第64話 切っ掛けなんて、不意に訪れるものなのかもしれない。
先にお部屋を出て行ったエルフリーデを追いかけ、私も追いかけて外に駆け出していきます。
廊下のあちらこちらに学生たちがグループを作って屯しています。一様に不安げな表情を浮かべており、今日の催しに不安を抱いているように感じました。
無理もないか。と言うのが素直な私の感想。
ようやく学園生活に慣れてきた彼ら彼女らが、全く畑違いの騎士団との合同講義に参加をするというのは困惑しても仕方がないことだと思います。もしかすると厳しい言葉を浴びせかけられるかもしれないだとか、着いていく事の出来ないような訓練をさせられるのではないかと思い至るでしょうね。
確かにかつておじいさまを訪ねて向かった際の砦では、想像も出来ないような訓練をされていました。ですがそんなものをこの学園の学生たちに求めるでしょうか? きっと答えは否に違いありません。
しかしこの光景を見てしまっては、そう思うのも無理はないかもしれません。
ゆうに百は超えるであろう騎士団の皆さん。列も乱さず荘厳に歩くその様は、動きも乱さず進みゆく様は正直惚れ惚れとしてしまうほどに統率されています。決して乱れない隊列を組むためにどれほどの訓練を積み重ねてきたのか。想像することもできませんが、おそらくこれを見た学生たいの反応は次の一言に尽きるでしょう。
「これは……すごいなぁ」
廊下の窓からそれを眺めつつ、誰かがボソリと呟きます。
口々に賛同の声が重なっていき、ついには「早く自分たちも行かないとどんな目に合わせられるか分からないぞ!」なんて物騒な輩まで出てくる始末。
さすがにそれは言い過ぎでしょう。少しは冷静になってくださいよ……ん? なんだか周りがソワソワとし始めていますね。
「おい! 殿下があちらにいらっしゃるぞ!」
「こうしちゃいられない。みんな早く支度を終わらせていくんだ!」
それは言葉の通り、誰かがあの隊列の中にウェルナー様を見つけてしまったようです。
私も身体を伸ばし学生の一人が指差す方を見つめると、彼の存在がハッキリとわかりました。
周りと同様に騎士団の制服に身を包んではいらっしゃいますが、やはりそこは王太子様なのでしょうか、周りとは少し違った雰囲気を感じさせています。
冗談はこれくらいにして……王太子自ら騎士団の中に入って合同講義を良いものにしようとしているという気概が伝わってくるではありませんか。
まだ王という立場にはないからこそ、あえて自分から様々な桃に身を投じていく姿勢は本当に見事だと思います。
でもここにいる彼ら彼女らにその真意が伝わっていれば良いのですが……
廊下を慌ただしく足早に駆けていく彼ら彼女らの表情からは、そんな様子は見て取れません。全員が「お叱りを受けるのは嫌だ」という感情から急ごうとしていることがやはり透けて見えてくるんですよね。嘆かわしいことですが、失敗してしまえば改めれば良いだけなんですけどね。
そう独言ならが、窓の桟から前脚を離し、廊下に着地。力が入り過ぎてしまったのでしょうか、少し脚の先の方がジンジンと痺れる感覚がある。まぁ歩くうちに気にはならなくなるだろうと、廊下を駆けていく学生たちの邪魔にならないように隅の方を歩いていきます。
こんな身体の大きな犬が廊下のド真ん中を歩こうものなら蹴飛ばされることが必至でしょう。ここは皆さんへの配慮ということにしておこうではありませんか。
しかし本日の合同講義……一体どのようなことが行われるのでしょうか。
アーベルさんが先日いらした時に少し話されていたのは、「大したことは行いませんよ。本来は交流がメインですし、簡単なレクリエーションでしょうか?」くらいのことしか話されていなかったはずですから、全く全容が掴めないまま。
いずれにしても騎士団のアーベルさんが口にする「大したことはない」ですからね。これは少し警戒をしておかなくてはいけません。
そんなことを思いながら脚を進めていると、より一層にガヤガヤとした物音と共に人だかりが目に入ってきました。
何かが行われているのか、先ほど廊下で声高に周囲に危機感を煽っていた顔がチラホラ見えているのですが、一様に皆が驚いた顔を見せています。
言わずもがな、彼らと私では視点の高さが違いますから、人垣の真ん中の方を伺うことはできません。
……すごくモヤモヤする。それなら私の身体の利点を活かすまでですよ!
そう。皆さんが高さを活かすというのであれば、私は低さを活かすしかない。彼ら彼女らの足元に無理やり身体を滑り込ませ、一路人垣の向こう側へと突き進んでいきます。
私の身体が触れてしまう度、少し間抜けな声が聞こえてくるのは少し面白いと思いましたが、その実申し訳ないとは……うん、申し訳ないとは思っているんですよ、一応。
しかし学生の皆さんはなぜこんなところで足を止めているのでしょうか。急がないとなんて言っていたはずなのに、この変わりようには違和感を覚えてしまいますよ。
ですがそんな疑問はあっさりと、そうです、あっさりと解けてしまうのです。
視界が開けた瞬間に目にした、その鮮烈によって。
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