第2話 魔女信仰者

 魔術学園都市。建物が多い学園都市の中でも特に目を引く建物がある。

 広い魔術学園都市を全て見渡せる程の高さを誇る搭。

 剣を模したその独創的な造形をした建物の名は、セントラルタワーと呼ばれていた。

「……」

 その最上階に、この魔術学園都市の最高責任者にして『英雄』絶花 サヤはいた。

「率直に聞きます。状況はどうなってますか?」

 今年で成人したサヤを若輩者と馬鹿にするものは一人もいない。

 それもそのはず、彼女は五年前の終末大戦で魔女を討ち取り、世界を救った英雄なのだから。

「……」

 その英雄は今、険しい顔で窓の外を見ていた。

 彼女の向く方向。荒れ果てた荒野の先には、突如として停止させられた列車があった。

「状況は極めて深刻です」

 答えたのは、サヤよりも更に若い少女。魔術学園高等部の制服を身に付けているその少女もまた、事態の危険さに表情を固くさせていた。

「服装と言動から推測するに、列車を『停止』させたのは、間違いなく魔女信仰者ウィッチクラフトの者達です」

 魔女信仰者ウィッチクラフト。魔術社会である現代において、最も危険で最も過激なカルト集団。

 世界を滅亡させる魔女を神と崇め、崇拝する彼等は救済と称し、平然と罪のない人達をその手にかける。

「……なら、まともな交渉は不可能だね」

「はい」

 魔女に敵対する者達に滅亡という名の救済を与える。

 それが彼等の行動理念だ。

 魔女を打倒した『英雄』が長を務める魔術学園都市へ向かおうとしているだけで彼等にとっては万死に値する罪なのだ。

「それで、月花ちゃん彼等は一体何を要求してきたの?」

 ここまで大胆に大量の人質を取ったのだ。おそらく、こちらに求める対価も、それに見合ったものとなっているだろう。

「それが……」

 月花と呼ばれた少女は、一拍の間を置き、口を開いた。

「たった一言。邪魔をするなと」

「……それだけですか?」

「はい」

 これ程までの事をしておきながら、要求するのが、たったそれだけだと?

「てっきり、私の首を要求してくると思ったのだけど――」

 それどころか、ほとんど何も要求してこないとは。

 いくらなんでもおかしい。

 裏があると見た方がいい。

 でなければ、彼等はただ邪魔をされない場所を作るためだけに、列車を占領したことになる。

 そんな馬鹿なことがあるわけ――

「――まさか」

 いや、ある。

 一つだけ心当たりが。

 魔女信仰者達がそこまでする理由となる存在が。

「……乗ってるの? 月花ちゃん」

「……はい」

 サヤの懐刀であり、優秀な情報員でもある月花は重々しく頷いた。



「乗客のリストを確認した所、ベアト・アーリーの名前がありました」



「……」

 事態のあまりの深刻さに、サヤは目眩すら覚えた。

 ベアト・アーリー。

 他でもないサヤ達が用意した偽名。

 その正体は、『黙示録の魔女』ベアトリーチェ・アーリー。

「やっぱりこの学園都市に来る手段は、こちらから提示しておくべきだったかな?」

「いえ、これは仕方のない事かと……空間転移など簡単に出来る魔女が、わざわざ列車を使ってこの学園都市に来ようとするなんて誰も予想できないです」

 だが状況がかなりまずい事になっているのは間違いない。

 魔女の偶像を神と崇める狂信者達が襲撃した列車に、本物の魔女が乗っているなど偶然にしろ必然にしろ最悪だ。

「……私が行くよ月花ちゃん」

 事態は一刻を争う。

 魔女信仰者達の要求を飲むにしろ、飲まないにしろ、こんな所でじっとしている場合ではないし、いられない。

「ならんぞサヤよ」

 だがそんなサヤを制するものがいた。

 魔術学園都市最高責任者の部屋に断りもなく入室したのは、齢80にもなる老人。

 名を絶花 鉄心。サヤの祖父で先代の絶花家当主であり、今でも魔術協会に強い発言力を持つ魔術使であった。

「お爺様!? ですが――!」

「ですがではない。重ねて言う。行くことは許さん」

「……何故ですか?」

 理由が分からない。あの魔女を下手に刺激することは、乗客所か世界の危機を意味する。長い間、あの魔女の事を研究してきた祖父なら分かるはずなのに――

「月花よ」

 サヤの問いに答えず、鉄心は月花を見た。

「正直に答えよ。もう一人いるのだろう?」

「……はい」

 少しの間を置き、月花は頷いた。

「魔女と共に、ダンテ・アーリーの名前もありました」

「!」

 その名前は魔女と勝るとも劣らない衝撃をサヤに与えた。

 ダンテ・アーリー。それもまた、サヤ達が用意した偽名であった。

 その本当の名前は、

「ユウ君……」

 無意識の内に呟いてしまう。かつての彼の名前を――

「あの裏切り者の名を口にするのはやめよサヤ!!」

「!?」

 その名を聞いた途端、鉄心は鬼の形相となり、サヤを一喝した。

「儂らに仕える身でありながら、魔女の弟子になった裏切り者の名など、聞いただけで耳が腐る!」

「それは――」

 あまりな言い方だ。確かに彼は今何故か魔女と一緒にいる。

 だがしかし、絶花は。自分達は、彼に裏切られても仕方がない事を彼にしてきた。

 事実――



『助けてユウ君』



「……」

 己の罪を思いだし、サヤは口をつぐんだ。

「あの者だけは楽に殺さん。絶花を裏切る事がどういうことか、その身に味合わせてや――」

「では、私が行くのであれば問題ありませんね鉄心様」

 この場で唯一、彼の事を擁護する資格がある少女は鉄心の怒りに口を挟んだ。

「……話を聞いていなかったのか? 儂は行くなと言ったのだ」

「ですが、それはサヤ様のはずです」

「貴様――」

 怒りの矛先が月花に向く。

「裏切り者とはいえ、やはりは恋しいか?」

「いいえ。私に弟はもういません」

 嘘だ。それは誰が見ても明白であった。

 しかし同時に有無を言わせぬ力があった。止めるのであれば、実力行使も辞さないと、月花の目は語っていた。

「ですが、偵察は必要なはずです。そして私の個有魔術はそれに適したものです」

「……確かにな。貴様ほど、影に潜むことに適したものはおらん」

 鉄心は忌々しそうに舌打ちをする

「よかろう。貴様が行くことは許可してやる」

「ありがとうございます」

「だが心得ておけ。儂の兵士達も向かっている。妙な動きをすれば命はないぞ」

「心得ております」

「そして、戦闘への参加はいかなる場合も許さん」

「……乗客が危険にさらされたとしてもですか?」

「そうだ」

「お爺様!?」

 それはあまりにも非道すぎる。

「黙れ。これは好機なのだ。あの裏切り者の今の実力を図るためのな」

「ユー……彼の今の力量を測る為だけに、乗客全員が死んでも構わないというんですか?」

「何故わざわざ確認する? 最初からそう言っているではないか」

 忘れたのか? と、鉄心は顎に生えた髭をなでながら、逆に問いかける。

「我等の目的はあくまでも、魔女の打倒。その結果を手に入れる為であれば、過程などどうでもいい」

 多大な犠牲と引き換えに、一つの情報を得る。魔女と事を起こすということはそういうことだと、鉄心は語る。

「貴様は黙って儂に従っていればいいのだ」

「……お爺様」

「そうすれば万事上手くいく。五年前もそうであったはずだ」

「……」

 五年前。確かに自分は祖父の指示に従った。

 そして手にいれた。英雄としてほの地位と。

 最強の称号を。

 だが、

(だけど――)

 その対価はあまりにも――



「目的を見失うな。貴様は人類の最後の希望なのだから」



 そう告げると、鉄心は部屋から退室した。

「……では、私も向かいますサヤお姉様」

 一礼をすると、踵を返した月花は部屋から出ていこうとする。

「月花ちゃ――」

 サヤは月花を呼び止めようとした。

 だが……

「……」

 出来なかった。

 結局何も言えずに、サヤは月花が部屋を退室するのを見ているしか出来なかった。



「ユウ君を……助けてあげて」



 結局言えたのは、誰もいなくなった後。

 ただ一人になった後だった。









 人気のない荒野に停止した列車。

 その列車の上には黒いローブを身に纏った者達がいた。

 彼等の名は魔女信仰者。

 この列車を停めた者達であった。

「司祭様」

 長身の男が、自分達のリーダーを見る。

「よろしかったのですか? あのような条件だけで」

 自分達が信仰する神を打倒した『英雄』の首だって求められたのかもしれないのに。

「構わん」

 答えたのは、同じく黒いローブを見に纏った者であった。

 だが他の者達とは違い、その服には黄金の細工が施されていた。

「偽りの英雄などに興味はない」

「それはどういう意味でしょうか?」

 英雄が魔女を倒したのは事実。

 忌々しいが、絶花サヤがこの世界にとっての英雄であることは疑いようのない事実であるはずだ。

 それを何故偽りと――



「まったく。よりにもよってお前らが相手だとはな」



「!?」

 聞き慣れない声に、魔女信仰者達は皆、同じ方向を向いた。

 そこには一人の少年が立っていた。

(……どういうことだ?)

 少年が声を出すまで、自分はおろか、他の者も気がつくことが出来なかった。

「……トオル」

 ちらりと探知能力に長けた部下に目を向けるが、首を横に降られた。

「外からの侵入者には細心の注意を払っています。接近されれば抜かりなく気付くはずです」

「となれば――」

 あの少年は死角・・から来たこととなる。

 彼等にとっての死角。それは――

「少年。君は列車の中・・・・から出てきたのか?」

「だとしたらなんだ?」

 それがどうしたと、少年は言う。

「馬鹿な。司祭様の力により、列車の中の者は皆停まっていたはずだ」

 部下の呟きに男は心中で同意した。

 ありえない事だ。一体どういう方法で――

「そんなことはどうでもいい」

 会話を拒絶するように、少年は首を横に振る。

「こちらにとって重要なのはあんた達魔女信仰者……魔女のバカなんかを信仰する狂信者どもが俺の敵だって事だ」

「随分な皮肉だな」と、少年は何もないはずの隣を恨みがましく睨み付けた。

「あら。今回は別に狙ったわけじゃないわよ?」

 ――否であった。

 男達が見ていた虚空の光景が歪んだように見えたかと思うと、そこには一人の少女が立っていた。

「入学前の肩慣らしにはちょうどいいんじゃないのかしら?」

 楽しげにそう言う少女はまだ幼い子供である。

 だというのに、先程彼女が使用した魔術は――

(まさか、空間転移か?)

 有り得ない。系統魔術の中でも特に難しい空間系統をあんな小さい子供が操るなど。

 確認の為に隣にいる部下に再び目を向ける。

「いきなり現れました。あれは……」

「空間転移だな?」

「はい」

 だが部下もまた肯定した。

 動けないはずの場所から現れた少年と、最高位の系統魔術を操る少女。

 魔女信仰者達は否応なく警戒を強めた。

「なにせ、この程度で驚くようなにわか坊や達なんですもの」

 そう言うと、少女は見た目にそぐわないからかうように少年に笑みを浮かべてみせた。



「あなたのような魔女ガチ勢とは違ってね」




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