手で実行した俺だからこそ、断言出来る。

だがーー



「ぐ、ヶぉきぁ!」

 今神父に起こっている事は、5年前の事件の時に見た光景と合致する。

「……おい金髪。分かっているのか?」

 『それ』を使うことがどういう事か。

「愚問だね。このままでは列車どころか、この辺り一帯が吹き飛ぶことになるだろう」

「だけどそれがどうしたのかな?」と、金髪の男は逆に問いかけてきた。

「まさか君は魔女の弟子だというのに、その程度の犠牲を重いと思っているのかな?」

「……」

 その程度・・……か。

「なるほど」

 理解した。

 あの金髪の男がどういう人間なのか。

 そして痛感させられた。



「お前は俺が殺す」



 あれは俺が殺さなければいけない相手だ。

 魔女の宿敵であり弟子でもある俺の敵なのだ。



 故に俺のやることは一つであった。



「アト。もう少しだけ離れてろ」

「あらダン。使うの?」

 察しのいいアトは意地の悪い笑みを向けてくる。

「でもあなたの個有魔術を使ったら、この列車ごと簡単に壊れるわよ? それが嫌だったから、使わなかったのでしょう?」

「そんな事は言われなくても分かっている」

 自分の個有魔術のどうしようもなさは、俺が一番知っている。ちゃんと考えはある。

「誰も全面解放するとは言ってない。右腕だけ・・・・だ」

「あら……」

 これにはアトも驚く。

 いや、この世で一番俺の事を理解しているアトだからこそ驚いたのだろう。

「私の出来の悪い弟子は、そんな事出来てたかしら?」

「出来てない」

 今思い付いたのだ。やったことなどあるわけない。

「今からやるんだよ」

「くふ。出来るのかしら?」

「違う」

 出来るのかではない。

「やるんだよ」

 どの道、このままではあの禁術でこの列車所か、この地区一帯が吹き飛ぶことになるのだ。

 ならば、たとえ分の悪い賭けだとしても、乗るしかない。

「それに、リクエストには答えてやらないと、あいつも帰らないだろう」

「くふふ。流石に鋭いわねダン」

 別に鋭いわけではない。

 あの金髪が、俺とアトの実力を計りにきていることぐらいはバカにだって分かる。

 本気で俺達の命を奪いに来ているのならば、早急に神父とあのトオルという男を起爆していたはずだ。

 それをせず、神父が追い詰められたこのタイミングで術式を発動したのは、少しでも多くの情報を得るためだ。

「でもいいのかしら? あなたは私とは違って手の内を晒すのは嫌いでしょう?」

「ああ」

 嫌いだとも。

「だが、なんの成果もあげられないのなら、あの金髪が次に何をしてくるのかが分からん」

 いつもなら望むところだが、今は状況が悪すぎる。

 これ以上戦闘が長引けば、列車の奴等が死にかねない。

「さっさと終わらせるに限る」

「そう。なら、がんばりなさいな」

「……ああ」

 俺が頷くと、アトは微笑みながら、距離を取った。

 これで準備は整った。

「相談事は終わったかな?」

「ああ。ご希望通り、力を見せてやる」

 後はただ成し遂げるだけだ。

「ほう……期待していいのかな?」

「さあな」

 出来の悪い魔術使だからな俺は。

 期待に答えられる相手など、アト以外なら簡単に数えられるぐらいしかいないのが正直なところだ。

 だがしかし――



「次でお前の仕組んだこのくだらない茶番は終いになることは約束してやるよ」



「……よかろう」

 俺のあからさまな挑発に、金髪の男は凄惨な笑みで答えた。



「では見せてみろ。魔女の弟子の本当の力を」



 操っている神父を俺に向かって突進させた。

 操られているとはいえ、神父の身体能力と身体を鋼にする個有魔術は健在。

 よって最早、退路はない。

 チャンスは一度。

 それを逃せば、俺はこの地区ごと吹き飛ぶ事になるだろう。

(だが――)

 そうはならない。

 何故ならば、奴等は俺の敵ではあるが、宿敵ではないからだ。

 例えどれほど強くても、

 例えどれほど恐ろしくても、

 あれは俺の宿敵ではない。

 ダンテ・アーリーの宿敵はこの世でただ一人――



 魔女アトだけだ。



 故に許されないのだ。このような所で終わる事は。

 他でもない俺自身が許さない。

限定解除リミテッドリリース

 自分の根幹にある『それ』の戒めを僅かばかり緩める。

 力と魔力。

 そして、何もかもを破壊しつくしたいという破壊衝動。

 ほんの少し自由にするだけでそれら全てが俺の身体を侵食し、内部から滅ぼそうとしてくる。

 例えるなら、内蔵を内側から雑巾絞りのように、無茶苦茶にされているようなものだ。

 発狂しても誰にも文句は言われないような地獄を味あわされるが――

それがどうした・・・・・・・?)

 魔女と戦う時と比較すれば、この程度の激痛はなんてことない。

 あいつなら雑巾を絞る所か、瞬き一つしている間に雑巾を繊維レベルで解体する。

 だからこれはなんてことない。

 気合と根性。

 ただそれだけで乗り切れるようなものだ。

(……ほら……な?)

 実際、出来た・・・

 無理矢理従わさせた全てをたった今修復した右手に集約させ――

顕現アバター

 今ここに最厄の個有魔術が発動する。




「■■■■■」




 繰り出す。

 個有魔術を宿らせた右腕による貫手を。

「――ふ」

 俺と神父の戦いを観察している金髪の男からの嘲笑が聞こえた気がした。

 当然であるとも言える。ただの魔術使相手ならまだしも、今俺が相対しているのは、全身を鋼化させる個有魔術を持つ神父。

 俺の貫手など何の意味もない。

 そう言いたいのだろう?

 ああ、確かにその通りだ。

 昔、学のない俺の教育係だった『姉』に、こんな話を聞いた事がある。

 矛盾の語源になった話だ。

 「どんな盾も貫き通す矛」と「どんな矛も防ぐ盾」を売っていた男が、客から「その矛でその盾を貫いたらどうなるのか?」と問われる。

 だが矛と盾どちらの説明を肯定しても、話の辻褄が合わなくなってしまう。

 それを教えてくれた時、姉がこう尋ねてきたのだ。

『ユウはもし貰えるなら、この矛と盾どちらが欲しいか?』 

 と。

 今にして思えば、悪戯心からの質問だったのだと思う。

 明確な答えがなくて、答案者を困らせる事が目的の意地の悪い質問。

 だが俺は生憎、可愛げのないガキだった。

 本来答えに困る質問に俺は即答した。

『矛が欲しいと』

 そして子供らしくない理由を淡々と語った。

 それを今、証明する時がきた。


 

『……月花お姉様。月花お姉様』

「!」

 耳に取り付けた通信機から聞こえる部下の声に、月花ははっとした。

『大丈夫ですか?』

「ああ。大丈夫だ」

 少し、物思いにふけってしまった。

 いくら数年ぶりに会う『弟』を前にしたからと言って、迂闊すぎる。

『ダンテ・アーリーと神父の戦闘はどうなりましたか?』

「ああ」

 そうだ。自分は今安全で特別な空間から、ユウ達の戦闘を監視する任務の際中であった。

 どんな状況でも黒崎家の人間として役目は全うしなければならない。

「ユウ――いや、ダンテ・アーリーと神父の戦闘は決着がついた」

『そう……ですか。それで、結果はどうなりましたか?』

「……」

『月花お姉様?』

 問われた月花は質問には答えず、代わりに通信機の向こうの部下に問いかけた。

梔子くちなし。お前はもしどんな盾をも貫ける矛とどんな矛をも防げる盾があれば、どちらを求める?」

『え? いきなりどうしたんですか?』

「答えろ」

『え、ええと……』

 突然の質問に、梔子は困ったように悩む。

「いや、いい。すまなかったな」

 そう。これが普通の反応なのだ。



『矛の方が盾を持った人間を殺しやすいから』



 真剣な顔で即答した弟の方が異常なのだ。

 雑念にとらわれすぎた。役目を果たすとしよう。 

「報告する。戦闘は終了」

 現在の私の役目を。





「勝者はダンテ・アーリー」




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