第47話 見えていなかった側面を見ると絆されてしまうものですね。


「貴女にどんな文句があったってねぇ! 私は絶対にレオノーラ様のお側に返り咲いて見せるんですからね!」



 見ようによっては少しカッコいいと思えるかもしれないシチュエーション。


 かんかん照りの青空の下、学園一番のヒールと揶揄されている女の子が汚名をそそぐことを決意するところなわけですよ。


 突き抜けるような蒼穹と、清々しい顔が相まって良い絵面になっていますよ。




 ただ考えてみてくださいよ、エリカさんの目の前にいるのは誰か。



 私ですよ? 犬なんですよ?


 そんな私を相手取っている彼女、少し滑稽に見えてしまいます。


 しかしやはりレオノーラ様の名前が出てくるんですね。

 思い返さなくても分かりきったことではあったのですが、エリカさんがレオノーラ様に対して特別な感情を抱いているのであろうということは十分に伝わってきました。むしろそれ以上の感情も抱いているような様子さえ伺えました。


 そしてレオノーラ様に詰め寄られた時のエリカさんの絶望した表情と言ったら、筆舌に尽くしがたいものがありました。


 あの時のレオノーラさんは本当に怖かったですからねぇ。


 彼女に哀れみの視線を向けているとそれに気付いたのか、エリカさんが膨れっ面をこちらに向けてきます。



 ……いや、可愛いだなんて思っていませんからね?

 説得力がないかもしれませんが、私はエルフリーデ一筋ですから。



 そんな彼女はジロリと私を見下ろしなら言い放ったのはこんな一言。


「ほんと、見れば見るほどあの女にそっくりだわ」


 えへへ、ちょっと嬉しいじゃないですか。

 エリカさんの言葉にどう言った意図があったとしても、自分の大事な人に似ていると言われるのは良いものですよ。


 しかし、これだけは言っておきます。


 『私』がエルフリーデに似ているんじゃなくて、『エルフリーデ』が私に似ているんですからね! そこだけは間違えちゃいけませんよ?



 まぁ私の考えなどつゆ知らず、エリカさんはとうとうと話始めます。


「自分が当事者のくせに、蚊帳の外にいるみたいな顔してるし、そのくせ自分が何を言われても平気な顔して……それなのに、殿下とレオノーラ様のこと言われたらあんなに……あれ?」


 その勢いたるや、先日の喫茶室での出来事を思い出されます。

 調子に乗ってしまうと、周りを巻き込んでしまうくらいの勢いを持っていらっしゃるのはさすがといったところ。


しかしですよ、エリカさん。貴女、自分で言っていて気付いたようですね。



 エルフリーデの特性というものに。



 基本的にエルフリーデは『悪役になってでも目立ちたい』だなんて言っていますが、行動は完全に真逆なのです。


 厳しいおじいさまやご両親、お屋敷の人たちからはしっかりとした教育を授けられているわけです。

 勧善懲悪というわけにはいきませんが良い事は良い、悪い事は悪いとしっかり判断出来る女の子なわけです。


 そんな彼女が唯一声を荒げて怒るときは言わずもがな、自分の大事な人が危害を加えられたり、謂れのない悪口をぶつけられた時でしょうか。


 そんな場面を目にしていれば気付きますよね?


「あの女、実は良いやつなの?」


 ……ん〜その表現も少し違うんですよねぇ。


 エルフリーデはただの気の弱いお人好しさんなんですけど、まぁ見方によってはそうなるんでしょうか。


それは私やエルフリーデの近くにいるから気づける事なんですけどね。

 しかしそれをエリカさんに別れというのも無理な話。

 そう思ったらエリカさんはガーっと大声を上げて、違う違うと言い放った。


「これもあの女の作戦の一つなのよ! 上手く殿下たちに取り入っているんだわ」


 私の顔は思わず苦々しい顔を作ってしまう。

 彼女の話を要約すると、喫茶室で言っていた事そのままになってしまうが結局気に入らないだけ。

 それもレオノーラ様に気に入られているのが、どうしようもなく気に食わないというものだった。


「……何よ、なんでそんな顔するのよ」


 なんだ、私の気持ち伝わっているじゃないですか。


「哀れんでいるつもり? 犬風情が偉そうに!」


 そこから尻切れに色々と小言を言われましたが、どうにも雲を掴むような話題ばかり。

 さすがに私も彼女を見上げるのが辛くなってしまいました。持ち上げていた首を下げ少し視線を彼女から外すとそれにも文句を言ってくる始末。

 立ち上がって木陰から少し離れていたのに、わざわざ私に方に寄ってきて私の身体を揺すってきます。


 なんですか、最近誰も構ってくれないから寂しいんですか? こんな風に構われるのって正直私は好きじゃないですよ。


 しかし勢いづいているエリカさんが私の仕草から気持ちを汲み取ってくれるはずもない。

 どうやら独り言をいうのが癖なのでしょう、私が反応をする前にさっさと話を進めていきます。


「……何でだろう、全然私らしくないわ。こんなに声を荒げて……貴女が相手だとすごく話しやすいような気がする。なんだかずっと前から一緒にいる友人と話している気持ちになってくるのよね。でもまぁ、犬の貴女に私の話していることなんて分かるわけないか」


 エリカさんはどうやら思い込んだら一直線のような人みたいだ。一途であるといこうことと、様々なものに興味があることは別に比べるべきものではないかもしれない。

 しかし今の私にはどうにもエリカさんの思い込みの激しさというものは鬱陶しいものに感じた。


「ねぇ! だからもう少し私の方を見てくれない? なんならもっともっと可愛がってあげるし!」


 あぁ、もう! さすがの私ももう我慢の限界です。

 さっさとここから立ち去ってしまおうかと思いましたが、思いがけず渡り廊下の方から走ってくる男性の姿は見て取れました。


 でも……これが私の助け舟になるとは思えないんだよなぁ。


「姉さん!」

「……そんなに急いでどうしたのよ、テオ?」

「いや、渡り廊下を通りがかったら大声がしたから」


 そう言えばテオさんってエリカさんとは姉弟でしたね。

 物語的には非常に大事なところのはずだったんですが、今の私にとってはどうでもいい事です。


 正直先日のハルカさんとのやり取りで私の中ではテオさんはどうでもいい人になってしまっているのです。あえて視線を彼には向けず、ぼんやりとしていると頭上から聞こえてくる舌打ちの音。


 ……こいつ、本当どうしてやろうかという気持ちになってしまいますよ。


 そんな彼の行動を嗜めるように私とテオさんの間に割って入るエリカさん。なんでしょう、彼女の好感度なんて稼いだつもりないんですけど。


 私が目をパチクリさせているのをよそにやはりエリカさんは話を続けていきます。



「特段気にとめることでもないでしょうに。それより私と話なんてしていたら貴方まで奇異の目で見られるわよ」

「しかし! 私たちは家族ではないか」

「だとしても……私は殿下に、レオノーラ様に不敬を働いてしまった」

「しかしそれはあの女が!」

「だとしても、事実は変わらないわ。陛下の恩情がなければ私は後ろ指を指されて学園に居場所はなかったわ」


 うむ、やはりエリカさんはお姉さんと言ったところでしょう。きちんとテオさんのことを気遣っています。

 そして自分の置かれた状況についてもしっかりと把握をできている様子。

 これは少しエリカさんに対する考えを改めなくてはいけないかもしれません。


「……それはそうだが」


「まぁ今に見ていないさいな。こんな状況、軽くひっくり返してあげますわ。楽しみにしていなさい! エルフリーデ・カロリング!」



 そう高らかに宣言するのはエリカ・フォン・リヒトホーフェン。


 なんと言ったらいいのか……そういうところがなかったらなぁ。



「それじゃまるで、悪役だよ……姉さん」



 あらら、私が思っていることをテオさんが言ってしまいましたよ。


 もしかして、当分彼女にお付き合いしないといけない日が続くのでしょうか……凄く気が重いですよ。


『彼女を悪役令嬢にしないための10の方法 その7

          もう一人の取り巻きの考えていることを知ってみましょう』

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