第48話 八つ当たりは良くありません。


 思わずため息がこぼれてしまう。

 ここ最近、自分の周りにいなかった種類の人間との会話が多かったせいだろうか、身体に溜まった疲れを拭う事が出来ないままにいた。


 エリカさん、本当に曲者でしたよ。

 こちらがどんな反応を見せようともなかなか話をやめないし、それに何故か気に入られてしまったようでずっと付き纏われていました。


 しかし今日でそれもひと段落。

 目下私と、本日の授業を終えたばかりのエルフリーデは自室に戻るために、廊下を急いでいました。

 今日はお休みの前日にあたる日。数日間は彼女と接触も控える事が出来ますからね。

 もうそりゃウキウキするなというのも無理な話ですよ。すれ違っていく生徒たちも口々に明日からのお休みの予定について楽しそうに話しています。


休みの数日、私たちには取り立てて予定はありません。まぁたまにはこんな休みもいい。

たまにはエルフリーデと一人と一匹で、ダラダラしてもバチは当たらないでしょう。


とりあえず今は寮のお部屋に戻りましょうか。


 そんな事を考えていると、知らず知らずの内に歩く足は軽快になっていく。

横に並んで歩いていたエルフリーデを置いてけぼりにしてしまっていることに気付いていませんでした。


 それに気付かせてくれたのは背後からの「ねぇ」という彼女の声。

 何があったのか良くわからないまま声の方に振り向くと、少し離れたところで頬を膨らませているエルフリーデの姿。


 立ち止まって一体どうしたのでしょうか。中途半端に開いてしまった距離に違和感を覚えながら首を傾げます。


私の仕草に「……なんだか最近冷たくない?」というのが彼女の返答でした。


 冷たいとは一体どういう事でしょうか。正直そんな覚えは一切ないのですが、エルフリーデの表情は私に対してハッキリと不満を示していました。


「そんな事ないって顔してるけどさぁ」


 そりゃ心当たりがないですからね。それよりも周囲の目が気になりますね。ここ一応廊下のド真ん中なわけなのですよ。

 周囲の人の奇異の目が気になってくるのですが、エルフリーデは気にならないのでしょうか。

 もしかするとそんなことも気にならないくらい、私のことに集中しているのだとしたら、それは嬉しいことではありますが、私の立場としてはもう少しくらいは周囲に気を配りなさいと言いたいところ。



 実はさっきから彼女に必死に声をかけてきている人がいるのですよ。

 それら全部を無視して、エルフリーデは私だけを見据えています。なんだか面倒くさいなと思いつつも、そんな彼女を微笑ましく思ってしまうのは内緒にしておきましょう。


「せっかく教室まで来てくれるのに無視するしさぁ。それに……」


 あぁ、そういえば最近はそうでした。

 一応エルフリーデが心配なので彼女の教室まで行くわけですが、最近の彼女の周囲には人の山。一時期のレオノーラ様やハルカさんを思わせるほどの人気ぶりになっているわけです。


 だからこそ、これを機会に私とばかり一緒にいずに、他の人たちとの友好を深めてほしい。私はね、お部屋に帰ればエルフリーデのことをずっと占有しているわけですから。


 ちょっとくらいは他の人たちに譲って差し上げなくてはいけません。


 この気持ち、わかってほしいんですけどねぇ。


 しかしそれは彼女も同じ様子。


私の身振りに少し怒り、「なんで分からないのよ!」と大きな声を出しながら詰め寄ってきます。伏せた顔は丁度影になっており、私の身長では認めることはできません。


一体どんな仕打ちをされるのかと身構えていると、


「ちょっとは……構ってよぉ」


 なんて、私に降ってきたのはそんな弱々しい言葉。


 『構って』ですか。

 エルフリーデの発したその言葉の破壊力を、彼女外口にするからこその依存性を当の本人は理解しているのでしょうか。このことについては小一時間ほど問い詰めたいところではあります。


 正直これに絆されて、何度彼女のために身を粉にして動き回ったことでしょうか。

 まぁいいんですけどね、それがそれで楽しい時間を過ごす事が出来たんだという実感もありますから。



 でもね、エルフリーデ。そろそろ私たちに必死に話しかけてきている人、どうにかしません?



「ちょっと! 貴女こそその子ばかりに構っていないで、私の話を聞きなさいな!」



 最初は控えめに、淑女然とされていた声の主もついには声を荒げ、エルフリーデに鼻息荒く詰め寄っています。


 強引な彼女。ここ最近の私の悩みの種。

 先日の騒動以降人の目を気にしていたエリカさんだったのですが、そんな彼女が人の往来でこんな風にエルフリーデにコンタクトを取ってくるなんて、正直私は想像もしていませんでした。


 ですがそんなことは気に留めないといった風にエルフリーデは彼女を一瞥します。


「……」


 特に何も言葉を発さず視線だけむけるだけのエルフリーデにたじろぎながらも、再度彼女に声をかけるエリカさんですが、先ほどまでの喧々としたものは何処へやら。


「あの、エルフリーデさん?」


 これこそ借りてきた猫ではないかと、素直に感じてしました。


 そしてその声の受け手であったエルフリーデは、声こそ笑っていらっしゃいますが、身に纏う雰囲気はそうではないようで。



「少し意地悪が過ぎましたね。すいません、リヒトホーフェン様。でも・・・・・・これくらいは許してくださいますよね?」



 ここまで聞いて理解したのですが、これ完全に八つ当たりですね。


 多分、私との会話を途中で遮られたことへの八つ当たりをしているのでしょう。

 どういえば良いのか……さすがに困ってしまいますよね。

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