第60話 純粋な気持ちと、勝手な思い込みと。
「貴女は、誰か一人ではなくて、皆と一緒にいたいのでしょう?」
言われてはいけなかった。
彼女が、エルフリーデが心の底に隠していた本当の願望を。
あまりに身勝手な、でも誰しもがきっと持っているであろう思いを。
それを言葉にされてしまったら最後、彼女は本当に何も言えなくなってしまう。
事実、エルフリーデの口からこぼれ落ちるのは声にならない声ばかり。その音全てが動揺に塗れ、まるで重さを持って落ちていくように私には思えた。
「いつも分かっていたのです」
相変わらずレオノーラ様の表情は翳ってしまって読み取れない。
ですが努めて冷静に話を続けようとしていることだけは息遣いから分かる。きっとこの人もここまでいうつもりはなかったのだろう。
それでも堰を切ったように言葉は止めどなく溢れている。きっとそれだけ心の中の思いを抱え続けていたのでしょう。
レオノーラ様の心境を思うと、私自身も何も出来なくなってしまうではないですか。
エルフリーデという人間はただのお人好し。
大人しいくせに変なところで頑固な部分を出してきたり、自分では計算高い人間だと思い込んでいるが、端から見ればそんなことはない。あえて悪くいうと、単純な人間だ。
そう。言うまでもなく、どこにでもいる『普通』の人間がエルフリーデ・カロリングという人間の本質だ。
レオノーラ様は言う。自分たちの中ではそれがあまりに特別だった。その『普通』に自分たちはいつも救われて、そして憧れていたのだと。あまりに自由なその生き方にずっと心を惹かれて、そして知らぬ間に恋に落ちていたのだと。
「好きよ。私、貴女のことが、他の誰よりも」
「わたし……レオノーラ様にそんな言葉もらう資格……」
噛み締めるように、大事に囁かれた言葉。
対するエルフリーデは何かを答えようとするが、どうしても言葉が詰まって何も伝えられない。
素直にレオノーラ様からの好意を受け取って良いのかと。
ハルカさんからの言葉に何も返していないのに、それで良いのか。
彼女の中にはそんな感情が鬩ぎ合っているに違いありません。
どうにかしてあげたい。ずっと見守り続けてきたエルフリーデがこんな表情をしているのに、今何もしてあげられない。
ねぇ、エルフリーデ。私、辛いですよ。
貴女の今にも泣き出しそうな声、聞いていたくない。側にいて何も出来ないことがこんなにも辛いだなんて、知りたくなかったですよ。
ただ俯いて時間が過ぎていく。
周囲は完全に闇のとばりの中にあり、私たちの行末を表しているように思わせます。
このままではいけない。このままでは更にさらに頭の中が悶々としていってしまう。こんな状態で良い考えなんて思い浮かぶはずもないのだ。
私は必死に自分の頭を働かせようと、首を左右に少し振って周囲を見ます。
何かを見るためではなく、単に落ち着かない心に平穏を取り戻すための儀式みたいな動き。そしてずっと俯いたままのエルフリーデに身体を擦り付け、どうにか元気にさせようとするのですが、「……ごめん」とそんな言葉しか返ってこない。
だから! なんで? このままじゃハルカさんの時と変わらない。またお部屋に戻って悶々と考え込むだけですよ? それが分かっているのに……なんで?
あぁ、言葉さえ……言葉さえ話せれば……なんて歯痒い。
エルフリーデを、彼女を動かさなければ。何かを言葉にさせなければいけない。
でもそれは私に身勝手だ。
「……さい! うるさいうるさい! もう、黙っててよ!」
そう。私が動いたのだって、居心地が悪かったから。
「何も……何も分からないくせに、もうやめてよ!」
彼女の言うとおり、私はエルフリーデの気持ちなんて何も考えず動いていた。
エルフリーデに向けられた怒りの感情に、私は身体の身体は硬くなってしまう。初めて間近で見た、初めて投げつけられた私に対する怒りに、本当に何も出来なくなってしまった。
結局のところ私はエルフリーデのための思い込みながら、自分のしたいようにしていただけだったのだ。
それに気付いてしまうと、自分の愚かさに自己嫌悪に陥って何も出来なくなってしまう。
茫然とする私と、自分の言い放った言葉にハッとした表情をするエルフリーデ。
視線が一瞬交錯しましたが、先ほどのやり取りが頭に残っているのか私も何もすることが出来ません。
ずっと一緒にいたのに……何も分かってあげられていなかったんですね。
それがあまりに悲しくて。
俯くしか出来ない自分が不甲斐なくて。
いっそこのまま、消えてしまえれば良いのに。
しかしそんな寒々しい考えにそっと暖かなものをかけてくれるように、私の身体に何かが覆いかぶさります。
「いいのよ。貴女が気を使わなくても……」
その一言で、涙が出そうになる。でももう泣き方なんてすっかり忘れてしまっているから、上手に泣けずに短い少し高い鳴き声しか出てこない。
私の身体を抱きしめてくれたレオノーラ様の優しさで心が満たされてしまった。
何もしてあげられてない私が、またこの人に助けられてしまったのだ。
レオノーラ様が静かに、「ごめんなさいね」と投げかけます。
こんな風になるとは思っていなかったのだと、
「ただ気持ちを伝えておきたかったんです。きっと今しか伝えられないか」
それだけが望みだったのだと彼女も潤む声を必死に我慢している。
それでもエルフリーデは何も言葉には出来ません。ただ茫然と、しかし困惑した瞳をしたままこちらをじっと見つめているだけ。
そして彼女はもう一度、明確な言葉を口にします。
「エルフリーデさん、私……貴女のことが好きよ?」
ただ、この言葉だけを残し彼女は去っていきます。
「それだけは覚えておいてくださいね」
そして私もまた、もうエルフリーデの側に留まることが出来ず、去っていくのでした。
『彼女を悪役令嬢にしないための10の方法 その8
恋心を認識し、そして伝えられる』
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