第42話 これって謂わゆる『断罪イベント』ですか?


 巷に溢れる悪役令嬢のストーリー。

 そもそも『悪役令嬢』だなんて言葉、正直好きになることが出来ないというのが本音なところ。


 やり方はどうだったにせよ、『悪役』と断じられてしまう彼女たちに同情を禁じ得ない。いつもタイトルを見た瞬間に悲しい気持ちになったのは私だけではないはずです。


 いつも思うのです。

 『悪役令嬢』というレッテルを貼られてしまった彼女たちが、本当に『悪役』なのかと。

 本当の『悪役』は別のところにいて、直接手を下さないくせに何の咎も受けないのではないかなと。



 だとすれば今目の前で起こっている光景はどうやって説明すれば良いのでしょう。


 エルフリーデに視線が集まる喫茶室の中、突然彼女は声をあげ、一歩踏み出します。


 フワフワの赤毛に勝気に釣り上がった目尻が特徴的な女の子。

 身長は少しエルフリーデよりもかなり低く、小動物のように可愛らしい印象を受けます。しかし一言言葉を発した瞬間に、喫茶室の空気を全て自分のものにしてしまうほどの力がありました。


 それはレオノーラ様やハルカさんとは少し違う、言い表しようのないものでした。


 『リヒトホーフェン』という家名からも分かるとおり、彼女はテオさんの姉弟であるのですが、確かに見れば見るほどに似ているなと思えてきます。


 エルフリーデと違い、アニメの中で画面を独り占めするようなシーンはなかったので、正直あまり印象に残っていないのです。

 それに可能な限りエリカさんとは遭遇しないようにしていたのは言うまでもないでしょう。彼女とレオノーラ様、そしてエルフリーデが揃ってしまってはアニメそのままになってしまうのですから。



 彼女を目の前にして思わず身を固くしてしまうエルフリーデにこう彼女は言います。


「あら、私のことご存知でしたか? そう言えばアーベル様とお知り合いでしたわね」


 そんな彼女の口からお互いの共通点が出てくれば少し気も緩んでくるものです。


「えぇ。以前おじいさまのところでお会いしましたので」


 安堵に胸を撫で下ろすエルフリーデ。どこか顔も緩んでいるような気さえします。


 ウェルナー様やレオノーラ様が席を外されてから今まで、まさに針の筵と言わんばかりの状態に身を置いていたのだから、自分に優しい話題には気を許してしまうのは無理もないこと。


 しかしエリカさんの表情はそんな風にはみえません。

 やはり警戒するに越したことはない。私はここでようやく立ち上がり、人垣の中から出てきたエリカさんとエルフリーデの間に割って入りながらエリカさんに視線を向けます。


「……フフフ」


 この笑みの意味は一体何なのか、いずれにしても良い感情は抱けません。


 しかしエルフリーデの返答は余程彼女にとって都合がよかったのでしょうか。

 不敵な笑顔をそのままに、さらにエルフリーデに歩み寄りながら周囲に大声でこう言い放ったのです。




「皆さん! やはり彼女は見境なしに他者にすり寄る人間ですわ!」




 まさに私にとっては予想通りの一言。

 しかし気を許しかけたエルフリーデにとっては青天の霹靂とも思える一言。


 エルフリーデの方を見やると、あまりの驚きに目を丸くする姿がそこにはありました。


「あのお二人と、卑しい平民だけに飽き足らず、果ては他人の……私の婚約者にも色目を使っているですから!」

「な、何言ってるの? 話があまりにも飛躍しているじゃないですか!」



 マズい……その返答は完全に彼女の思う壺だ。

 エルフリーデの反応にそう思わずにはいられませんでした。


 事実、エリカさんの言葉を耳にした周囲の反応は、エルフリーデには優しくありません。

 そもそもエリカさんの言葉はあまりに突拍子もないことであるということは、この場にいる誰もが理解出来ることのはずです。


 しかし今、この場を支配しているものは……これまでの全員の反応を見ていれば分かるかもしれません。


『エルフリーデが気に入らない』という感情が度合いの違いこそあれ、ここにいる人たちの心の中にはあったのでしょう。


 だからこそエリカさんの強弁は彼ら彼女らにとっては都合の良いものだったのです。



「もしかして本当に何かやってるのか?」

「エリカ様の言う通りなのかも……」

「余程うまく取りいっているのでしょうね」



 再び見えないところから、疑念に満ちた言葉がこちらに届いてきます。

 それにすぐに反論することも可能でしょう。しかしここで厄介になってくるのはエリカさんという存在です。


 あくまで憶測の範疇でしかなかったエルフリーデの噂話。

 ここに、『婚約者に色目を使われた』というお話を、その婚約者本人が口にしてしまえば、言われた側が何か言ってもそれは苦しい言い訳に聞こえてしまうはずです。



 それを物語るように、ついに押し黙ってエリカさんを見つめるエルフリーデ。グッと握りしめる拳からは悔しさが滲み出ています。


「……」

 言葉を発さず黙して、この状況を終わるのを待っているのか、お二人が帰ってくるのを待っているのか、それを推し測ることは私には分かりません。


「自分の身の程を弁えて、黙っていればいいのです。貴女にはそれがお似合いですわ!」


 しかし圧倒的に有利な状況にあるエリカさんが、先手を打たないはずがないのです。


「レオノーラ様もおかわいそうですわ! このような女に騙されているなんてね!」


 さらに周囲の疑心暗鬼を引き出そうとする言葉。


 しかし違和感を覚えてしまいます。


 何故ここでレオオーラ様の名前だけが出てくるのか……何かここにこの状況を打開するものがありそうな気が……いえ、そんな心配、もうないみたいですよ。


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